第4話 簡単な作戦会議

「事情は理解したわ」


王宮内の執務室へと戻った僕らは事情をグレースさんに報告した。ルド君の誘拐に、連れ去った男たちが呟いたという言葉。僕らがこれから行う作戦と無関係というわけではないのだ。

報告を聞いて、グレースさんは顎に手を当てて頷きを一つ。


「その男の子は、これからあたしたちが襲撃する研究所と見られる場所に連れ去られた……二人はそう考えているのね?」

「はい。恐らく、その線で間違いないかと」

「郊外の研究所なんて、そこしか思い当たらねぇからな」


恐らく、この推測に間違いはないと思う。

研究所に子供を連れ去る。百%、ルド君を何かの実験に使うつもりだろう。


「その研究所と見られる場所って、魔獣が出てくるのが目撃されているんですよね?」

「そうよ」

「前みたいに支配の魔法式を、魔獣に刻み込んでいるのかもしれない。そうしたら、中には支配下にない魔獣が数十匹以上いるかもしれないってことだ。子供をそんなところに連れて行くのなら、あり得るのはそいつらの餌だろうな。魔獣は凶暴な上、雑食だ。栄養価の高い人間なんてぺろりだろう」


最悪のシナリオだ。

なんとしてでも餌にされる前に助け出さなければ。凄腕の魔法士ならばともかく、連れ去られたのはまだ一桁の歳の子供。一人で何とかなるなんてことはない。一刻も早く行かないと。

僕が内心で焦っていると、グレースさんは組んでいた腕を解き、くるりと身体の方向を変えた。


「二人とも、すぐに着替えてきなさい」

「「え?」」


僕らが素っ頓狂な声を上げる。

着替える意味なんて……と思っていたが、厳しい口調で一括された。


「任務にそんな着崩した格好で出向く阿呆なんていないわ!!きちんと宮廷魔法士らしい服装に着替えなさい!特にエルトちゃんッ!!」

「お、おう……」


気圧された僕らは頷き、各々の執務室に戻り、着替える。確かに、宮廷魔法士らしからぬ着崩した服装をしていた。これが慣れというものか。

宮廷魔法士の戦闘服──魔法士の礼服に着替え、上から赤く刺繍の施されたローブを纏う。偶々手に取ったものなので、特に意図はない。


執務室を出ると、エルトさんも動揺の礼服とローブに身を包んでいた。腰元には、赤い鉤爪。初めて見る武器だ。


「エルトさん、それは?」

「あ?あぁ、俺の魔法武器だよ。お前のレイピアみたいなもんだ。それより、ちゃんとさっき貰った霊薬は持ったのか?」

「はい。確認済みです」


ローブの胸元を叩き、その存在を確認する。

先程店主さんに、店にあった残りの霊薬を全て譲り受けたのだ。代わりに、孫をどうか、と。


「流石に、恩を仇で返すようなことはできませんからね。必ず助け出します」

「その意気やよし。けど、それって一体何に使う霊薬なんだ?」

「それは──」

「準備はできたようね」


グレースさんが執務室から出てきた。

同じく礼服にローブ。右手に刺さっていた杭は抜かれたままで、代わりに、そこには黒い手袋が。表面には魔法陣が描かれており、薄っすらと微かに発光している。


「久しぶりに見たな。その手袋」

「五十日くらい部屋に籠もってたから、当然だと思うけど?」

「そうじゃない。お前が任務でその魔法武器を使うのを久しぶりに見るって意味だ」

「……それもそうね。これを使うほどの任務って、ほとんどこないから、使う機会がないのよね」

「任務がないからって執務室に籠もって変態プレーしてんじゃねぇ」


毒づきながら、エルトさんは後頭部を乱暴に掻く。


「それで?すぐに出発か?」

「僕らの準備は出来てます。いつでも大丈夫ですよ」


それぞれの武器に手をかけ、僕らは言う。

正直な気持ちとしては、すぐにでも出発し、その研究所を潰しにいきたいのだ。早く行かないと、本当にルド君が餌にされてしまう可能性もあるのだから。

既に戦闘モードに切り替わっている僕らを、グレースさんはくすりと笑って宥めた。


「やる気があるのは結構。だけど、流石にまだ早いわよ?いきりたつのは研究所の前に着いてからにしなさい。それと、これを見て」


そう言ってグレースさんが広げたのは、王都近辺に広がる森の地図だった。王都西方にある森に、赤で丸印が記されている。


「ここが研究所の場所よ。規模としてはそこまで大きなわけではないけれど、内部を知らないから何とも言えないわ。この手の建物の場合、地下がかなり広く作られていると思う」

「一応その線で襲撃するとして……問題は襲撃する方角だな」

「?一人ずつ別々のルートで向かって、三方向から攻め込むんじゃ?」


こちらの戦力も分散してしまうとは言え、敵の戦力も同様に分散できる。個人個人の戦力を考えると、そちらのほうが効率がいいと思ったんだけど……。


「今回は三人全員、固まって行くわ。その方が、多分早く制圧できると思うからね」

「俺も副室長に同意見だ。無駄に戦力を分散させるより、魔法力の差でゴリ押ししたほうが手っ取り早いだろ」

「………まぁ、異論はないです」


考えれば、確かにその方がいい気もする。

グレースさんとエルトさんが先陣を切って攻め込み、敵の攻撃がそちらに集中している隙きに、僕が後方から狙撃する。正直僕の魔法が無くても、御二人だけで制圧してしまえるだろう。僕はあくまで保険だ。対処しきれなかった分を、僕が処理する。事前に言われていた通り、後方支援に徹するとしよう。


「細かいことを考えずに、正面から堂々と入ったほうがいいと楽ね」

「そもそも俺たちに小細工なんか通用しないしな。施錠されていても溶かせばいい」

「物騒ですね……本当に誇り高き宮廷魔法士ですか?」

「うちの部署は、誇りなんてとうの昔に捨てているからね」

「あぁ、そんなもん路肩に捨てとけ。大事なのは誇りよりも実績と成果だ。それさえあれば、どうとでもなる」

「この二人は……」


いや、二人だけじゃないな。僕以外の全員が、短絡的な考え方を持っていると言うか、怖い性格をしているというか……もう少し丸くならないものですかね?いや、戦う時に限って言えば、これ以上ないくらい頼もしい人達なんだけど。

ため息を吐きながら、大事なことを伝える。


「少しは僕の分も残してくださいね?知り合いの子誘拐されて、結構イライラしてるんですから」

「残ったらな」

「保障はできないわね」

「よし、バンバン魔法打ちますね。視認困難な高速魔法を」


簡単な作戦会議はこれで終了。

執務室を出て、問題の場所に向かい、走り出した。

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