第21話 強引な姫たち
それは、ロイドさんを殴り飛ばした直後のこと。
「大体の話は聞かせてもらったわよ」
「──!」
「……なんでいるんですか」
不意に庭園の入り口付近から聞こえた声に、ロイドさんが肩を震わせ、僕は呆れたような──いや、呆れた。身体をそちらへ向けると、そこに居たのは予想通り二人の人物。
「なんでとは失礼ね。ここはうちの屋敷よ?私と、私の招いた客人であるこの子がいても不思議ではないわ」
「あの……ごめんなさい」
「……いえ、謝る必要はありませんし、確かにその通りです。それでは、夜の散歩を楽しまれた後はご自身のお部屋へ。我々のことは見なかったことに──」
「却下」
即座に返された言葉に、僕は視線を鋭く、叱りつけるような口調で告げる。
「お二人とも、この件は我々に任せてお休みください。何を考えているのかは大体お察しがつきますが、関わらせるわけにはいかない」
「嫌。うちの執事が色々とやらかしたんだもの。主人である私が関わってはいけないなんてことはないわ」
「主人であるとかないとかの問題ではありません。危険なんです。高貴な身分であられるお二人に怪我をさせるわけにはいかないんですよ。レナ様。リシェナ様」
二人の姫──レナ様とリシェナ様に忠告。
「ここから先は殲滅兵室の領分です。よもや、連れて行けなどとは申されませんね?そんな安易な気持ちは持たれぬと信じていますが……そんなことを考えているのであれば──温和な僕でも、少々強引な手段を取らせていただきます」
怒気を孕んだ言葉に、リシェナ様が軽く怯えたように肩を揺らす。少し怖がらせすぎたかと、怒気を抑えて身体に入っていた力を抜く。
すると。
「優しいのね。レイズは」
「え?」
突然優しい微笑みを向けられたレナ様に、僕は唖然と声を漏らした。構わずレナ様は続ける。
「自分のことそっちのけで、私達のことを心配してくれる。それに、そんな怪我を負っても、東都のために戦ってくれる、優しい魔法士だわ」
「……」
僕は拳を握りしめ、目を細める。
「別に、優しいわけではない。これはあくまで僕ら殲滅兵室に課された任務であり、仕事です。王国に仇為すものを駆除し、排除する。僕ら兵器の役割です。それ以前に、貴女たちは王国の未来を担う国の宝だ。危険な目に晒したと露見すれば、僕の首が物理的に飛びます」
「……なるほどね」
くすっと笑い、次いで近づき僕の胸の中央をトンっと指で突いた。
「じゃあ、貴方が今苛ついているのも、私たちが原因?自分の首が飛ぶかもしれないから?」
「それは──ッ」
言葉に詰まった。
ここで頷けば、確かに彼女たちは部屋へ戻ってくれるかもしれない。だけど、それはレナ様一人だった場合だ。ここには今、リシェナ様がいる。
嘘をついたとしても、彼女の占有魔法──
「……違います」
「へぇ、じゃあ、どうして?」
悪戯な笑みを浮かべるレナ様。からかっているのが絶妙にわかるのが、結構イライラする。
ため息を一つ零して、僕は言った。
「僕が苛ついているのは、人の弱みにつけこんでこんなことを起こし、
「……やっぱり、貴方はいい人よ。それで──ロイド?」
名前を呼ばれたロイドさんはヨロヨロと立ち上がり、姿勢を正してレナ様に一礼。
「はっ」
「此度の件、落とし前はキッチリつけてもらうけれど……その前に、しっかりシエラに会ってきなさい」
「────は?」
気の抜けた声。呆然と数秒ほど経過し、若き主に尋ねた。
「……よろしいのですか?」
「当然よ。貴方は彼女に会うことを求めて、これだけの対価を支払った。なら、物はしっかりと受け取ってきなさい。払い損は許さないわ」
「しかし、レイズ様の足手まといに……」
「レイズは曲がりなりにも王国の最高戦力の一人よ?東都の魔獣如き、彼の敵ではないわ。そうよね?リシェナ?」
「その通りです!!」
一度僕に護られているリシェナ様が大いに同意。ロイドさんを連れて行くかどうかの話に、僕の意見は一切反映されないようだ。いや、まぁいいんだけど。元々連れて行くつもりではいたからさ!
二人の反応を見て、ロイドさんが下唇を噛み締めてお礼を。
「ありがとう、ございます」
「それと、今回は特別にこれを使いなさい。お父様から鍵を借りておいたわ」
投げ渡された鍵をロイドさんは両手で受け取り、目を見開いた。
「これは……開発中の」
「実験機がうちにあるの。時間がないんでしょ?馬よりは早く着くわ。今から行って、すぐに出発できるようにしておきなさい」
ロイドさんは再び一礼し、足早に去っていった。
その後ろ姿を見届け、レナ様は次いで僕を見る。……なんか、嫌な予感がする。
「それとレイズ。貴方、さっき私達を連れて行くことはできないって言ったわよね?」
「はい。絶対にできません」
「それはつまり──私達本体が行くことは駄目であって、私達本体が行かなければ大丈夫ってことよね?」
「?どうゆ──」
問う前に、レナ様とリシェナ様は手を掲げ、何やら魔法を紡ぐ。と、彼女らの掌にはそれぞれ白と黒の小さな小鳥が出現した。これは……。
「使い魔、ですか?」
「簡易的なものだけどね。私達と視覚を共有しているから、家にいながら現場の様子を見ることができるわ。それと、首から通信石をかけておくから、これで会話をすることもできる。便利でしょ?」
「いや、これはいくら何でも──わかりました。睨まないでください」
降参とばかりに両手を上げると、お二人は睨むのを止めて満足げに微笑んだ。全く、末恐ろしい人達だ。敵に回したら……考えないようにしよう。
僕の両肩に留まった小鳥たちの頭を指先で撫でていると、リシェナ様が僕に近づいてきた。
「どうかなされましたか?」
「レイズ様。その白い小鳥は私と視覚を共有しています。従って、私はその子を介して見た人物にも心眼を使うことができます。もし必要なことがあれば、お呼びください」
「──わかりました」
「それと……」
僕の胸に手を当て、リシェナ様は魔法を発動。途端、身体の怠さが和らいでいった。
「……そういえば、光の治癒魔法を使うことができたんでしたね。今のは、
「はい!最近習得したばかりなのですが……レイズ様、とても調子が悪そうでしたので。お顔に血もついておられますし」
「お見苦しいものをお見せしましたね。事態が収束し次第、風呂に入らせてもらいます。それでは──行って参ります」
◇
そして、今に至る。
相変わらず両肩の小鳥は微動だにせず、それでいてしっかりと飛ばされないようにローブを掴んでいる。
「……さて、黒幕さんはどんな顔なのか」
まだ見ぬ
「──!!」
思わず耳を塞ぎたくなる不快な産声のような音が、遠くから聞こえた。
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