第12話 上級者からのプレゼント
「言っておきますけど、僕の買い物なんてつまらないですよ?」
「つまらないかどうかは別に問題ではないわ。重要なのは、貴方の買い物に付き合うことなんだから。王国の最高戦力の買い物なんて、とても気になるじゃない」
「はぁ」
レナ様は面白そうに言うけど、何が面白いのかわからない。正直異性の買い物に付き合うのって一番面倒くさいことなんじゃないの?特に女の人は買い物とか長そうだし。けれどまぁ、今回は僕の好きに買い物していいならそうさせてもらおう。
少し移動し、戸棚に入った瓶を一つ手に取る。
「レイズ様、それは?」
「これはレッドハイビスです。まぁ、ハーブの一種だと思っていただいていいですよ」
赤色の茶葉が入った瓶をリシェナ様に手渡し、軽く説明。
「ハーブティーと言っても、使用される茶葉によってその効能は違ってきます。例えば、そのレッドハイビスは含まれる酸味成分が代謝を向上させるので、肉体疲労に効果的です」
「へぇ……よくお飲みになられるのですか?」
「僕はあまり飲まないですね。肉体疲労よりも精神疲労の方が多いので。それに、レッドハイビスは有名ですけど、あまり流通してないんです」
すぐ側にあった瓶を手に取る。
「僕が普段飲んでいるのは、このショテビアですね。甘味成分を多く含んでいるので、とても甘いんです。それと、このマリーローズ。血液の循環を促進する作用があります。心身の疲れを癒やす他、老化防止効果が期待されていて、若返りハーブの別名もあります。これもあまり流通が進んでいないので、偶に市場に出た時に買い漁っているんです」
目についた茶葉を次から次へと籠の中に放り込んでいく。茶葉の形や色を見れば何の種類かはわかるので、一々名前を確認する必要はない。
流石にティーバッグに入っているものは名前を確認するけど。
紅茶やシングルハーブの他にも、香付け用のスパイスや花も一緒に選ぶ。
「随分たくさん買われるのですね」
「えぇ、まぁ。保存の仕方次第ではかなり持ちますし、一日に十杯以上飲むとなると、どれだけあっても困りません。それに、東都は次、いつこれるかわかりませんから」
「そんなに飲まれるので?」
「一人ではないですよ?部屋の人たちも飲むことになるのです」
主に、執務室に押入り、お茶を出せと言われるから。そのため僕の部屋にはたくさんのお茶が常備されている。本棚の下から二列目までは全部茶葉だ。あ、保存用の魔法もちゃんと付与してある。
リシェナ様とお話をしながら買い進めていると、後方のティー用品を色々と見ていたレナ様がこちらに近寄り、僕の両肩に手を置いた。
「折角こういうお店に来たんだから、レイズに選んでもらいましょう?私達に合ったお茶をね」
「あ、いいですね!私も何か買おうかと思っていたので!」
突然の展開。ちょっと待って。
「ぼ、僕が選ぶんですか?大貴族であるお二人に?」
「お茶に関してはエキスパートじゃない。別にそこまで気負わなくていいわよ?」
「はい。私達は素人なので、よくわからないんです。レイズ様なら、効能などがよくわかっていそうですし」
「あぁ……まぁ、大体はわかりますけど……わかりました。選びますからそんな眼で見ないでください」
中々煮えきらない僕に、お二人が口を尖らせてジトッとした視線を送ってきたため、渋々選ぶことに。
「選ぶと言っても、どういった効能のものが欲しいんですか?例えば、睡眠不足解消とか」
「んー、そうね……私は最近喉の調子が悪くなりがちだから、それに効くものが欲しいわ」
「レナ様は喉の炎症を抑える……となると」
戸棚の一番上に置かれていた青紫色の葉が入った瓶を取る。
「メローブルーですかね。皮膚や粘膜を修復、保護する効果があります。喉の炎症や風邪にも効き目が期待できます。酸味成分を加えるとピンク色に変色する特徴があります」
「飲んだことないわね。レイズは?」
「僕もありませんね。風邪を引かない体質なので」
「羨ましいことで」
肩を竦めつつ、レナ様はメローブルーの入った瓶を両手で持つ。どうやら、それに決めたようだ。
「次は、リシェナ様の番ですね。どんなものを?」
「そうですね……」
んー、と悩む仕草を見せ、はにかみながら頬を掻いた。
「その、もうすぐグランティナ魔法学園の入学式があるので……緊張を緩和できるものが欲しい、ですかね」
「緊張緩和ですか。それなら、これですね」
差し出したのは、黄色い茶葉の入った瓶。
「これはスイートピール。緊張緩和の効果が非常に有名なハーブです。不安感や心の動悸を鎮静化するというのが、正式な効能ですが。他にも、食欲不振や気分の低下にも効果を発揮してくれます。似たような効能を持つハーブは幾つかありますが、入学式や学校生活などの緊張でしたら、こちらがとても効果的かと」
「なるほど……」
「日頃から飲んでおくと、当日の効果も上がりますよ。──っと、結構時間が経ちましたね。外の付き人の方に申し訳ない」
店内の窓ガラスから確認すると、黒い礼服に身を包んだ人が二人、僕らの方を見ていた。軽く会釈をすると、同様に頭を下げてくれた。
「そろそろ行った方が良さそうですね」
「「あ……」」
僕は懐中時計で時間を確認し、お二人から瓶を受け取って会計へ。手早く代金を支払い、買ったものを受け取る。紙袋に入れてもらう際、メローブルーとスイートピールを小分けしてもらって。
「どうぞ。ハーブ入門のお二人に、上級者の僕からのプレゼントということで」
「いや、そんなの悪い……いえ、失礼ね。ありがとう、レイズ」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。よく味わって、楽しみながら飲んでくださいね?」
店を出ると、二人のお付き人。レナ様とリシェナ様は彼らの元へと歩み寄り、こちらへ振り返る。
「それではレイズ様、また」
「買い物の邪魔をしてしまって、ごめんなさいね」
「いえいえ。魔法学園は大変と聞きますから、束の間の休日、十分に楽しんでください。農作物の件も、僕らがなんとかしますから」
去っていく四人の背中を見送り、僕はその場に立ち尽くす。やがて、彼女たちは曲がり角に消え、姿は完全に見えなくなった。
僕はくるりと進行方向を変え、とある場所に向かって、再び道路を滑り出した。
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