第28話 断罪の鉄槌
「くそッ……くそッ!!」
乾いた砂の大地を全力で駆け抜ける。舞い上がった砂埃で服がかなり汚れるが、そんな些細なことを気にしている余裕なんて、今の私にはなかった。
「進化して強力になったマンドラゴラを一撃で……。しかも、あんな遠くから命中させるなんて……」
悔しさと恐怖で肩が震える。
ありえない。誰が予想できるものか。数キーラも離れた箇所から魔法を飛ばし、寸分違わずマンドラゴラのみに命中させるなんて……人間じゃない。しかも、あの威力。強化されたマンドラゴラは当然身体の耐久力も増強されていたのだ。それを、塵すら残さずに蒸発させる超高火力。あんな魔法を使う魔法士なんて、世界に何人いるか……。
考えたところで、思い出した。
「そうだ……あいつらは、王国最強の魔法士だったんだ」
生半可な覚悟と準備だけでは、勝てるはずのない圧倒的な力。あの女だけではない。この農作地帯を共に訪れたあの
生き残っているということは、ラプセスの
そういえば奴からの連絡も途絶えている。ということは……あいつも始末された可能性が高い。
あの狙撃精度と威力だ。遠く離れたところから戦いを見ていた奴が発見され、狙撃されたのかもしれない。
「あんな化け物がいるなんて、聞いてないぞクソがッ!!」
悪態を吐きながらも走ることはやめない。
とっくに息は上がっているが、ここで脚を止めれば次に殺されるのは私だ。絶対に止まるわけにはいかない!!
一先ず東都に逃げ込み、待機しているはずの組織の仲間と合流する。必ず……必ず今回の雪辱は晴らす。より強力な魔獣を創り出しさえすれば、きっと──。
「あぁ、そっちから来てくれたんですか。向かう手間が省けましたよ」
正面から聞こえた声に、私は走る脚を止めた。それはまだ幼さの残る少年の声で、とても明るく陽気な声音だった。だが、今はその声が逆に恐ろしい。恐る恐る前を見ると、そこには黒い魔法士のローブを纏った藍色の髪をした一人の少年。両肩には、
心臓が一際大きく鼓動し、加速していく。
まさか、と思った時、背後からもう一人の声。
「意外と早く追いついた。レイズ、狙撃ご苦労」
無感情に称賛の声を浴びせるのは、先程まで私が散々こけにしていた女の声。地面を踏み鳴らす音は、人間の脚ではない。もっと何か、獣のような足音だ。
前後に挟まれ、もう逃げ場はない。私は何か策はないかと思考を走らせ、こめかみを押さえた。
◇
あー、何か逃げ出す策がないか考えてるな、あれは。突然立ち止まって考え込み始めたエインを見て、呆れ半分感心半分の顔を作る。これだけ追いつめられてもまだ諦めていない姿勢は少しだけ感心するけど、諦めも肝心という言葉に反している。どう足掻こうと、逃げられるはずがないのに。あぁ、敬称なんてつけませんよ?彼は既に罪人ですから。
頭を押さえるエインを無視して、僕はアリナさんに視線を向けて雑談を始める。
「ありがとうございます。それより、はいこれ(纏っていたローブを脱ぎ、投げ渡す)」
「?なんで?」
「いやいや、結構服が破られてますからね。女性があまり外で肌を晒すのはいかがなものかと」
「……いやらしい」
「紳士の気遣いと言ってください。あと、傷は帰ったらちゃんと治療しましょう。痕になっちゃいます」
「ミレナがいればよかったけど、贅沢も言ってられない」
「そうですね。まぁ、傷跡もあの人なら治せると思いますけど」
「違いない。けど、あまり頼るのも嫌」
「?どうしてです?」
「貸しとか言って後から何か要求されそう」
「……ありえますね。まぁ、それはさておき──エイン」
「──ッ」
突然僕に名前を呼ばれて、ビクッと身体を震わせて恐る恐る顔を上げた。恐怖に染まった顔。非常に心がスカッとする。
僕はわざとらしく口を三日月形に歪め、それでいて視線を鋭くエインに問いかける。
「此度の件、散々好き勝手やってくれましたね?宮廷魔法士殲滅兵室としては、この場で貴方を始末することが最適だと判断しますが」
「ひ──ッ」
「私もそれでいいと思う。極刑。すぐに始末するべき」
僕らの意見を述べた途端、エインは真っ青な顔と慌てた様子で弁明を始めた。
「わ、私は組織の命令で今回のことを起こしただけなんだッ!!私の意志ではない!!家族を人質に取られて、仕方なくやっただけで──」
「「……」」
「そ、そうだ!私は組織の重要事項をいくつも知っているぞ!殺してしまったら、お前たちが求めている情報も聞き出せなくなるぞ!それでもいいのか!!」
僕とアリナさんは不快に顔を顰める。
聞き苦しい弁明の言葉と、軽く僕らに対する脅しをかけてきたか。本当に知っているのならば、確かに生かしておく価値はありそうなものだが……、僕らでは真実かどうかを判別することができない。そう、僕とアリナさんではね?
『嘘です』
僕の左肩に留まっていた白い小鳥、その頸から下げられた通信石から鈴のように凛とした声が響き渡り、断言する。僕の掌に乗せ、正面へ。
「嘘、と申しますと?」
『その男が今言った言葉、ほぼ全てです。その男は自らの意志で此度の事件を起こし、東都の民を苦しませ、レイズ様やアリナ様に傷を負わせ、ロイドさんとシエラさんを深く傷つけました。家族を人質にも取られていません!』
「だ、そうですが?」
小鳥の通信石から発せられた声を聞いて、エインは顔を真っ赤にしながら反論する。あーあ、小鳥に指なんかさして……不敬ですよ?
「何も知らない貴様に何がわかるというのだッ!!私は本当のことしか口にして──アガァァァァッ!!」
突然悲鳴を上げて、エインは腕を押さえる。見ると、右腕が曲がってはいけない方向へと折れ曲がっている。近くには、太い植物の茎が。
「黙って。不快」
「王女殿下。続きをお願いいたします」
『はい。付け加えると、その男は所属する組織の重要事項などは一切知り得ていません。全て、でまかせのハッタリにすぎません!』
「な……なぜ、そんなことが──」
痛みを堪えながらに言うエイン。すると、僕の右肩に留まっていた黒い小鳥から下げられた通信石から声が響いた。
『残念だったわね。この子の占有魔法──
「な、なん……そんな魔法が」
絶望したように脱力したエインは、指先を震わせて俯いた。ふむ、リシェナ様のことも知らないとなると、本当にただの下っ端のようだ。大方、組織内での立場向上を狙って手柄を立てようとしたのだろう。全く無様な話だ。
と、突然エインが顔を上げて叫んだ。
「お、お前が邪魔をしなければ、私は幹部の地位に昇格できたはずなんだッ!!それをお前たちが邪魔したがために、こんなことに……このクソどもがッ!!王国に首輪を着けられた犬同然の家畜──」
虚しい叫びを繰り返すエインには、怒りを通り越して呆れるしかない。両肩の御二人も「……この下衆が」「人は落ちるとここまで不快になるのね。よく勉強になるわ、気持ち悪いけど」、不快感を顕にしている。お見苦しい物をお見せいたしました。
まぁ、最後の最後だし、言うだけ言わせればいいか。……アリナさんが植物を生み出している。どうやら殺るつもりらしい。だけど、僕もストレスは発散したいし……、そうだ。
「そういえばアリナさん」
「?」
「僕らって、同じ兵室にいるのに、一回も力比べとかしたことなかったですよね?」
「……それが、なに?」
「いえね。一度くらいお互いに魔法をぶつけ合うのもいいんじゃないかと思いまして──あぁでも、互いの魔法を直撃させてしまうと危ないですね。何か接触地点に、いい衝撃吸収素材があればいいんですが」
「……なるほど」
僕が残った魔力を込めながら、わざとらしい演技を交えて言うと、アリナさんは察したようににやりと笑い、未だ喚くエインに視線を向けた。
「丁度いいのがある。これを使おう」
指をパチンと鳴らすと、アリナさんの足元から無数の蔦が出現し、それぞれが重なり合って巨大な掌が作り上げられた。植物の手は喚くエインを無造作に掴みあげ、垂直に空高くへと放逐。奇声とも言える叫び声を上げるエインには見向きもせず、僕らは互いに数歩ほど下がった。
「単純な魔法の威力で勝つなんて、百年早い。大地干渉──
「いやいやわかりませんよ?遠距離魔法だって、至近距離で確実に当たれば絶大な威力になります──
アリナさんは生み出した植物の手を握り拳の形へと変え、僕は背後に氷の巨大な拳を生み出し、共に振りかざす。
周囲に渦巻く魔力の奔流。ビリビリと互いから発せられる圧力は凄まじいものだった。
少し離れた箇所に移動させた二羽から僕らの様子を見守る御二人も、息を呑んで様子を見守っている。
睨み合いが続いた数秒後、天に放逐したエインが「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ」っと叫び、顔から色んな汁を撒き散らしながら落下してきた。それが、丁度僕らの拳の中間地点を通過する──寸前!!
「「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」
僕らは全力で拳を振るい、俊敏な速度で生み出した魔法の拳を放った。衝突し、周囲に衝撃波を撒く。互いに今打てる最大火力の攻撃は、拮抗し、せめぎ合う。その中間地点──二つの拳に圧迫されるエインに既に意識はない。
数秒のせめぎ合いの後、氷の拳はバラバラに砕け散り、植物の拳は絡み合いが解れて消滅してしまった。
「……引き分け、ですかね」
「うん。そういうことに、しておく」
残ったほとんどの魔力を使った僕らは倦怠感や疲労が凄まじく、特に八星矢を使用した後の僕は気絶する手前といった状態だ。
けれど、何とか意識を繋ぎ止め、地面で倒れ伏しているエインに近寄り、脈を取る。
「生きてはいますよ。アリナさんが投げる寸前に強化魔法をかけて頑丈にしておきましたから」
「そのまま潰せばよかったのに」
「一応、ゴミクズとは言え参考人ですからね。まぁ、全身の骨が折れているでしょうし、しばらくは再起不能でしょうが、命あるだけマシって、ことで──……」
「ッ、レイズ!!」
急に身体の力が抜けて、よろめいてしまった。アリナさんが倒れる寸前で受け止めてくれたが、駄目だ。力が入らない。そのまま衝動のままに瞼を閉じた。
「……全く、世話のかかる後輩」
意識が完全に落ちる寸前、アリナさんのため息混じり、それでいて優しい声が聞こえた。
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