三部

第1話 副室長の特徴

「そう、これでしばらくはあの悪趣味な声に悩まされずに済むわね」


仕事に区切りをつけて、僕の執務室へとやってきたミレナさんが壁に寄りかかりながら嬉しそうにそう言った。


「悪趣味だなんて酷いわねぇ……」

「いや、どう考えても悪趣味だろうよ、副室長。隣室で年中聞かされてる俺の気持ちも考えろよ。マジで勘弁してくれ」

「私の部屋には、普段は聞こえてこないけど、偶に聞こえる絶叫はエグい。殺意が湧く」

「うちの魔法士はこう言ってるけど?」

「もうっ!!皆意地悪なんだからッ!」


プンスカと怒りながら、グレースさんは頬を膨らませた。いい年した大人がそんな仕草をすると、妙に嫌悪感が生まれる。

っていうかさ……。


「結局、僕の部屋に集まるんですね……」


いつの間にか集結した王国殲滅兵室の仲間たち。前から何かと僕の部屋に出入りしているけれど……流石に全員入るほどのスペースはないんだよ。とにかく狭い。


「いいじゃねぇか、別に。ほとんど共有スペースみたいなもんだし」

「流石にひどすぎるでしょそれはッ!仕事の中にもプライバシーは大事って何度も……」

「エルト君。流石にその言い方はないでしょう。仮にもここはレイズ君に与えられた執務室よ」

「エルトはもっと考えて発言したほうがいい。ここは共有スペースじゃない。私達の休憩室」

「言ってることエルトさんとほとんど変わらないんですよ?それ。気づいてます?」


誰が休憩室だ。休憩なら外にある共有スペースか、王宮にある庭でしてください。僕の部屋は僕のものです。

最近、前にも増して先輩上司の皆さんの僕への扱いが酷くなってる気が「レイズ、紅茶」あーはいはい。わかりましたよ……酷くないかな?

項垂れながら紅茶をカップに注ぐ僕を見て、グレースさんはくすくすと笑った。


「しばらく見ないうちに、随分と逞しくなったわね。ここに来たばかりの頃は、もっと刺々していたのに」

「そうですか?いやまぁ、毎日こんなにこき使われてたら、嫌でも適応しますよ。人は短時間で変わるんです」

「レイズ、早く」

「おい、お茶菓子がなくなったから追加してくれ。そこの戸棚に隠してあるのがあるだろ?バレてんだぞ」

「ね?こんなのが毎日ですよ?」

「色々と苦労してたのね……」


グレースさんが紅茶を啜りながら同情の声を僕にかけた。いや、もう慣れたからいいんだけど……。

アリナさんにカップ、エルトさんにお茶菓子の追加を渡していると、ミレナさんがグレースさんを指差しながら、僕に尋ねた。


「ちなみに、レイズ君はグレースの迷惑な叫び声やら呟きはどう感じているの?」

「新参者の僕がこういうのは、余りにも失礼だとは思いますが……心底気持ち悪いです」

「おぉう、ストレートに言うのね。レイズちゃん」

「いやだって……ねぇ?」


思わず菓子を貪るエルトさんを見た。彼は咀嚼していたそれを飲み込み、頷きを返す。


「あぁ。副室長にそれが必要なことはわかる。が、どうしてそれを態々執務室でやるんだ。自分の家とか、王宮の地下牢を借りるとかしてくれ。こっちの気が散って仕方ない」

「それは無理ね〜。部屋であれをやってると、どうしても感じちゃって、変な声が出ちゃうんだから」

「それを抑えろって言ってるんだよッ!!」


くねくねと身体をくねらせながら言うグレースさんに、エルトさんは激昂する。

ちなみに、グレースさんは口調はかなり女っぽいが、正真正銘の男──即ち、オネェだ。年齢は……聞いたことないからわからないな。


「それで……今回は結構長い時間やっていたけど、成果はどうなの?」


ミレナさんが問うと、グレースさんはグッと親指を立てる。


「バッチリよ。流石は五十日間もやった甲斐があったわ。今なら、何だってできちゃいそうなほど」

「そう、ならいいわ。コンディションが万端なら、すぐにでも任務に取り掛かってもらいたいところなんだけど──」

「任務……あぁ、一昨日伝えられたやつね。すっかり忘れてたわ」


すくっと立ち上がり、グレースさんは自身の左手に右手を伸ばし──突き刺さっていた杭を一息に引き抜いた。

杭に付着、傷口から漏れ出た鮮血がこぼれ落ち、執務室の床を赤く汚した。それを見て、僕はため息。


「グレースさん、ここでやらないでくださいよ。血って染みになって取れにくいんですからね?」

「あぁ、ごめんね。あとであたしが拭いておくから大丈夫よ。それより、ミレナちゃん」


室長であり、自分よりも上の者であるミレナさんをちゃん付けにして呼ぶ。けれど、ミレナさんは特に不快がることもなく、なに?と応じた。

殲滅兵室の古参二人の間には、僕ら以上の信頼があるのだ。


「その任務、今から行ってきてもいいかしら?拷問上がりは、どうも身体が高ぶっちゃって。ちょっとひと暴れしたい気分なの」

「それは構わないけど……一人で行くつもり?」

「一人でも十分……と言いたいところだけど、そうもいかないんでしょう?」

「当然よ。確実に戦闘が発生する任務だし、危険な道は避けるべき。万が一のことも考えなさい」

「了解したわ、室長様。それで、具体的には誰を連れていけばいいのかしら?」


グレースさんが僕ら三人を見回す。と、エルトさんが不意に片手を上げ、ミレナさんに視線を向けた。


「ちょっと待ってくれ」

「なにかしら?」

「俺たちの中の誰かを連れて行くのなら、まずは任務の内容を教えてもらいたい。内容もわからず「はい、行きます」なんて言えるわけない。ちゃんと適正にあった人材を連れて行くべきだろう」


エルトさんの言うことは尤もだった。

僕らは内容なんて何も知らされていない。連れていくというのなら、先に任務を教えてほしかった。


「……それもそうね。まぁ、元々全員に伝えておくべきだったし、今回の任務が終わったら、多分もっと忙しくなるわ。具体的に言えば──王都への直接的な攻撃が行われる可能性が高い」

「「「──ッ!?」」」


グレースさん以外の僕ら三人は、ミレナさんの口にした言葉に驚愕する。王都への直接攻撃……それ即ち、王国への全面的な宣戦布告と同じ意味だ。そんなことが起こる可能性がありながら、やらなくてはいけない任務。緊張感が漂う中、ミレナさんは口を開き、その内容を完結に説明した。


「グレースに下された任務は──以前王女殿下を誘拐しようと目論見、親衛隊の騎士アルセナスを操った組織。その実験施設と思しき建物の襲撃、及び陥落よ」

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