第30話 エピローグ

東都の作物地帯を襲った大規模な災害は、発生から十数日が経過した頃に収まった。

東都の農業地帯に出現した巨大な人造魔獣──マンドラゴラの殲滅を受け、作物の消滅は沈静化。確認のため、畑に苗を植えたところ、枯れるようなことはなかったとのことだ。

非常に広範囲に被害が及んでしまったため、元に戻るにはかなりの時間がかかるとのことだが、永遠に作物が育たなくなるという最悪のケースを免れただけ、僥倖と言えるだろう。


事件が沈静化した後、オーギュスト公爵が東都の民を中央広場へと集結させ、此度の一件を説明。

被害に遭った民への援助と、当面の生活を保証すると約束した。

と同時に、事件を解決に導いた宮廷魔法士についても説明し、二人には称賛の声が浴びせられるのであった。

そして、宮廷魔法士たちの期限である七日目──。



「御二人とも、この度は本当にありがとうございました」


東都西部にある駅。

数十分後にやって来る列車に乗り、王都へと帰還する僕らに、お見送りに来てくれたレナ様がお礼を言われた。胸に手を当て、優雅なお辞儀と共に。


「御二人のおかげで、東都の民が再び元の暮らしを取り戻すことができました。このご恩は、いずれ必ずお返しいたします」

「お気になさらないで下さい。私達は与えられた任務を遂行したまで。恩など感じる必要はありません」


アリナさんが手を振って言う。

言葉遣いは普段と違って上品なものだったが、当初のようなあからさまに猫かぶりしているようなものではない。普段通り、無感情で興味なさげな口調だ。流石に先日の戦いで疲れたのか、猫かぶりする元気もないのだろう。僕も、まだ疲れが抜けきったわけではないし。


「そうですよ。王国に仇為す脅威を殲滅する。僕らは命じられた使命を果たしただけです」

「……たとえそうだとしても、素直に感謝ぐらいされてほしいものね。そんな返しをされたら、私も気まずいじゃない」


口調を戻し、レナ様は腕を組んで笑われた。


「あの男に関しては、こちらで処罰を下すから心配しなくてもいいわ。大した魔法を使うことも出来ないようだから、脅威でもないわ」

「よろしくお願いします。王女殿下が仰られたように、何の情報も持っていないみたいですが、一応の尋問を?」

「えぇ。けど、最後の最後で貴方達に貰った魔法の一撃が相当キツかったのね。まだ意識を取り戻していないみたい」

「あはは……」


わざとらしく僕らは視線を逸らす。

最後の一撃──互いの魔法で生み出した拳を衝突させたことだろう。あれは確かにやりすぎだったと……思わないな。うん。あれだけやられても文句なんて言えないほどのことをやらかしたんだし、僕らも相当頭に来ていたんだ。

あの場で殺さなかっただけありがたく思ってほしい。これを開き直りというのかもしれないが、僕的には正当な主張だと思う。


「私としては、最後に魔法を放ってくれてよかったと思いますよ?」


レナ様と一緒にお見送りに来てくれていたリシェナ様がそう仰る。あ、アリナさんの前なので、名前は絶対に言いません。言うと大変なことになるからね。


「あの男、凄く自分勝手で、どれだけの人を困らせたかもわかっていないようでしたし。いえ、困らせるどころか、人の大切な想いまで踏みにじって……許せませんでした」

「それは私も同感だけどね。やりすぎたとは思わないわ。あいつの自業自得だし。やられて当然ね」


うんうんと頷く御二人。どうやら、使い魔越しに見ていただけでも相当不快だったらしい。いや、確かにそれっぽいことは言っていたけど、ここまでとはね……。

僕がベッドに拘束……安静にしている間、この件に関しては一切触れていなかったし。


「エインは何も知らない、ラプセスとかいう男は既に始末してしまいましたし……結局組織については何も情報が得られませんでしたね」

「ラプセス?」

「はい。蟲を生み出し、僕を襲わせたもう一人の襲撃者です」


今はとにかく、情報が欲しい。おそらく此度の事件を引き起こしたエインの裏にいるのは、王都でリシェナ様を誘拐しようとしていた組織と同じだと思う。どんなに小さな情報でも、逃したくない。


「そういえば、その男はどうなりました?」

「レイズを襲ったという男は、屋敷から離れた道端で死んでいるのが発見されたわ。奇妙な手帳以外に持ち物はなし。丁度心臓に穴が開いていて、即死だそうよ。どれくらいの距離から狙撃したの?」

「えっと……大体1.5キーラだったかと」

「「デタラメね」」

「レイズ様、すごいです……」


アリナさんとレナ様は呆れたような視線で、リシェナ様は称賛と羨望にも似た瞳で僕を見た。

そんなに変かな?1.5キーラくらいの狙撃なら、可能な人は世界中に何人もいると思うけど……。

と、その時。蒸気を吹き出す列車が停車し、そのドアが開かれた。足元に置いてあった荷物を持ち上げ、別れの挨拶。


「それでは、またいつかお会いしましょう。ロイドさんにも、よろしくと伝えておいてください。魔法学園での生活、頑張ってくださいね?とても難しいと聞いていますから」

「えぇ。でも大丈夫よ。私達は優秀だから」

「期待しています」


短い別れの挨拶を済ませ、僕らは頭を下げた後、列車に乗り込み指定席へと座った。

窓からは手を振られている御二人の姿。僕も振り返すと、丁度出発の汽笛が鳴り響いた。


「……なんだか、あっという間でしたね」


対面の席に座るアリナさんに声をかけると、彼女は頷き、しみじみと語った。


「凄く大変な事件だった。最初は土地の調査だけだと思ってたのに、あんな怪物と戦う羽目になって、あの執事と奥さんの会話を聞いて……。でも、それも含めて、今回の任務は思い出になったかも」

「そうですね。本当に、大変でした……」


しばしの間、無言になる。東都での生活のことを思い出し、浸っているのだ。

大変で、怪我もして、疲れたけれど……楽しかった、任務のことを。

窓に視線を移し、外の景色を眺めていると、不意にアリナさんが声をかけた。


「レイズ」

「はい」

「東都に来る時、私に小説をお勧めしてきたよね?」

「え……あ、そうですね」

「あれ、貸して」

「え、なんで──」

「いいから。ちょっと興味が湧いた」


早く寄越せと言わんばかりに差し出された手を、まじまじと見つめてしまう。珍しいこともあるものだ。あの無気力無関心のアリナさんが、自ら進んで恋愛小説を読もうと言うなんて……。

ちょっとした先輩の変化に驚きながらも、僕は少しだけ嬉しくなる。やっぱり、好きな本を読んでもらえるのは嬉しいのだ。

鞄から取り出し、差し出す。


「はい、どうぞ。いいですか?本を読むときは、必ず行間にまで目を通して──」

「うるさい。好きに読ませて」


そう言って読み始めたアリナさん。

その真剣な顔を、僕は頬づえを付きながら、微笑ましい笑みとともに見つめる。


こうして、列車内に揺られる時間は、緩やかに過ぎていくのであった──。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


二部はこれで完結となります。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。

三部のお話を考えるので、少しばかりのお時間をいただきます。申し訳ありません。

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