第25話 準備完了

「フフフ……体内の魔力が枯渇してきたようだな。貴様が先程まで生み出していた植物と比べると、随分弱々しく小さくなっているではないか」


魔法士の女は肩を揺らして荒く呼吸しながら、煽る私を睨みつける。

虚勢を張っているようだが、魔力消耗により肌が白くなりかけているし、マンドラゴラの攻撃により負傷した箇所からは赤い血が流れている。それなりの深手もあるようだ。


逆に、私のマンドラゴラは奴が生み出した生み出した植物の生命力を吸収し、より強力な個体へと成長を遂げた。もはや、マンドラゴラに勝つことができる者が王国内にいるかも怪しいほどだ。


「そういえば、貴様は王国の中でも最高戦力とされる舞台に所属しているのだったな。ハッ、なら、そいつを圧倒しているマンドラゴラは王国最強の力を持っているということだ」

「負けて……ない」


女はなけなしの魔力を振り絞って植物を生み出し、マンドラゴラを拘束しにかかる。だが、速度も大きさも、そして力さえもない。いとも簡単にマンドラゴラの前脚に振り払われ、生命力を吸収されて枯れ果てた。

なんとも、見苦しく、往生際が悪い。


「だが、惜しいな。実に惜しい」


私は戦闘によって破れた女のローブから覗く太もも、細いながらにいいスタイルの肢体を見つめ、嘆かわしく顔を手で覆った。


「こんな場所、こんな場面でなければ、私の玩具として多少は遊んでやったものを……。あぁ、本当に勿体ない」

「……キモい」

「何を言う。素晴らしい観察眼だといい給え。弱者よ」


と、その時。

マンドラゴラが突如として大きく身を震わせ、八本の巨大な脚を激しくバタつかせて暴れ始めた。

この反応は──。



「完全な核の排出──ッ!!」


慌ててマンドラゴラの背から飛び降り、暴れ狂う巨体を見上げる。額に同化していた核は既に両足が表面より分離し、残すは脚部のみとなっている。

その様子を見て、カラカラに乾いた大地を踏みしめる。地上に下りても、もうあの女の植物という脅威はない。安心して歩くことができる。

進化を遂げるマンドラゴラの様子を無言で見つめる魔法士の女に視線を向け、私は声を張り上げた。


「感謝するぞ、女よ。貴様が大量の植物を生み出し、膨大な生命力をマンドラゴラに与えてくれたおかげで、ここまでそだてあげることができた」

「………」

「さぁ、とくと見るがいい。核と完全に乖離し、完全姿へと進化する姿を!!」


天に響かせんとばかりに咆哮を上げるマンドラゴラの額からは遂に、不要となった核の女が完全に離れた。落下する女は浅い呼吸を繰り返している。マンドラゴラが吸収した生命力を受け続けた故に、ほんの数分間の蘇生に成功したのだ。

地上に直撃する寸前、魔法士の女がなけなしの魔力で生み出した植物で受け止めた。蘇生直後に首が折れて死亡、なんてことにはならなかったようだ。


だが、私はそんなこと、もうどうでもいい。

それよりも素晴らしいことが、目の前で起きているのだから。


「遂に……遂に……!!」


滲み出る歓喜を抑制することができない。しかし、それも仕方のないことだろう。長年の夢──組織内における上の立場と膨大な資金、権力が手の届く場所にまで来たのだから。

マンドラゴラは体表を黒く変色させ、獣のような唸り声を上げ続ける。

そうだ……いいぞッ!!その変化こそ、お前を最強へと誘うのだ!何者もお前に敵わない、真の生物の王へとなれッ!!


「東都を潰した後は王都に攻め入るッ!!ここだけではなく王都を落としてしまえば、私はさらなる富と名声を手に入れることができるだろうッ!これからが私の人生の絶頂期……ハハハハッ──」

「フッ」


私のものではない乾いた笑い声が聞こえ、私はそちらを見やった。視線の先には、ボロボロの魔法士の女と、核の廃棄者。

そのうち、魔法士の女が俯き、声を押し殺すように笑っていた。


「人生の絶頂期?富と名声?笑える。貴方が手に入れるのは、まともな人生の終焉と絶望」

「……なんだと?」


嘲笑うような言葉。

敗者の戯言だと言えばそれまで。だが、私はそれを捨てごとと捉えることはできず、訝しげに眉を顰める。


「……蹂躙される街の未来を想像、絶望して、頭が壊れてしまったのか?」

「残念。私の頭は至って正常。寧ろ、壊れているのは……元々おかしかったから、壊れたわけじゃないか」


困惑していると、魔法士の女は喜びを含んだ声色で言った。


「私が植物を生み出せば、この蜘蛛は強大に成長する。そんなことはわかってた。それでも私が植物を生み出し続けた意味がわからなかったみたいね」

「……なに?」

「貴方が言ったこと──核と同化しているから、まだ十全な力ではない。もっと生命力を与えなくては、って。私は最初から、あの核となっていた女の人を蜘蛛から離すために植物を生み出していた。例えそれで、蜘蛛がとても強くなったとしても──それはもう、意味をなさないから」


と、女が言った瞬間──遠く離れた場所より、闇夜を照らす紅の光が生まれたのを目にした。

あれは……まさかッ!!

動揺を露わにしていると、魔法士の女は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「残念だけど、私の魔法ではこの蜘蛛に止めを差すことはできない。だから、止めはあの子に譲ることにした。それが先輩としての優しさでしょ?」



遠くで光る紅の輝き──その地点より魔力が爆発的に膨れ上がったのを確認した私は、さっきレイズから送られてきた音声メッセージを脳内再生する。


──状況は把握しているので、簡単に要件だけ。アリナさんはマンドラゴラから女の人を助け出してください。相性が悪い相手に難しいかもしれませんが、アリナさんを信じています。大丈夫、それを確認次第──マンドラゴラは処理しますので。


「無茶言ってくれて……」


本当に大変だった。滅多に負傷なんてしないのに、今回ばかりはボロボロ。相性の悪い相手は別の人がやるっていう、適材適所がうちの部署のやり方だっていうのに……。あの男に気持ちの悪い眼で身体を見られたし……最悪。

あとでレイズをたっぷりいじめよう。歳下の後輩をいじめるのは、歳上の先輩である私の特権。拒否権はない。


心に決めて、私は光の発光源に視線を移した。

あの音声メッセージの声音からして、絶対に笑顔でレイピアを抜きはなっているはず。そして、嬉々として占有魔法を発動していると思う。外すことはありえないし、頼りになる後輩。

可愛い顔をしているくせに、戦闘になると容赦なく勝ちをもぎ取りに行く。

なるほど確かに、レイズはミレナが評していた通りの人間だ。

私達の中で最も温和そうに見えて──


「──実は一番の戦闘狂」


本人に言ったら多分否定するだろうから、私達の中での認識に止めておこう。

それより今は、可愛い後輩君の見せ場。しっかりと見届けてあげよう。

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