第10話 白炎装

エルトさんが白い炎に包まれ、身体の表面に植物の蔓のような文様が浮かび上がる。背後に現れた炎の白蛇は彼が専有魔法──消滅炎舞しょうめつえんぶの真価を発揮する際に現れる化身。

あれが出現したということは、エルトさんが本気で戦うということだ。


「赤いお兄さん……燃えてる」

「心配しなくていいよ。あれは、お兄さんがあの怪物を倒す時に使う魔法だからね」


魔法士としては異様な姿。特に、子供が思い浮かべる魔法士とはかけ離れているローブも杖も持っていないし、何なら全身に炎を纏っているんだから。今のエルトさんを魔法士だと認識する子供はそうそういないだろう。僕も子供の頃だったら絶対に怪物だと思ったと思う。

でも、今なら、あの燃える後ろ姿は頼もしい限りだ。


「近接戦では僕は役に立たないから、大人しく後方支援に徹しようと思ったんだけど……この分じゃ、僕の出番はなしかな?」


正直、あの状態になったエルトさんに勝てる魔獣なんて想像できない。というか、いるの?炎星神矢えんせいじんや並の火力を常時放出し続けるわけであり……炎に触れれば即蒸発。

あのキメラが勝てるビジョンが全く思い浮かばない。

でもま、すぐに終わるならそれでよし。何か対抗策があるのなら、それもよしだ。どのみり倒れる運命にあるのは変わりない。

遠目から、高みの見物に徹するとしますか。

期待していますよ?エルトさん。



「レイズは……かなり後ろに下がったな。これなら多少無茶してもあいつらが焼けることはない」


拳を打ち付けながら確認し、放出する魔力を上昇させる。これを使うと、かなり広範囲まで熱してしまうからな。まぁ、レイズがいればなんとかなるだろう。


「奥の手ってやつか?」

「そう言ってもおかしくはないな。俺の奥の手──消滅炎舞・白炎装びゃくえんそう。魔力をかなり消耗するが、さっきまでとは比較にならない炎を生み出すことができるのさ」


かきあげる髪は先端が白く変色している。これも、白炎装の影響下だからこその変化だ。瞳も緋色に変わっているだろう。

そんな変身とも言える変化を遂げた俺に、キメラは強気にも笑った。


「ガハハッ!!火力が上がったとは言え、炎しか使うことができないことに変わりはない!!だったらよぉ、炎が通じない身体に変わっちまえばいいんじゃねぇか?」

「なんだと?」


訝しげに目を細めると、腕の一本を自身の腹部に当てた。


「何も変身できるのはお前だけじゃない。寧ろ、人造魔獣である俺が変身することの方が違和感が少ないだろう?人間のお前よりはな!!」


キメラはその場には這うように身を屈めると、四本の腕のうち二本を上方に掲げる。と、すぐに骨の軋む音を響かせ、腕から数本の骨が突き出た。

腕は移動し、キメラの肩甲骨辺りで停止し、羽根のような形を──いや、あれは骨の羽根そのものだ。肉や羽毛はないとはいえ、形は鳥人のそのもの。


「……もしかして、合成した魔獣の特性か?」


骨の羽を持つ鳥。それには聞き覚えがある。


「そうだ。これは溶岩の中を泳ぐとされる危険種──溶岩霊鳥ようがんれいちょうの特性を能わした。今の俺には、熱なんか効かないんだぜ?」


体内に保有する魔石のもとになった魔獣の特性を身体に宿すことができる。あの身体に一体幾つの魔石があるのは知らないが、相当に面倒な特性だな。炎の熱が効かないとなると、俺も倒し方が限られてくる。

まぁ、問題なんて微塵もないがな。


「熱が効かない程度で、自信過剰なんじゃねぇか?それとも、去勢を張っているだけか?」

「あ?」

「残念だけど、俺の炎は熱するだけがすべてじゃない」


足元をつま先で小突くと、俺を中心に炎が渦巻く。これらはすべて俺の手足と同じように操れる、俺の身体と同等の炎たち。強力無比なこれらが効かないのだというのなら、思い知れ。


「炎舞・飛魚とびうお


渦巻く炎の中から炎の魚が飛び出し、キメラに向かって一直線に飛翔する。一匹一匹は小さなさかなだが、それが数百となって襲いかかる。


「魚だと?はッ!!そんな小賢しい技で俺の特性が破れると──」


余裕振っていたキメラの顔つきが、一匹が身体に着地したことにより変わった。

それはそうだろう。己の慢心を痛感した瞬間だ。驚くのも無理はないな。

熱に絶対的な体勢があると思っていた身体が、


「な、なんだとッ!?」

「泳ぎ、飛び、襲え、大海を飛翔する者たちよ。獲物はそこだ。喰らいつけッ!!」


大群となって襲いかかる飛魚たちから逃れるべく、キメラは大慌てで走り、逃げ回る。


この白炎装を纏った状態で生み出される炎は、正確には熱によって攻撃するものではない。

対象にどれだけの熱耐性、炎耐性があろうと関係なしに。防御不能、絶対燃焼の炎だ。

キメラは無数に襲い来る飛魚を躱し、身を捻り、屈み、卓越した身体能力で逃げ回る。しかし、何匹かは避けきることができずに命中。炎がその身を焦がし、燃やしていく。


「畜生ッ!無茶苦茶な炎を生み出しやがるッ!!」


思わず叫ぶキメラは焦げた部分を抉り取り、床へ投げ捨てた。数秒とかからずに患部は元通りに再生。どうやら、変形したとしても元の超再生能力は失われないようだな。


「どうする?大人しくすれば、焼き加減は抑えてやるぜ?死ぬことに変わりはないが」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。俺はまだまだ本気ってわけじゃない。なんたって、まだ二つの魔石の力しか開放してないんだからな」


再び響く、異質な骨の音。

キメラは二本の腕で右目と舌に触れ、器用に喋る。


「時間がかかり過ぎるとベルマ様に叱られちまう。あの方には絶対に逆らえないからな」

「ベルマ……さっきも言っていたな。それがお前を生み出した研究者の名前か」

「おっと、バラしたらいけなかったか?いや、言っちまったもんは仕方ねぇ。どうせ殺すんだ。構わないはずだな」


目と舌から手を離し、だらりと脱力して俺を睨む。今度は一体、どんな魔獣の特性だ?目と舌に触れていた……なんだ?戦闘に向く特性なら、腕や脚に現れるものだと思うのだが……。


「その炎にはしてやられたぜ。だが、たとえそれを受けたところで、肉を千切ってすぐに再生すれば問題はない。だが、お前は受けた負傷をなかったことにできるのか?ただの人間であるお前に、そんなことができるか?」

「……何がいいたい?」

「いや?ただ、お前は同じように身体の表面にダメージを負った場合、どう対処するのかと思ってな」


ニタニタと気味悪く口元を歪めたキメラは次の瞬間、口から何かをプッと吐き出した。

床に付着した瞬間、吐き出された液が落ちた床はじゅっと音を立てて溶けた。

そういうことか……。


「毒蛇……それも、毒性の極めて強い猛酸蛇もうさんじゃか?」

「的は射ているが、少し違う。大陸南西部のジャングルに潜む固有危険種の魔獣、溶蛇ようじゃの魔石だ」

「なお悪いな……」


運が悪いなんてもんじゃない。せめて、違う種の毒ならばまだ対抗のしようがあったのに、溶蛇の毒とは……参ったな。


「さて、行こうか。これを防ぐ術はあるのか?」

「……」


燃やせばいい。なんて道理は通じない。

燃やせばいいだけなのならば、態々危険種なんかに登録されていない。

あの毒の厄介な性質──それは超強力な毒故に、魔法さえも溶解してしまうのだ。

つまり、魔法で防ぐことは、できない。

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