第8話 合成獣

「君は、やっぱり誘拐されてここに?」


エルトさんの後を追いながら、手を繋いで一緒に歩く少女に問う。

本当は無数にある牢の中に入れておき、ここの親玉を処分した後に連れて帰ろうかと思ったんだけど、提案した途端しがみつかれて泣かれた。

となると、必然的に一緒に連れていくしかない。この子にとっては逆戻りになるけど、僕らがついているから大丈夫だろう。一人で外に行かせたら、それこそ魔獣の餌になってしまう。

僕の方に顔を向けた少女は、こくんと頷きを一つ返し肯定した。


「……少し前に、黒い服を着た人たちに殴られて……」

「殴られた……」

「それで私、気絶しちゃって。目が覚めたら、ここの牢屋に鎖で繋がれていたの」


手首に着いた鎖の錠をじゃらっと鳴らし、不安そうにそれを見つめる。簡単な治癒魔法で傷は治したので、既に出血は止まっている。けれど、鎖が手に着けられて不快に思わない人はいな……グレースさん以外いない。

少女の話を聞いて、僕の中に再び怒りが湧いてきた。年端も行かない小さな子供を暴力で従え、こんな暗く寂しい場所に監禁するなんて、到底許されることではない。

敵は組織だ。子供を攫い、ここに連れてくるように命令した者が必ずいる。人道に反すること平気で行う外道が。絶対に捕まえて、色々と情報を吐かせてやる。


「お兄さん……怖い顔してる……」

「……っ」


少女に言われ、僕は表情筋を緩めた。

いけない。子供を安心させなければならない僕が、怖がらせてしまうなんて……。気持ちを切り替えないと。


「ごめんね。ちょっと考え事してた」

「考え事?」

「うん。君たちを誘拐して、酷いことをしてきたこの施設の人達をどうやって捕まえようかなって」


笑顔を取り繕って言うと、少女は俯いて手をぎゅっと握り返してきた。


「……ソア」

「ん?」

「私、ソアっていう名前」


見上げた顔は、何だか不服そうだ。どうやら、僕が彼女の名前ではなく君と言っていることを不満に思っているようだ。名前は知らなかったから仕方ないでしょ……。けど、名前を教えてもらったし、そう呼べというのならそうしよう。


「わかった、ソアだな。俺のことはレイズでいいよ」

「うん。レイズ」


嬉しそうに腰に抱きついてくる。暗く寂しいこんな場所に閉じ込められていて、頼れる存在が現れたことを嬉しく思っているんだろう。ソアだけじゃない。ここにいる全ての子どもたちを、一刻も早く開放してあげないと……。

と、前方から熱気が。


「おい、お前ら遅いぞ」


見ると、エルトさんが小型警備魔獣を扉ごと熱で融解し、ソアの歩幅に合わせていた僕を待っていた。扉ごと溶かす必要あったんですか?


「時間が無限にあるわけじゃないんだ。ちんたらしてると、攫われた餓鬼も変なことに使われてるかもしれないぞ」

「ッ、すみません。急ぎます」


この施設に囚われた以上、ルド君がいつ殺されても仕方ない。もしかしたら、身体の臓器を全て摘出される可能性も……。

ゆっくりしてなどいられない。すぐに行かないと……。

融解した扉をくぐり、先へと進む。

そこは先程まで続いていた長い牢屋ではなく、ドーム上の広い部屋だった。実験施設……というよりも、闘技場に近い。が、壁や床は純白。天井から吊り下げられた灯りからはとても強い光が放たれ、室内を明るく照らしていた。まるで昼間と錯覚してしまいそうな、そんな雰囲気。


「……何か、嫌な感じだな」

「一気に空気が変わりましたしね。それにこの室内……実験施設らしくなった。障害物は一切ありませんが、十分に戦闘ができる」


レイピアを抜刀し、ソアを背中側へと移動させる。彼女は背後から僕のローブを掴んでいる状態だ。大丈夫、まだ敵は近くにいるわけではない。いち早く接近する敵を見つけ出し、距離があるうちに仕留める。近づかせはしない。身体機能を強化し、索敵する。


各々の魔法武器に魔力を走らせた時、対面先にあるもう一つの扉から、足音のような音が聞こえた。

靴音ではない、足音だ。ベチャっと濡れた素足で床を踏むような、そんな音。


「……すぐに魔法を撃てる準備をしとけ。来るぞ」

「えぇ。ソア、僕から離れちゃ駄目だからね?」

「う、うん……」


更に強く僕のローブを握りしめるソア。申し訳ないが、これから先は彼女に構っている暇はないだろう。何せ、今から始まるのは小さな女の子が目にしたことがないような殺し合いだ。終わった後のメンタルケアを欠かさないようにしないと。


レイピアの刀身を蒼い光で覆った直後、派手な音を立てながら扉が壁ごと吹き飛ばされ、残骸が周囲に飛び散った。砂埃の中に浮かび上がるのは巨大なシルエット。少なくとも、人でないのは確かだ。


「レイズッ!!」


エルトさんが短く鋭い声で僕を呼ぶ。

当然、準備はできています。

即座にレイピアから迸る雷をそのシルエットへと向け、撃ち放つ。バチィっと高い音を立てながら飛ぶ雷の矢は瞬時に砂埃へと消えた。

が──。


「鬱陶しいッ!!」


雄叫びにも似た声が響き、僕の雷はあらぬ方角へと進行方向を変え、白い壁へと消えていった。


「小賢しい魔法を……もっと威力の強い魔法を打ち込んでこいッ!!」

「中級魔法は聞かない、と」

「レイズの高速魔法を……何者──」


砂埃が晴れ、敵の姿を目の当たりにした僕らは同時に言葉を失った。

それは今までに見たことがない、異型のものだったから。


「貴様らが侵入者とやらだなッ!?ガハハッ!!最近は腕の立たん警備獣ばかり殺していたからなッ!貴様らは退屈させんでくれよ?」


獅子のたてがみに虎の顔。四本の腕は豪腕であることが伺える力強さを感じ、身体は狒狒ひひ。脚は鷹のような鉤爪を持っている。背中には一対の翼。血に濡れたそれらには、ところどころ肉片らしきものが付着している。奇妙な足音の正体はこれだった。


「あらゆる魔獣を合成した……合成獣──キメラ?」

「それだけでなく、強力な魔法耐性まで持っているようです。先程の一撃、中級魔法でも指折りの威力を持っていましたが、それをいとも簡単に弾き返し、なおかつ傷すら着いていない」

「チッ、魔法士の天敵じゃねぇか」


魔法耐性が強い。即ち、魔法が聞きにくいということ。魔法士にとって、これ以上に戦いにくい相手はいない。


「さてッ!!楽しい殺戮を始めようかッ!!」


心底嬉しそうにキメラが叫ぶ。

僕らは互いに顔を見合わせ、頷き合う。

以上の強敵を相手にしても、やることは変わらない。


「レイズは後方支援に徹しろ。俺が前衛で叩く隙きを見つけて、遠距離から攻撃だッ!!」

「了解」


エルトさんは両手の鉤爪に炎を纏わせ、キメラに向かって走る。

失敗=死という中、僕らのキメラ討伐戦が開始された。

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