第20話 黒幕の正体

「遂に……ここまで」


私は目の前で大きく脈動する巨大な球体を見つめながら、喜びに声を震わせた。どくん、どくん、と跳ねるそれはまるで生物の心臓を体現したかのようであり、私の努力の結晶でもある。これを完成させ、東都の農業地帯を完全に消滅させてしまえば、王国の食料枯渇は深刻になり、私の幹部昇格が確定する。


大変だった。本当に大変だった。

核となる人間の死骸を手に入れ、あまつさえ誰にも知られること無くこの肥沃な土地にこれを埋め、やってきた忌々しい宮廷魔法士どもに気が付かれぬよう注意を払い……。

だが、その大変な日々もこれで最後。

生まれるのだ。私の可愛い可愛い──マンドラゴラが。


ちらりと、周囲の光景を見渡す。

数日前に訪れたときよりも、広大な範囲で枯れ果てた植物。

蝿の集った悪臭を放つ獣の亡骸。

そこかしこに転がる虫の残骸。


死屍累々のそれらを見回し、思わず笑いが込み上げてくる。

マンドラゴラという一つの命を生み出すために、他の命をこれだけ浪費しているのだ。あまりにも釣り合いが取れていないのは、わかりきったこと。


だが、何らおかしなことではないのだ。我々人間達も、自身のたった一つの命を繋ぎ止めるために、数え切れないほどの命を浪費しているのだから。謂わばこれは、自然の摂理そのもの。


一際大きな脈動。見ると、マンドラゴラの表面には赤い亀裂。中から漏れ出る真っ白な光は、まるで新たな星の誕生を思わせるほど美しい。

誕生だ。今、新たな命がここに誕生する。


「は──はははははッ!!さぁ、その姿を私に見せてくれ!!」


まるで卵から雛が生まれるように、マンドラゴラの亀裂が大きくなっていき──突如として伸びた数多の蔓によって、強引に締め上げられた。


「──ッ!!」

「やっぱり、貴方が黒幕だったんだ」


ざっと砂漠のような砂を踏み鳴らし、私の背後で冷たく言い放つ一人の影。この声は、聞いたことがある。

振り向かないまま、私はその人影に尋ねる。


「……やっぱり、ですか」

「私は最初から貴方を信用していなかったし、警戒はしていた。だから、別に驚くことでもない。ただ、確信を持ったとすれば──」


その人物──アリナとかいった宮廷魔法士に振り向くと、彼女は周囲に鋭利な先端を持つ枝を出現させながら言った。


「貴方は植物を見てすぐに、『生命力が無くなっている』と言った。レイズは特に疑問を抱かなかったみたいだけど、私は違う。今回の植物が枯れている原因は、間違いなくそれ。どうして貴方は一目見ただけでわかったの?」

「………なるほど」


恐ろしい直感……いや、洞察力。まさか序盤も序盤に感づかれていたとは……。


「植物学者を気取るために、ボロを出しすぎたということかな……?」

「そう。役者は向いてないみたいね──エインさん?」


名前を口にした魔法士の女を、私は忌々しげに睨みつけた。




──数十分前。


凹凸の道を、車体を激しく揺らしながら進む一台の車。僕らはそれに乗りながら目的地に向かって邁進する。


「しかし、凹凸の道を爆進できる乗り物があるなら、最初からこれを出してくれればよかったものを……」


僕は車内……ではなく屋根の上に片膝立ちで捕まりながら、愚痴を零す。

現在僕が乗っているのは以前乗せてもらった車とは全く別物。舗装されていない道を走ることもできる農業用車で、現在開発中の代物とのことだ。もう少し改良を重ねれば商品化も検討できるというが、僕からすれば現時点で即商品化できるとしか思えない。これ以上どこを直す必要があるのか。


「できるだけ急いでくださいね?アリナさんも、マンドラゴラとかいう生物が相手なら相性が滅茶苦茶悪い。早く僕が加勢しなくてはならないんですから」


襲撃者を倒した後、屋敷に向かいながら何度かアリナさんの通信石に連絡を入れたが、応答はなかった。恐らく交戦中。ならば、援護するのは狙撃手である僕の役目だ。


僕の言葉を聞いて、車を運転する人物が申し訳なさそうに言った。


「レイズ様……私は、本当にご同行させていただいて、良かったのでしょうか?」

「……当然です。曲がりなりにも、貴方が原因で起きたことですよ?ロイドさん」


執事服の男性──ロイドさんに僕は冷ややかに言い放つ。


「寧ろ、の進言がなくとも、僕は貴方をお連れするつもりでしたよ?まぁ、確かにお二人は少々強引がすぎるところもありますが……今回ばかりは賛同させていただきます」

「それは……しかし」


中々煮えきらない執事にため息を吐く。葛藤しながらも猛スピードで車を飛ばすことができる運転技術には素直に称賛を示すけれどね。


「……貴方はこれだけの犠牲を払って、何の成果も得られず終わるつもりですか?」

「──ッ」

「僕が敵は言いました。マンドラゴラから吐き出された核となっていた死体は、周囲から吸収した膨大な生命力を受け、一時的に蘇る、と。無論、極短い時間です。けれど、その限られた時間を無駄にする必要はない。聞き取れなかった最後の言葉、もう一度聞いてください。今度は、聞き逃さないように」

「──、お、憶えていたのですか?」

「当然」


あの夜、彼が話したシエラさんの話は記憶に残っている。生憎、そこまで記憶力が低下しているわけではないからね。


「れ、レイズ様ッ!!」


前方より蛇のような形をした魔獣が出現。口からドロドロした毒液を垂らし、こちらへと身体をくねらせ寄ってくる。


「邪魔!!」


苛立ちに任せて指先を魔獣へと向け、炎の矢を放つ。大きく開けた口腔へと直撃した炎は燃え盛り、蛇の頭を一瞬で炭へと変貌させた。

倒れ込んだ蛇の身体へ乗り上げ、車体は大きく揺れる。後方ではタイヤに轢かれ、体液をぶちまけた蛇が絶命している。ざま。


「魔獣に関してはご心配無く、ここはまだ遠いですから稀に出現しますが、マンドラゴラに近づけばいなくなるはずです。全て生命力を吸収されているでしょうから」

「そ、それでは……我々が近づいても危ないのでは?」

「それは大丈夫です。理由は知りませんが、人が近づいて危険なら、黒幕さんも近づけないはずですからね」


自身も危険に晒すような代物を、敵が使ってくるとはとても思えない。恐らく、何らかの特性か特徴か、人間には害がないよう調整しているのだろう。まぁ、もし害があっても、有効範囲外から狙撃すれば済む話ではあるけど。

──と。


『れ、レイズ様……美しい魔法です』

『凄いわね。照準が定まらない中、動く敵に命中させるなんて。殲滅兵室で活躍するだけの実力はあるわ。護衛にほしいくらい』

『な──ッ、だ、駄目だよレナッ!!』

『はいはいわかったから〜。本当にリシェナは──』

『わーわーッ!変なこと言わないでッ!!』

「……お二人とも」


苛立ちを募らせながら、僕はから聞こえてくる2つの声に注意。


「もっと緊張感を持って下さい。この使い魔を今すぐ消滅させますよ?」

『『ご、ごめんなさい』』

「それと、お褒めに預かり光栄です」

『『どういたしましてッ!!』』

「……」


こめかみを押さえながら、はぁっとため息を吐く。僕の疲れを知ってか知らずか、再び僕の両肩──そこに留まっているに2羽の小さな小鳥は会話を始める。


どうしてこんなことになったのか。

それは、屋敷を出る直前のことだ──。

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