第3話 情報と狂気

店主さんを店の裏にある部屋に移動させ、そこに置かれていたベッドへと寝かせる。軽く触診したところ、軽い脳震盪を起こしていたようだ。命に別状はない。


「迷惑をかけてすまんの」

「いえいえ。普段お世話になってますからね。それで、何があったんですか?」


ベッドのすぐ側に僕が座り、部屋の隅でエルトさんが腕を組んで耳を傾けていた。話を聞くのは、顔見知りである僕が担当するほうがいいだろうと判断しての行動だ。

店主さんは問いに対し、うーんと首を捻った。


「それが、突然すぎてよくわからんのじゃ。裏で薬の調合をしておったら、窓が割られて知らん男が三人入ってきて、驚いとるうちに頭を何かで殴られ……」

「気を失っているうちにお孫さん──ルド君が連れて行かれてしまったと」

「……」



悲しげに頷く。

店主さんのお孫さんであるルドくんは、店によく訪れる僕とは顔見知りだ。いつもお爺さんが薬を調合する手伝いをしていて、いずれ店を継ぐことになるんだろうと思っている。店主さんに似た緑髪を後ろで一本に纏めた、活発な男の子だ。僕のことをお兄ちゃんと呼んで、慕ってくれている。


「明らかに狙った犯行だろうな。この店に、幼い子供がいると知った上で襲撃し、その子を目的に誘拐した」


エルトさんが確証を持って言う。それに同意し、僕も頷いた。


「そうでしょうね。計画的な犯行……一先ず、騎士団の方へ連絡を入れましょうか」

「連絡してくる」


通信石を取り出したエルトさんはそう言い、部屋から退出していく。王国殲滅兵室は、何故か王都を護る騎士団を、限定的ではあるが、ある程度自由に動かすことができるのだ。ミレナさんが騎士団の上層部にかなり貸しを作ったらしい。恐ろしい人。


「店主さん。ルド君を連れ去った男たちの特徴なんかは憶えていますか?」

「特徴、か……」


少しでも何か憶えているなら、犯人を見つけ出すことができるかもしれない。何の手がかりもないより、ずっとありがたい。


「そうじゃな……何の模様もない黒い外套を羽織っておったなぁ」

「外套ですか」


黒い外套……姿を見られないようにするためだろう。街中でそんな服装をしていれば、かなり悪目立ちするはず。だが、事を起こす際にはその格好はうってつけ。顔を見られる心配もなくなり、姿を見られてたとしてもそれしか記憶に残らない。

何か特徴を、とは言ったが、流石にそれだけでは何も進展しない。

僕が若干落胆していると、店主さんは興味深いことを呟いた。


「……そういえば、何か妙なことを呟いておったの」

「妙なこと?」

「おぉ。必要な数を揃えることができたとか、これで何かができるとか……」


誘拐犯は子供を誘拐し、何かを為そうとしているのだろう。まだ意識があった店主さんは、偶々それを聞いてしまった。が、断片的な情報しかないようだ。

一から探すしかないかと思い、外で話をしているであろうエルトさんの元へ行こうと立ち上がり──店主さんの口から発せられた言葉に、脚を止めた。


「そういえば奴ら、郊外の研究がどうとか、言うておったのぉ……」

「──」


何気なく呟かれたそれを聞き、襲撃犯がルド君をどこへ連れ去ったのか、理解した。



薄暗い室内。

不気味な拘束具が取り付けられた、白い手術台が中央に備え付けられ、その周囲には無数の実験器具。鋭利なナイフや数十種類の薬品が入った注射器。大きな斧や鋸に、熱い焼きごて。

天井には手術台を照らす照明があるだけ。それ以外は、真っ白な空間。


その趣味の悪い手術台の上には、一人の少年が乗せられていた。まだ幼い──九〜十歳程度と思われる彼は、恐怖に目を震わせ、咥えた猿轡をキツく噛み締めていた。

その怯えきった様子を眺める、一人の男。


「よし、準備はできたよ坊や。心の準備はいいかな?」

「〜〜〜〜〜ッ!!」


微かに動く首を全力で左右に揺らし、否定する少年。だが、白衣を纏った長身の男はそれを愉快そうに眺め、こう言った。


「そうかそうか。。偉いぞ坊や」

「!?!?!?!?」


違う、そんなことはない。ここから開放してくれ。言葉にせずそう訴える少年を無視し、男は台に置かれたナイフを手に取った。鋭く、切れ味のよい手術用ナイフだ。


「今から胸部を切開し、君の心臓を一旦取り出す。大丈夫。一旦借りるだけだからね?あぁ、麻酔なんて邪魔なものは使わないよ?注射は痛いから、嫌だよね?」


マスクの下の口は、狂気的に歪んでいることだろう。手術台に乗せられた子供の絶望に歪んだ表情を観察し、眺めるのが、奴にとって最高の快楽になるのだから。

響き渡る呻き声。床に滴る赤い鮮血と透明な涙。ジタバタともがき苦しむ少年は、やがて意識が途切れたように動かなくなった。


「綺麗な心臓だ……とても、健康的な色をしている」


臓器を持ち上げ、うっとりと眺める男。

全く、これだから奴に伝令をするなど嫌なのだ。この趣味の悪い光景を、黙ってみていろと言われるのだから。


「あぁ、そういえば伝令が来ているんだったな。すまない。つい夢中になってしまった」

「それは構わない。貴方はやるべきことをやっているだけなのだから」

「お気遣い感謝するよ。それで、伝令の内容は?」


思ってもいないことを口にし、伝えるべき事を言う。


「子供の被験体が百体揃った。既に地下牢に幽閉しているから、後で実験に使う固体を選別しておくように、とのことだ」

「百体をもう揃えることができたのか?それは素晴らしい。やはり、誘拐専門のチームである貴方たちは優秀だ」


露骨に嬉しそうな顔をし、手にしていた心臓を台の上に置かれたプレートに乗せる。右手に嵌めていた手袋を外し、その掌を心臓に翳した。

……あまり認めたくはないが、やはり、この男は組織になくてはならない存在。頭のネジが外れていることを除けば、非常に有効活用できる奴だ。


「百体もいれば、きっとあの方々の役に立つ物が現れるでしょうねぇ。しかし、まずはこの子を仕上げてから。私の可愛い子供になるのだから、丹精込めて、愛を注いであげないと」


可視化した魔力は心臓にどんどん吸い込まれていく。この男が行っているのは人の──魔法士の倫理から外れた、埒外の悪行だ。

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