第9話 炎の魔法士

溶鋼牙ようこうが


両手に嵌めた鉤爪を超高温に熱し、白煙を纏わせる。一瞬で金属さえ溶かす温度にまで急上昇させたそれを振りかざし、キメラの頸部目掛けて俊敏に振るう。


「させんッ!!」


狙いを見極めたキメラは頸部を両手で覆い隠す。そこに直撃した爪の温度に触れ、肌は煙を上げて燃える──いや、どろりと溶け始めた。

まるでバターのように見る見る肌は溶け、肉は焦げ、その手ごと首を斬りさいてしまいそうだ。が、当のキメラは痛みを感じていないかのように余裕そうだ。


「なるほどなぁ。それがお前の技ってわけか」

「無駄口叩くんじゃなくて、痛みに悶え苦しめよッ!!」


俺の魔法が聞いていないのか?いや、そんなはずはない。今、こうしている間にも鉤爪はこいつの手を6割ほど溶解した。数十秒もすれば、たちまち首ごと焼き切ることができるはず。

俺の考えを他所に、キメラは獰猛に口を歪めて牙を見せた。


「悶え苦しむだとぉ?いや、この程度で苦しむほど俺は脆弱じゃねぇんだわ。生み出される時、いや前に、こんな痛みないに等しいほどのことを受けたからな」

「……生まれる前だと?」

「あぁ──オラァッ!!」

「──ッ!!」


まともにガードをしていない俺の身体を、キメラは大仰な回し蹴りで蹴り飛ばした。咄嗟に爪を離し、肉体強化でダメージを軽減。吹き飛ばされた着地点で受け身を取り、すぐに体勢を立て直す。

──俺の顔のすぐ横を、一筋の光が駆け抜け、キメラの顔面に向かって進んだ。直撃寸前でキメラはとても素早い動きでサイドへと避け、回避。

それを確認し、すぐに舌打ちとともに悔しげな声が。


「チッ、駄目ですね。魔法を発動した瞬間に勘付かれました。しかも、エルトさんが負わせた傷がもう治っています」

「厄介な能力だな」


キメラの両腕に負わせた深い傷は、みるみるうちに再生し、塞がっていく。流血もなく、完全な状態へと戻ってしまった。

チマチマと削っていくのは、どうやら意味をなさないらしい。急所を一撃で仕留めなければならない。


「あの巨体であの動きの速さも面倒だ。威力も強いし、何より自分のダメージを気にせずに猛進してこられたら」

「脅威ですね──来ます」


キメラが飛び上がり、とてつもない跳躍力でこちらへと飛びかかってきた。四本の豪腕を振りかざし、俺たちを殴りつけようとしているのが丸わかりだ。が、直撃すれば即死は確実。


レイズがソアを抱えて後方へと飛び下がる。身体強化を使っているのだろうが、かなり下がった。普段ならもう少し近くで迎撃の準備をするだろうに……あぁ、ソアがいるからか。俺が前衛にいるんだから心配することなんてないだろうに……過保護なことで。

手を翳し、炎の障壁を生み出す。


絶炎壁ぜつえんへき


迫りくるキメラの眼前に白い炎の壁が現れ、振るわれる拳をすべて受け止める。この炎は鉄どころか白金すら溶かす超高温の壁だ。如何なる再生能力があれど、身体がすべて溶けてしまってはどうしようもないだろう。

予想通り、尋常ではない熱気に晒されたキメラは虚空を蹴って直下に着地し、距離をとった。


「あちちちッ!!厄介な炎を使いやがる!!」

「厄介なのはそっちもだ。キメラってのは普通の魔獣なんかよりよっぽど危険なのがわかったぜ」


頭も回るし、戦闘能力も高い。こんな強敵の魔獣を相手にするのは初めてだ。後ろでレイズがレイピアを構えながら、嫌な汗を垂らしていやがる。ソアを不安がらせないように強気になっているが、あいつもキメラのヤバさは十分に理解しているんだ。


……出し惜しみしている場合じゃないな。肝心な時を見逃しちまったら、取り返しがつかなくなる。

密かに魔力を練り上げているが、キメラは俺の言葉に上機嫌そうだ。


「そうだろう?ベルマ様の手によって作られた俺は、どんな魔獣よりも強い。ひよっこ魔法士なんかに負けるはずがねぇのさ」

「魔獣のくせによく回る舌だな。働かせるのは舌じゃなくて頭と身体だ。舌なんざ何の役にもたちはしない」


俺の脚を起点として、ゆっくりと炎が広がり、魔法陣を描いていく。熱された空気で風が生まれ、髪が少しざわめくように揺れる。


「レイズ」

「はい」


呼びかけると、即座に返事が返ってきた。俺が何をするのか、大体の検討は着いているようだな。流石に優秀だ。


「あれを使う。援護は任せるから、手数を増やせ」

「……了解しました。ただ、一つだけ」

「あん?」


緊張感が緩む小さな笑い声を交えて、レイズは俺に言った。


「威力の制御を間違えて、うっかりこの施設ごと溶解しないでくださいね?助け出さなくてはならない子どもたちも、直接手を下さないといけない奴らも皆いるんですから」

「わーってるよ。先輩に指図してんじゃねぇ。任せとけって」

「うわ〜信用ならない」

「んだと?俺が出力制御しきれなくなったら、お前も専有魔法使え。相殺できる矢もあるはずだろ?」

「ありますけど……そういう問題じゃないかと。あと、そろそろあいつも痺れを切らす頃です」

「っと、忘れてたぜ」


魔法陣は描き終わった。キメラの方へと視線を戻し、俺はパシッと拳を打ち付けて火花を散らす。


「待たせたな、こっからは少し本気で行く。簡単には死んでくれるなよ?」

「言うじゃねぇか。今までが本気じゃなかったてか?」

「当然だろ。あんな遊びが俺の本気なら、俺は魔法士なんざやってねぇよ──武装ぶそう


魔法陣から白い炎が湧き上がり、俺の身体を包んでいく。だが、熱は一切感じない。当然だ。この炎は物を焼くためのものではなく、俺に殲滅兵としての本来の力を与えるためのもの。

俺の身体を炎が舐めた後には、白い文様が浮かび上がり、魔力により薄く発光している。


この全能感、久しぶりだな。

今の俺なら、どんなに強固な物質だろうと溶かし、燃やし尽くすことができるかもしれない。

無駄なことは考えなくていい。今すべきなのは、あのキモいキメラを殺すことだけだ。


「見せてやるよ。殲滅兵室の力」


背中から炎の白蛇が顔を覗かせる。口腔を開き、歓喜の咆哮を奏でた。


さぁ、遊んでやろうか。

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