第6話 研究所の内部

襲い来る魔獣を一方的に蹴散らしながら進行するグレースさんの後に続き、彼が倒し損ねた魔獣を後ろから撃ち抜いていく。隣では横から迫ってきた魔獣を、エルトさんが炎を纏った鉤爪で焼き、切り裂いていく。肉の焦げる独特の匂いが鼻を突き、口を開けて倒れ付す魔獣の顔が眼に映った。

絶命したと即座に判断し、視線を天井へと移す。


そこから飛び降りてきたのは、五体の猿型魔獣。鋭く伸びた爪と、獰猛に尖った牙を晒しながら僕らに襲いかかってきた。

すぐにレイピアを構えた僕は刀身に魔力を走らせ、魔法を発動。


死針雷ししんらい


迸る紫電は連続して五発射出され、それぞれが猿たちの心臓部を正確に穿つ。魔石を破壊された猿たちは空中でバランスを崩し、頭から地面へと激突。不自然な方向へ首を折れ曲がらせ、紫色の血液を垂れ流している。

一瞥して、再び歩みを進めた。


「それにしても、かなり魔獣がいますね。研究していた魔獣なんでしょうか?」

「んー、あたしたちを見つけ次第襲ってきてるし、多分侵入者を発見次第殺すよう命令されている、警備用の魔獣だと思うわ」

「あぁ。ほら、魔石に魔法式が描かれてやがる」


エルトさんは忌々しそうに抉り出した魔石を翳す。その表面には、確かに難解な魔法式が描かれていた。


「それ、もしかして前に回収した魔獣の魔石に描かれていたのと同じ……」

「だと思うぜ。支配し、使役する魔法式なんて、連中の得意そうなやつじゃねぇか」

「なるほどね……っと」


巨大な熊を右手で殴り殺し、追い打ちとばかりに頭部を踏み潰す。ぐしゃりと不快な音を奏でながら、熊は全身の筋肉を弛緩させていった。


「でも、どうやってこんなに多くの魔獣を集めているのかしらね」

「それは……確かに、そうですね」


これまでで既に五十体近くの魔獣を殺した。だというのに、まだまだ湧いて出てくるかのように出現する。森の中にいる魔獣を連れてくるにしても、かなり難しいはずだ。殺さずに、ここまで生け捕りにするなんて……。

考えを巡らせていると、襲ってきた魔獣を炭にしたエルトさんに叱責された。


「今はそんなことはどうでもいいだろ。今は自分が為すべきことだけを考えろ。誘拐されたガキを助けるんだろ」

「……はい、すみません」


串刺しにした蛇を雷で焼き、床に投げ捨てながら謝罪する。一応無駄口叩いたり、余計なことを考えている間にも討伐はしているんです。

倒した数は、グレースさんの十分の一くらいですが。ちょっとグレースさん倒し過ぎなんじゃないですかね?僕らにも獲物を分けてほしい。


「……ん?」


グレースさんが手に掴んだ蝙蝠コウモリを握り潰し、視線に映った場所へと小走りで駆けていった。慌てて僕らも続き、次いで同じような反応を示す。


「これは……」

「階段、だな。地下に続く」


通路の突き当りに、地下へと続く階段を発見した。薄暗く、その先を窺い知ることはできない。だが、時折聞こえる鎖の擦れるような音を聞く限り、相当にヤバい光景が広がっているのは容易に想像できた。

すぐにでも下りたいところではあったが、それをするには少し早い。なぜなら──。


「どっちに進めばいいんだ?」

「完全に分かれ道ですからね」


階段は二つあったのだ。左右に続く階段の先には、どんな光景が広がっているのか。目的は誘拐されたルド君の救出。この二つの階段のどちらかの先に彼がいると仮定した場合、慎重に選ばなければならない。間違えれば、かなりの時間のロスになる。


「ふむ、ここは右側だろうな」

「理由を聞いても?」

「俺は最後に右手で魔獣を殺したからだ」

「結局のところ勘じゃないですか……。もっと真面目に答えてください」


もし違ったらどうしてくれる……。脳天気な先輩はハハっと笑って取り合ってくれない。

諦めてグレースさんを見ると、顎に手を当てて悩んでいる。どちらに行くべきか悩んでいるのだろうか?

近づくと、それが大きな間違いだったとわかった。


「鎖の音……拷問……最高に、いい……」

「………」


どうやら、鎖の音を聞いて興奮しているようだ。頼りになるようで頼りにならない。どうしてうちの部署にはこう癖の強い人ばかりが集まっているんだッ!?


「迷っているなら、二手に別れて進みましょう」

「え?でも……」


不意にグレースさんがいつもの口調に戻り、総提案してきた。


「大丈夫よ。魔獣を倒してみてわかったけど、ここのは全然強くないわ。した状態でこれだから、問題ないわ。エルトちゃんレイズちゃんは、右側に進んで頂戴。あたしは左側に進むから」

「副室長がそれでいいなら俺に異論はない。レイズ、お前は?」

「……間違っても、死なないで下さいよ?」


心配の声を掛けると、グレースさんは笑って「大丈夫よ。心配症ね」と言い残し、左側の階段を下りていった。

残された僕らは顔を見合わせ頷き、右側の階段を下っていく。石畳の螺旋階段は十数秒の後に下り終わり、先には光などない真っ暗な空間が広がっていた。数メーラ先すら闇に包まれたその場所では、肉眼で動こうにも動けない。


夜光眼やこうがんを使ったほうがよさそうですね」

「俺はそれを習得してないんだ。自分を基準に考えるなよ」

「……」


心ではこれくらい習得しとけよ。と思ったが、決して口には出さない。彼の専有魔法はとても強い。こんなところで炭にされてたまるか。


「暗いなら、炎で照らせばいいだろ」


右手を掲げ、鉤爪の前に小さな炎の球を生み出し、浮遊させる。炎から発せられる光が周囲を照らし、不気味な洞窟を思わせる通路がよく見えるようになった──と同時に、僕らは眼前に広がる光景に唖然とし、絶句した。

言葉に出来ない。色々な感情がない混ざり、呆然とすることしかできなかった。


「「──」」


立ちすくむ僕らの前に広がっていたのは、闇の先にまで続く長大な牢と、その中に鎖で吊るされ虫の息となっている、身体に番号の刻まれた子どもたちの姿だった。

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