第29話 主の言葉

「粗方の事情は聞いているぞ、ロイド」


オーギュスと公爵邸書斎。主たるフロレイド=オーギュスト公爵は私に厳しい視線を向けながらそう仰られました。


「総面積の三分の一に実っていた作物は全て無駄になり、周囲の動物類も非常に多く死滅したと聞いた」

「……」

「加えて、東都内で数人の死者が出ている。おそらく、此度の事件を引き起こしたあの男の仲間が起こしたことだろう。既に宮廷魔法士の少年によって討たれたとのことだが──ロイドよ。まさかお前が関係しているとは思っていなかったぞ」

「……申し訳ございません」


謝って済む問題などでは、決してない。私自身騙されていたとは言え、上手く彼らを手引きしてしまったのは私自身。屋敷に戻ってから知ったことだが、死者まで出てしまっていた。極刑を言い渡されても文句は言えない。

全てを承知で、頭を下げる。


「なんなりと処罰を。如何なるものであろうと、受け入れる所存です」

「……シエラとは、話せたのか?」


唐突に旦那様が仰られた言葉に、私は一拍の間をおいて答えます。


「はい。聞くことができなかった最後の言葉も含めて、二人で」

「……そうか。では──」


旦那様は重々しく口を開き、私を萎縮させるように低い声音で、断罪を下す。


「三年間の減給。並びに、明日より二十日間の謹慎処分とする」

「……は?」


今しがた言われたお言葉に、私は思わず耳を疑いました。減給と、謹慎処分?これだけのことをしでかしておきながら、その処分はあまりにも……。


「どうした?何か言いたげな顔をしているが」

「いえ……本当に、それだけなのでしょうか?私の行いは、極刑に処されても文句は言えないほどのもの。そうでなくとも、二度と東都の地を踏むなと言われてもおかしくは……」

「お前がそれを望むのなら、私は止めはしない。だが、望んでいないのであれば、私が下した命令に従え。お前が使用人を纏めあげなくては、誰がその役目を担うのだ?私が認めた優秀な人材をそう易易と手放すわけがないだろう。

もう一度言う。三年間の減給と、二十日間の謹慎処分だ。異論は認めん」

「……はい」


そう仰られるのであれば、私は何もいい返せません。ただ呆然と了承の返事をし、頭を下げる。と、旦那様は口調を和らげて言われた。


「ロイドよ。お前とシエラが仲睦まじく、素晴らしい夫婦愛で結ばれていたことは私もよく理解している。故に、シエラが亡くなったと聞いたときは、私も驚いたものだ。同時に、お前が心を壊してしまわないか、心配もした」

「……ッ」

「だが、お前はしばらくの休みを開けた後、お前は以前と変わらぬ様子で仕事に復帰した。私はそれで安心しきってしまったよ。シエラの死を受け入れ、乗り越えたのだと。実際は、受け入れることなど出来ずに悩んでいることにも気づかず」


旦那様は立ち上がり、私の元へと寄って肩を叩かれます。


「お前だけの責任ではない。お前の心情に気づいてやれなかった、主人である私にも非がある。お前は謹慎期間中に、しっかりと心の整理をつけてこい。後処理は、東都の長である私に任せろ」

「……ッ、ありがとう、ございます」


旦那様のお気遣いに、思わず涙が溢れてしまいました。

シエラ。私はこの御方に仕えて本当によかったと、心から思うよ──。



「これでよかったのだろう?レナ」


ロイドが退出した後、お父様が不可視化の魔法を使って様子を見守っていた私を呼ばれた。すぐに魔法を解除して、姿を表す。


「えぇ──ロイドに対する処分は寛大に。レイズから言われていることですから」

「言われなくとも、私はロイドにそこまで重い処分を下すつもりはなかったが……何故、あの宮廷魔法士はそんな指示を?」

「あまり重い処分を下して断罪するよりは、寛大な処分を下して絶対的な忠誠心を植え付けたほうが、今後のことを考えるといい判断になるだろう、とのことです」

「ふむ、全て計算した上での考えか」


感心を示したお父様に、くすりと笑って付け加えます。


「勿論それだけが理由ではありませんよ?ロイドは確かに罪を犯しましたが、被害者でもある。レイズとしては、ロイドを唆したあの植物学者の方に重い罰を与えて欲しかったみたいです。寧ろ、そっちの方が強いかと」

「あぁ、当然あのエセ植物学者には然るべき処罰を与える。意識は戻っていないのか?」

「今はまだ。最後にレイズとアリナ様の二人から強力な魔法を浴びたので、全身骨折、右肺に穴、筋肉断裂と、生きているのが不思議なくらいの重症です。しかも、これだけの被害をもたらして作り上げた魔獣が、レイズの一撃で塵すら残らずに倒されてしまったショックも大きいはずです」

「ほぉ、危険種を超えるほどの魔獣を一撃で」

「はい。ただ、反動も凄まじいようですね。魔力の大部分を消費する上、他にも副作用があるみたいです。今は部屋で安静にしています」

「とはいえ、それだけの魔法。流石は殲滅兵室の兵器といったところか……」

「兵器ではありませんよ。彼らは──立派な魔法士です」


私の指摘に、お父様は「そうだな」と言い、笑った。



「っ、くしゅん!」


口元を手で押さえて、僕は小さなくしゃみを一つ零した。別に悪寒がするわけではないので、風邪を引いたわけではないだろう。熱っぽい感じもないし。誰かが僕の噂をしていたのかもしれない。


「大丈夫ですか、レイズ様?」

「あ、はい。全然大丈夫です」


僕が寝ている(身体は起きがらせている)ベッドの側に置かれた椅子に座ったリシェナ様が心配そうにコップに入れた水を差し出してくる。ありがたくそれを受け取り、一口含んだ。


「風邪とかではないですからご安心を。もう全然歩けるくらいには回復しまし──」

「駄目です。まだ安静にしていてください」

「……はい」


有無を言わせぬ怖い笑顔で言われ、僕は為すすべ無く頷いた。

何故彼女がここにいるのかというと、エインを再起不能にした僕はあの後すぐに気を失ってしまい、この公爵邸へと運ばれた。八星矢を使った反動で倦怠感や疲労感が抜けなかったため、簡単な治療の後にベッドで休憩を取ったのだ。

その翌日。目を覚ますとすぐにリシェナ様が見え、「おはようございます。今日は私が看病しますので、安心してお休みしていてくださいね♪」

という事実上の拘束宣言をなされたのだ。


頑張って事件解決したのに……動けないなんて。こんなに可愛い王女様に看病してもらえるのはとてもありがたいことなんだろうけど、今はとにかく自由に動きたい。ベッドで寝ているだけというのは退屈なのだ。

尚、隣室ではアリナさんが絶賛爆睡中。あの人も魔力を大きく消耗したし、休養が必要なのだろう。


「どうかなされましたか?」

「……いえ、何でもありませんよ」

「本当ですか?何かしたいことがあったら、私に言ってくださいね?」

「ありがとうございます。じゃあ、少し外に散歩に行きた──」

「それは駄目です♪」

「く──っ」


ガードは固いようだ。無理に行こうとすればお手伝いさんを即座に呼ばれ、最悪ベッドに縄で縛り付けられる。それに比べれば、今はまだ可愛い方だな。うん、大人しく眠るとしよう。まだ十全に魔力が回復したわけでもないし。


「少し眠りますね。何かあったら、起こして下さい」

「わかりました。おやすみなさい」


天使のような笑顔を見届け、僕は瞼を閉じる。すぐに睡魔がやってきたため、それに身を委ねる。

完全に意識が落ちる寸前、僕の髪が優しく撫でつけられたように、感じた。

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