プロローグ3
プロローグ 副室長の目覚め
王都に帰還してからの数日間、特に事件が起きることも無く平和な日々が流れていた。警戒を怠っていない敵組織の襲撃、王都周辺に巣食う魔獣の凶暴化、なんてことは一切なく、王国殲滅兵室が出動するようなことはなかった。
そのため、殲滅兵室の魔法士は皆、他の部隊の仕事を手伝ったり、魔法の訓練をしたりと、各々仕事の時間を潰していた。勿論、多忙すぎにならないよう、適度な量で。
「平和だなぁ……」
殲滅兵室にある僕の執務室にて、いつものようにお茶を飲みながら、窓から差し込む日差しで日向ぼっこを満喫していた。窓枠には、いつぞやの小鳥が。
東都から帰還した僕らはすぐにミレナさんの治療を受け、今回の事件で負った身体の負傷を治してもらうことに。忙しそうな時だったけど、ミレナさんは仕事を後に回して僕らの傷を見てくれたんだ。その時「頑張ったわね」と労いの言葉をもらい、ついつい涙腺が緩みかけてしまった。ま、その後すぐにエルトさんから「おい紅茶淹れろ」と言われて涙も一瞬で乾いたけど。
傷は治ったけど、病み上がりだから仕事も無理のないように、とのこと。
一緒に治療を受けたアリナさんも同じことを言われていて、僕らの仕事は普段よりも少なかった。ミレナさんは本当に、いい上司だよ。だからもう少し報われてもいいと思う。あの理不尽な仕事の量は室長だからなのか?
手伝ってあげたいところだけど、行ったところで無理をするなと言われるだけだろうし……僕は平和な時間を堪能していることに……不可能ですね、はい。
「あぁ、平和だな。あ、レイズ。お茶」
「私も」
現実逃避していた僕を呼び戻すかのように、僕の先輩である御二人──エルトさんとアリナさんは同時に中身を飲み干したカップを机上で滑らせ、僕の方へ。黙ってそれに紅茶を注ぎ、同じように滑らせる。
「前にも同じようなことがありましたが……なんでいるんですか?」
「「お茶を飲みにきた」」
「何故ここに来る……」
さりげなく隠してあったクッキーまで出されているし……。
何?僕の執務室って誰でも勝手に入っていいと思ってるの?あと僕のお菓子を勝手に開けて貪り食うのもやめてほしい。今更……今更だけどさッ!
視線で抗議するも、二人が僕の訴えを察することはなかった。期待するだけ無駄か……。
「そうケチケチすんなよ。細かい男は嫌われるぜ?」
「先輩にお茶を淹れる。後輩であるレイズの義務」
「ミレナさんに訴えてきていいですか?」
「多分無駄だと思うぜ?なんなら、室長も便乗してここでお茶を始める。諦めろ」
「うん。絶対そう」
「うわ、そうなるのが目に浮かぶのが本当に嫌だ」
もはや助けはなかった。今後も、こうなるのは必然にして自然の摂理というように、この人達は僕の部屋に入り込み、何喰わぬ顔でお茶を始めるのだろう。仕事の中にもプライベートは必要だと思うのだけれど、それを望むことはできない。何故なら僕は一番年下であり後輩だから。理不尽な。
というか──。
「アリナさんはともかく、エルトさんは仕事して下さいよ……」
「うん。あんたは仕事をしないといけないはず。戻れ馬鹿。脳筋」
「普段まともに仕事してない分際で何を言ってやがる。てめぇも仕事しろ植物女。つか、誰が馬鹿だ誰が。性格だけじゃなくて頭も緩いのか」
「……殺る?」
「あ?上等だゴラ……」
「ここで喧嘩しないで!!殺るなら外でッ!!」
占有魔法持ちがやりあったらとんでもないことになるでしょうがッ!!
ヒートアップし始めた二人を止め、部屋の入り口を開け放って指を差す。と、二人は途端に言い争いを止めてくつろぎ始めた。この先輩たちはもう駄目だな。
呆れ交じりに僕も紅茶を口に含むと、エルトさんが苦々しく部屋の外を見つめた。
「いや、俺も仕事はしないといけないとは思ってるんだぜ?だけどよぉ……」
「?何かあったんですか?」
「何かあったというか……元からあるというか……更に悪化したというか……」
「?何を言ってるんですか?」
「なるほど」
困惑する僕とは違い、アリナさんはどうやら納得したらしい。苦笑しながら、クッキーを口の中に放り込む。
? 僕はまだ何を言いたいのか、いまいち理解できていない。ただ、エルトさんが嫌がる何かがある、ということを朧げに理解しているだけ。
悪化したとか元からあったとか……意味不明すぎる。エルトさんが逃げ出すほど耐えきれないものって、なに?毛虫?
困惑に頭を捻らせていると、エルトさんが僕に指を向けた。
「ヒントその1。お前は既に元凶と対峙している」
「対峙してる?」
「ヒントその2。俺は生理的に受け付けることができない。ヒントその3……俺の隣室だ」
「あー……」
理解した。完全に理解した。
確かに、あれは……あの人は元からいるし、最近更に酷いなとは僕も思っていた。それは、殲滅兵室の中でも問題になっていたけれど、咎めることもできない悩みの種になっていたのだ──アリナさんが僕の背中に抱き着き、重みが伝わる。
「悪化って、そんなに酷いの?」
「酷いなんてものじゃない。お前らは離れているからそこまで聞こえないだろうが、毎夜毎夜隣室である俺の部屋には聞こえてくるんだよ。キモい息遣いだったり、キモい独り言だったり、キモい笑い声だったりな」
肩を抱いて身震いするエルトさんの顔は青褪めている。こんな姿を見せる彼は初めて見るんだけど、それも無理のないことだね。あの部屋周辺、僕もあんまり近づきたくないし。同情するよ。
「なんというか、お疲れ様です」
「どんまい」
「他人事のように言いやがって。大体な──」
と、その時──。
バンッ!!と勢いよく扉が開け放たれる音が響き渡り、次いでジャラジャラと鎖が床を擦れる音が聞こえた。
僕らは一斉にその発生源と思しき場所に目を向けた。
「あー、どうやら出てきたみたいですね」
「最後に出てきたのはどれくらい前だっけ?」
「確か……五十日前くらいじゃないですか?最近だと、ミレナさんがケーキを差し入れていたかと。ミレナさんも、よくあの部屋に入れますよね」
「慣れ。一応、一番付き合い長いし。キモイとは言ってたけど」
「ですよね」
世間話のように会話する僕とアリナさんとは別に、エルトさんは炎をちらつかせて臨戦体勢に入っている。白に近い色をした炎を腕に纏い──って、僕の部屋で炎を使うなッ!王宮が炎上する!
「クソッ!!今日こそ成敗してやるッ!!いっつもいっつもキモい喘ぎ声垂れ流しやがってッ!男の喘ぎ声なんて聞いてても吐き気しかしねぇんだよッ!!!!」
「あらあら、キモイだなんて言ってくれるじゃなーい、エルトちゃん」
どうせこっちに来るだろうと思い、僕が新しいカップを取り出して紅茶を注いでいると、部屋の外からそんな声が聞こえてきた。
気の抜けるような、気怠そうな声。女性のような口調。しかし、声の高さは男性そのもの。つまり、オネェ。
あんまり会いたくないなぁ、と思いつつもその願いは叶わず。
声の主は執務室の扉を掴み、僕らの前に姿を現した。
四肢には強固で頑丈そうな鉄の鎖が巻きつけられており、顔を半ば隠す長い紫色の髪。同色の瞳。両耳には金のピアス。継ぎ接ぎだらけの赤いズボンを着用し、上半身には何も纏っていない。晒された素肌は至るところに傷が着いており、直視するのも避けたいほどだ。
そして何より注目するのは、彼の両手足には、それぞれ一本ずつの杭が突き刺さっていることだった。
「てめぇ……いい加減その呼び方も直しやがれッ!!気持ち悪すぎるんだよッ!!」
「んもぅ、固い男ねぇ。でも、そういうとこ、嫌いじゃないわ♡」
「ひ──ッ……クソがッ!!」
「相変わらず」
「アリナちゃんも、元気そうね♡」
奥歯を噛み締めながらエルトさんが悪態を吐き、それを一切気にしないアリナさんが片手を上げながら入室してきた彼に声をかけた。相変わらず、仲は悪くないらしい。
正反対ともいえる反応を示す二人の先輩に苦笑し、僕も続いて声をかけた。
「お久しぶりです、グレースさん。お茶でもどうですか?」
「ありがと、レイズちゃん。拷問上がりだし、有り難くいただくわね」
と言って、彼──殲滅兵室副室長、グレースさんは、僕が差し出した紅茶の入ったカップを手に取った。
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