第24話 それぞれの策
しなるムチのように振るわれる蜘蛛の脚を、後方へと飛びのき回避する。
ブンっと空を斬る音を響かせながら凪払われたそれは、砂埃を大きく巻き上げて乾いた大地を浅く抉る。とても高い威力。下手に直撃すれば、骨の二、三本は軽くへし折れてしまう。と思う。
抉れた地面を見つめ、蜘蛛の上のエインが顎を撫でながら呟く。
「……ふむ。まだ核を排出していないからか、威力が十全ではないな。場所を移動して、より多くの生命力を吸収しなくては」
「これで十全じゃない……とか」
一体、どれだけの脅威に成長するのだろう。
少なくとも、現状の三〜四倍の力を持つほどに成長すると考えたほうがいい。見誤れば──死に直結する。
「──
地中より長大なしなる植物を生み出し、瞬間的に蜘蛛の胴体を狙って打つ。 大きさに合わぬ高速の攻撃。にも関わらず、蜘蛛は予見していたかのように身を固め、二本の前脚で防御。その数秒後には、私の生み出した植物はカラカラに枯れ果て、朽ち落ちた。
やっぱり、あの生命力を吸収する力が障害になる。私が植物を生み出すたびにあの力を使われると、攻撃のために常に植物を生み出し続けなくてはならないから。私の魔力量は多けれど、限界がある。長期戦は不可能。だけど──勝機はある。
「ダメージ、あったみたいね」
私が放った植物の攻撃を防いだ蜘蛛の前脚二本。それが半ばから千切れかけている。
数秒足らずで朽ち果ててしまうが、植物が朽ち果てるまでに攻撃すれば、ダメージを与えることができる。私の植物から奪った生命力ですぐに再生してしまうのだけど……。
案の定、断面から新しい脚が生えてきた。
「何度やっても無駄だ。マンドラゴラは、最強の魔獣。いくら傷をつけようと、瞬時に再生する。以前よりも強固な部位となってな!」
「偉そうに……」
蜘蛛の上のエインは嘲笑するように私を見下す。色々と言ってくるけど、結局のところあいつは何もしていない。戦ってるのはあの蜘蛛だし、それを用意したのもあいつの上司に当たる人間。貰ったものを命令どおりに使って、高らかに笑っているだけの弱い人間。……見てると、私もイラッとしてきた。
と、蜘蛛が私に向かって何か粘性の液体を吐き出した。咄嗟に植物を生み出して防御すると、液体に当たった植物が溶けて消えてしまった。
「毒……というより、酸に近い液体?厄介な……」
色々と面倒な特性を併せ持っている奴だ。見た目も技も気持ち悪いなんて、救いようがない。
私が嫌悪感から目を細めていると、突然蜘蛛の額部分に埋め込まれていた女性──その腕が、緑色の体表から分離。だらりと力なく下げられた。
エインはそれに気がつくや否や、興奮したように声を上げる。
「おお!!分離が始まったかッ!!その核となっていた女が完全にマンドラから離れるまで後少しッ!!」
「──ッ、更に成長するんだっけ」
「そうだ。そして残りの成長に必要な生命力は、女魔法士。お前から搾取することにしよう!」
エインが蜘蛛の頭頂部を力強く踏みつける。
すると、蜘蛛は突然身体を起こして八本の脚を蠢かせ、思わず耳を塞ぎたくなるほどの不快な声を発する。微弱な地響きを起こして飛び上がり、前脚を私へと振り下ろしてきた。
咄嗟に数十本の樹木を生み出して足止めし、私はその隙きに退避。──さっきよりも、格段に威力が上がっている。まるで瓦を割るように容易く樹木を粉砕する姿は、もはや蜘蛛のそれではない。
一匹の、怪物だ。
「逃さん」
「誰が、逃げるか!!」
負けじと無数の植物を生み出し、私も応戦。全方向から、槍のように先端の尖った木々が迫り、串刺しにせんと蜘蛛を襲った。
が、蜘蛛を串刺しにする前に木々は朽ち果ててしまった。
「……生命力を吸収するスピードが、速くなって」
「貴様の植物は既に脅威ではない。逆に、マンドラゴラの養分を提供している餌となるだけだ」
「……」
頬に付着した砂を手の甲で払い、真っ直ぐに蜘蛛を見据える。未だ空腹が満たされない獣のように、飢えた瞳が私を射抜く。
だけど、怯まない。怯む必要はない。
なぜなら私がやることはもう──決まっているから。
◇
アリナさんが蜘蛛のような姿になったマンドラゴラと交戦している様子を、僕は物見櫓の上から視覚強化の魔法を使用して観戦していた。
状況はアリナさんの劣勢と見て間違いない。あのまま戦いを続ければ、いずれ魔力が尽きてマンドラゴラの餌となってしまう。そんな未来が、容易に想像できた。
「当然、そんな未来は訪れないけど」
抜刀したレイピアを櫓の床へと突き刺した状態で、柄頭に片手を添える。まだ、魔法は発動しない。魔力も込めない。ないとは思うが、僕が魔法を発動しようしていることを勘付かれてはいけないから。
『あの、レイズ様』
「どうされましたか?」
『アリナ様は現在、どのような状況なのでしょうか?』
遠くの戦況を知ることができないリシェナ様が尋ねられる。僕は嘘偽り無く、彼女に伝えることにした。
「アリナさんは今、敵の魔獣であるマンドラゴラ相手に劣勢を強いられていますね。長期戦になれば、確実に餌にされます」
『え、餌ッ!?た、大変ではないですか!!早く援護して差し上げないと!』
『落ち着きなさいリシェナ』
慌て始めた王女殿下を、レナ様が宥める。ふむ、前々から思っていたが、レナ様はリシェナ様の姉のような存在なのかもしれない。
『本当にマズイ状況なら、レイズが既に助けを出しているはずでしょう?でも、彼は落ち着いて観察を続けている。つまり、彼の思惑通りにコトが進んでいるってことよ。そうよね?』
「素晴らしい推察力です、レナ様」
本当に頭の回る少女だ。生まれてくる身分が違えば、騎士団の作戦立案を任されていたかもしれない。僕は聡明な公爵令嬢に称賛を送った。
「仰るとおり、現状問題はありません。僕が手を出すのは、まだ先のこと」
『も、申し訳ありません……。私ったら、取り乱して』
「無理もありませんよ。戦いなんて、王族である貴方が本来目にすることではないのですから」
喋りながら、ついつい釣り上がってしまう口角を押さえるように力を込める。けれど、駄目だ。ニヤニヤが止められない。
見られていたようで、レナ様が訝しげに声をかけてきた。
『……レイズ?』
「申し訳ありません。ですが、もうすぐなのです」
『もうすぐ?』
「はい」
強化された視界に映るマンドラゴラ。その上に乗り、下衆た笑みを浮かべる一人の男。その顔は既に見知っていて、数日前に握手を交わしたばかりの──エインさんだ。
気色悪く笑う彼を殺意に満ちた眼で見つめながら、歪んだ口から明るい声を出した。
「その笑み、すぐに絶望に染めてあげますよ。黒幕さん♪」
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