第2話 買い出し
王都中央──王宮の付近には、数多くの店が立ち並んでいる。喫茶店、書店、八百屋、ブティック、宿屋、などなど、王国の中でも随一と言えるほどの店舗数だ。人の出入りが多い王宮の近くに店を出せば、それだけ客も多く訪れるという考えの元、数多の承認が多額の資金を投じて店を開いている。その考えはあながち間違いでもなく、王宮付近の店は、王宮から離れた場所に比べると売上も多いのだ。
そんな数多くある店の中で、今僕が訪れているのは、大通りの路地に店を構える小さな薬屋だった。見える窓ガラスには罅が入っているし、壁も何だか薄汚れている。入り口の隅には蜘蛛の巣が張っているし、外見のイメージは最悪だ。誰もここに入ろうとは思わないだろう。看板も簡素に「霊薬」と書かれているだけで、もはやこれが店名なのでは?と疑ってすらいる。ちなみにちゃんとした店名は知らないです。
「なぁ、レイズ」
「なんですか?」
一緒に来ていたエルトさんが店の前に立つなり、目を細めて言ってきた。
「お前、今からここで買い物するんだよな?」
「?その通りですが」
「俺が言うのもあれだが、もっとマシな店で買ったほうがいいと思うぜ?ほら、薬屋なら他にもたくさんあるだろう?なんならもっと綺麗で、優秀な薬師がいるような店がッ!!」
至極当然(失礼すぎる)のことを言ってきた。
あらためて店を見てみるが、確かにひどすぎる。この店を初めて見た人ならば、一度は思うことだろう。こんな汚い店にいいものが売っているはずがない。他の店で買ったほうが絶対にいい。というか入るの危なそう。これ騎士団に通報した方がいいんじゃないの?なんて感想を抱くレベルだ。
人間だけじゃなくて、店や商品も第一印象は外観で決まる。これは第一印象最悪の模範として上げてもいいくらいだね。
それら全てをひっくるめて、僕はエルトさんに言う。
「大丈夫ですよ。この店、外観こそゴキブリの巣窟みたいな感じですが、中は結構普通の薬屋です。まぁ、店主が少し変わった人ではありますが、普通にいい店です」
「本当かぁ?それ、信じていいんだよな?」
「はい。所見はびっくりすると思いますが、慣れれば感覚が麻痺しますから、これが普通の薬屋だって思えるようになりまし」
「それ絶対いい店じゃないよなッ!?」
ツッコミを入れてくるエルトさんを無視して、僕は店の汚い扉を開ける。カランカランとベルが鳴り響き、店内に来客を告げる。しかし、中から店主が出てくることはなかった。もしかして、何か取り込み中なのかもしれない。
「店主が来るまで、少し待ちましょうか」
「出来れば、すぐに帰りたかったんだが……そもそも、なんでこんなところに来ることになったんだっけ?」
店内の棚に並ぶ幾つかの薬類を物色しながら愚痴るエルトさん。どうやら、ここが嫌すぎて記憶が飛んでいるらしい。普通の薬やだっていうのに……全く。
「忘れたんですか?ほら、一時間くらい前に──」
「あー……そうだった。すっかり忘れてた」
後頭部を掻きながら、棚に置かれている薬の入った瓶を物色する。液体や固体のものまで幅広い種類のそれらは、どれも値が張るものばかり。
あまり不用心に触らないほうがいいと思いつつ、僕も同じように手に取り始める。
しばらく来る予定のなかったこの店に脚を運んだ理由は、つい先程決まった任務が関係している──。
◇
「敵組織の実験施設……ですか」
ミレナさんが告げた任務の内容、その重要性を即座に理解する。以前起こった王女殿下誘拐未遂事件。その事件で敵の操る親衛隊を粗方片付け、王女殿下をお護りしたのは僕ら殲滅兵室なのだ。当然、その危険性も一番に理解している。
これは、僕らが担当しなければならないことだ。
「えぇ。発見したのは偵察室の魔法士部隊。王都郊外に出現していた魔法式の刻まれた核を持つ魔獣。それが残っていないか巡回していた時に、見つけたそうよ」
「敵組織のものである確証はあるのか?」
「施設から複数の魔獣が森へ出ていくのを確認しているわ。つい最近もそんな事件があったように、人造魔獣とやらが生産されている可能性がある。そんな場所を放っておけるはずがないでしょう?」
放っておけば、またあの危険な魔獣が森の中に住み着きかねないということだ。そうなれば、王都に来る商人や旅人たちが危険に晒されるということになる。いや、もっと大変なことになるのだ。
「つまり……魔獣が増えれば僕の仕事が増える……ってことですか?た、大変じゃないですかッ!!一刻も早く消滅させないと!」
「動機が自分の都合に合わせ過ぎなとこはあるけど、その通りよ。一刻も早く手を打たないといけない」
「それを、グレースが?」
「その通りよぉ」
アリナさんにグレースさんが頷く。
彼は殲滅兵室の副室長を務める、宮廷魔法士の中でも随一とも言える実力の持ち主だ。彼一人にこの任務を下した上層部の判断。本来なら無謀だと非難されるところだろうが、彼の実力を知っている僕らからすれば、その判断は正しい。半端な実力しか持たない魔法士が追従することは、逆に彼の脚を引っ張る結果になるだけだから。
彼に追従できるのは、僕ら殲滅兵室の魔法士だけだ。
「グレース一人で行かせても、実際のところ問題はないかもしれない。けど、万が一のために予備戦力は追従させるべきなの。さぁ、誰が──グレース?」
ミレナさんを手で制し、グレースさんが言った。
「もう連れて行くのは、決めたわ」
「あら、随分と早いのね」
「うふふ、これでも実力派よ?誰がどの程度の実力を持っていて、どんな長所があるのかも把握済みよ?それも踏まえて、任務に同行してもらうのは──」
ピースサインを作り、ビシッ!と指を差す。その先に居たのは──。
「君たち二人よ。エルトちゃん、レイズちゃん」
「「……は?」」
僕とエルトさんは目を点にしながら、気の抜けた声を出した。え?二人?僕とエルトさんの?
困惑をよそに、ミレナさんがグレースさんに問うた。
「理由を聞いても?」
「勿論。まずレイズちゃんだけど、これは言うまでもないわね。遠距離からの高精度な狙撃能力で、全面的な後方支援を担当してもらうわ。あまり出番はないかもしれないけど、いるに越したことはない。もうすっかり殲滅兵室の重要な戦力になっているもの。彼がいるといないでは、戦いの安心感が桁違いだわ」
素直に評価してもらい、若干僕は嬉しくもなる。遠距離なら攻撃を外さない自身はあるけど、まさかここまで評価してもらえていたとはなぁ……。
「エルトちゃんは、単純に魔法の威力にあるわ。相手は魔獣を生み出している可能性がある。私の魔法だと、完全に消滅させることはできない。再生能力が高い魔獣が出たら、彼に相手をしてもらうわ」
「全て計算した上での人選ということね……わかったわ。じゃあ、殲滅兵室の男性陣に今回は任せる。女の子たちは待機ね」
「いや女の子っていう歳でもブッ!!!?」
政治家のように失言を零したエルトさんの顔面に、ミレナさんの回し蹴りが炸裂する。スピードと捻りが加わった強烈な不意打ちに、エルトさんは珍妙な声を上げて吹き飛んだ。
あーあ。僕の部屋の壁が……あとでミレナさんに直してもらおう。あの人なら数秒で復元も可能なわけだし。
「まぁ、向かうのは僕とエルトさんとグレースさん、でいいですか?」
「えぇ。出発の時間は任せるわ。いきなり言われて、準備とかもあるだろうし」
「できれば夜までには出発したいから、早めにお願いね?あんまり遅いのは駄目よ?」
「わかりました」
ピクピクと痙攣しているエルトさんを起こし、僕は足早に執務室から立ち去った。
◇
という経緯があり、僕はこの薬屋を訪れているのです。エルトさんは目覚めた直後についてきた。どうやらあの空間は少し居心地が悪いらしい。失言した後だしなぁ……しょうがない。
「にしても、店主はまだか?もう結構時間も経っただろ」
「そうですね。幾ら何でも遅い──」
商品を棚に戻し、店の奥を覗き込み、絶句した。
奥にあるのは、薬の調合室。そこの扉が無造作に開かれており、中には一人のお爺さんが倒れ込んでいたのだ。
「て、店主さんッ!!」
僕はそれがこの店の店主であるとわかり、側に駆け寄り抱きかかえた。脱力しているが、息はある。
背後を見やると、幾つもの瓶や試験管、調合用の鉢が割られ、奥の扉も破壊されている。形跡から見て、侵入者──強盗にでも入られたのだろうか。
「いや、強盗にしては妙だぜ」
次いで部屋に入ったエルトさんが言い、室内の奥に置かれた金庫と思しき箱を見やった。
「強盗なら、目的は金だ。なのに、盗まれた形跡どころか、あれを弄った跡もない」
「なら、何が目的で──」
「お、おぉ……」
呻き声と共に、店主が目を開いた。
「店主さん、大丈夫ですかッ!?」
「ん……レイズ、か?すまんのぉ……少しの間、店じまいじゃ」
「そんなことはいいからッ!!何があったんですか!?」
強く尋ねると、店主さんは大きく目を開き、力なく声に声に出した。
「孫が……知らん男に、連れ去られてしもうたんじゃ……」
「「!?」」
突然の誘拐事件。
しかいこれは、新たな事件の幕開けに過ぎなかった。
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