第5話 殲滅兵室副室長の実力

陽が陰り始めた時刻。

夜鳥たちが眼を覚まし、高らかに声を上げる声が響く中、僕らは目的の研究所を見下ろしていた。

外観は、一見森に放置された屋敷のようだ。壁には蔦が這い、大きな亀裂も見受けられた。窓ガラスは割れ、木の板で塞がれている。屋根から突き出た煙突も煤が目立ち、もはや使えるような状態ではない。


「あれが、研究所ですか。見るからに気味が悪いですね」

「一見研究所のように見えないのが、逆に怪しいな」


足元の木の枝をみしっと鳴らし、エルトさんが僕の意見に同調してきた。

僕らが今しゃがみこんでいるのは、研究所前に無数に生えている樹木の枝の上。全員身体強化の魔法を使い、まるで野生の猿のように木から木へと飛び移り、ここまで到着してきたのだ。研究所を見つけて立ち止まったのも、自然と枝の上になった。個人的には早く下りたいのだけど。


「誰にも見つからないように、周囲の色と同化させていたのでしょうね。夜だったら、見落としていたかもしれないわ」

「もう陽が沈みますけどね」

「揚げ足を取らないの。それより、見て」


グレースさんが屋敷本館のすぐ隣にある小屋を指差した。同じように蔦で覆われているものの、入り口と見られる扉が開いている。かなり大きな扉だ。人間が三〜四人はすっぽり入るくらいの大きさはある。


「なるほど、あそこから魔獣が出入りしているってことか」

「おそらく、そうでしょうね。あんな大きさを持つ生物なんて、魔獣以外に考えられない」

「じゃあ、あれを塞いでしまえば魔獣が出ることもなくなるってことですか?」

「馬鹿野郎。そんなことしても意味ないだろ」


自分の浅はかな考えを、エルトさんは両断した。どこか馬鹿にするような口調は、そこそこムッとさせる。


「いいか?あそこ一つ塞いだくらいで魔獣がでてこれなくなるわけ無いだろ。塞がったと気がつけば、また違う出入り口を作ればそれで終わりだ。中に研究者とかもいるんだろうし、次は塞がれないような工夫もしてな」

「使役された魔獣が出現しないようにするには、根本であるこの施設の破壊と、研究者たちの処分が一番だわ。根本的な原因を排除しないと、イタチごっこが続くだけ」

「確かに……」

「それに、今回の目的はそれだけじゃないでしょう?」

「さっさとガキを見つけて、助けださねぇとな」


気を引き締め、全員同時に地へと降り立った。既に戦いの準備は出来ている。


僕はレイピアを抜刀。

エルトさんは両手に鉤爪を装着。

グレースさんは手袋に魔力を込める。


それぞれの武器は強力な力を持つ魔法具だ。静かに闘志を燃やしながらグレースさんの命令を待っていると、不意に彼は舌なめずりを一度し、正面玄関と思われる金属の扉へと近づいていった。

呆気に取られている僕とは違い、エルトさんはため息混じりに呆れていた。


「おいおい。いきなりやるのか?」

「えぇ。なにせ、七十日ぶりの戦いですもの。高ぶって仕方ないわ。それに、どっちみち中に入るのだから、結果は同じでしょう?」

「まぁいいが……これで警備兵がわんさか出てきても知らねぇぞ?」

「大丈夫よ。私が相手してあげるから♡」


紫色の魔力を漂わせ、拳闘の構えを取り、腕を引く。まさか、拳で扉を打ち破るつもりか?


「お前は副室長の専有魔法を見るのは初めて、だったか?」

「え、えぇ。いつも謎の拷問をしてるのはしってますけど……詳細は、わかりません」

「じゃあ、この機会に知っておくんだな。あいつは普段気持ち悪い声上げてヨガってるが、副室長に相応しい実力を兼ね備えてるってことを」


普段人を滅多に称賛しないエルトさんにここまで言わせる。それはつまり、尋常じゃない強さを秘めているということだ。

グレースさんを注視している。引いた拳を勢いよく扉へと振り──直撃する寸前で一度止め、軽く小突いた。

その瞬間、重厚な扉はベコンっと音を立ててくの字に凹み、屋敷の中へと吹っ飛ばされていった。



「何事だッ!!」


研究所内に響き渡った警報音に、監視室が慌ただしくなる。俺は咄嗟に常駐していた監視員に状況の報告を迫った。

監視員は呆然とこちらに振り向き、手先を小刻みに震わせて言った。


「し、侵入者です……」

「侵入者だと?」


頭を抱えたくなった。

あの男の手術を見せられた後は、侵入者。何とも今日は厄日なことだ。ここまで運が悪い日はそうそうないぞ。


「映像から、身元はわかるのか?」

「魔法士のローブを羽織っていましたので、恐らくは宮廷魔法士かと。この場所を発見し、攻め込んできたものかと思われます」

「なるほど……警備用の魔獣は解き放っているのだな?」

「す、既に放っておりますが……」

「ならいい。ここの魔獣は凶暴な奴らばかりだからな。まともに戦えば、餌になって終わりだ。侵入者は多いのか?」

「いえ、それが……あ」


映像石が映し出している映像が表示されたモニターを見て、監視員が呆然とそんな声を漏らした。

つられてそちらを見て、俺も驚愕に眼を見開いた。


「三人、だと?」


侵入者は、たったの三人だった。何れも年若い、まだ半端ものと見られる魔法士だ。

だが、本当に驚くのはそこではない。もっと、こちらを絶望させるような光景が、そこには映っていたのだ。


「……そんな、警備獣が……」


声を漏らす監視員。俺も、同様に唖然とするばかりだ。

なぜならそこには、こちらを絶望させる光景──先頭を進むたった一人の魔法士が、凶暴な魔獣たちを一方的に屠り、嬉々として奥へと進んでいく映像が、映し出されていたから。



「いやぁ、凄く楽しいわッ!!!」


異常なほどテンションが高く、顔に魔獣の血を付着させながら魔獣の顔を踏み潰すグレースさん。それはもはや、生物を殺すことに快楽を見出す異常殺人鬼のようだった。


「なんか、僕らの出番ないですね」

「序盤はな。あいつの好きにやらせてやれ」


エルトさんが後頭部で腕を組みながら、のんきにそんなことを言う。敵陣に攻め込んだとは思えないほど気の抜けた様子だ。


扉をぶち破った途端、奥から無数の魔獣が出てきたのだが、グレースさんがそれらを一方的に蹂躙し始めたのだ。魔法を放ち、殴り、蹴り、引きちぎり、もう何でもありの虐殺状態。魔獣もそれなりの強さを持つのだろうけど、雑魚にしか見えなくなってきてしまった。

僕らが通った後はもう悲惨そのもの。血や肉片がべったりとつき、悪臭が漂っているのだから。

僕とエルトさんは無関係。何もしていません。


「ほらほら、どうしたの??まだまだこれるでしょう?」


前方に見える魔獣の群れを挑発する。乗ったが最後、肉片に変えられるとも知らずに、彼らはグレースさんに向かっていくのだった。

ここで一つ、僕の中で疑問が生まれた。


「あの、エルトさん」

「あん?」

「グレースさんが使ってる魔法って、普通の身体強化や近距離中級魔法ですよね?なんか、僕が知っているのと威力が桁違いなんですが……」


グレースさんが使っているのは、ごく一般的な魔法士も使っているような魔法だ。別に難しくない、汎用性の高い魔法。しかし、彼が使っているのは同じ魔法のはずなのに、もはや虐殺専用魔法かと思うほどの威力を持っている。どういうことなのか?

説明を求めると、エルトさんがフッと笑って教えてくれた。


「確かに、あれはごく普通の魔法だ。魔法式も、全て同じ。だが、あいつは常時別の魔法も同時に発動しているんだよ」

「……もしかして、それが──」

「そう。あいつの専有魔法──重苦神気じゅうくしんきだ。奴は肉体的、精神的なダメージを受ければ受けるほど、使う魔法が強化されていく。つまり、あいつにダメージを与えること事態が自殺行為に等しい」

「だから拷問なんてやってるんですね。あれ?でも拷問の割に聞こえてくる声は違うものですけど……」

「苦痛を受け続けていたら、いつの間にか快感に感じるようになったらしい」

「うわぁ……」


何とも言えない。苦痛は普通に苦痛としか感じない僕からすれば、それはもう未知の領域だ。踏み入れたくもない。

凄さと驚き、そして若干の気持ち悪さを感じながら、僕らは魔獣を蹂躙するグレースさんの後を追うのだった。

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