第11話 束の間の休息

「申し訳ない。思った以上に解析に時間がかかっておりまして……。私は部屋に籠って調査を進めますので、今日はお休みになってください」


朝食の席で会ったエインさんは早口でそういい、早々に自室へと引っ込んでいった。

やはり、解析は難航しているようだ。アリナさんがわからなかっただけのことはある。これで今朝には原因が特定できるようなことがあれば、すぐに王都へ帰ることができたというのに……まぁ仕方ないのだけど。仕事だし、妙な文句は言うものではない。うん。


「急遽休みってことになりましたけど……どうします?」


朝食を食べ終え、部屋に戻る最中、隣を歩いているアリナさんへと声をかける。彼女は眠そうに欠伸を一つ噛み殺しながら、僕へと視線を向けた。


「一日時間もあるようだし、昼まで寝る」

「いやさっき起きたばかりでしょう」

「寝起きこそ一番眠い」

「わからないでもないですけど……朝食を摂った後なんですから、シャキっとしてください」

「無理」

「貴女は……」

「じゃ」


それだけ言い、アリナさんは自室へと戻っていった。あの人のことだ。寝ようと思えば数秒もあれば眠りにつくことができるだろう。僕が声をかけてもしばらく気づくことなく寝過ごす。面倒な性質の持ち主だ。


アリナさんが部屋に戻ってしまったことで、僕もやることがなくなった。実はアリナさんを伴って、僕らだけで農作地帯に向かおうと考えていたのだ。昨日はエインさんの護衛的な役目が強かったため、かなり深く調べるといったことはできていない。そのため、僕ら二人──アリナさんが調査、僕が魔獣対策を担おうかと。眠いの一言で潰れてしまったけど。


となると……。


「……買いに行くか」


フッと笑い、宮廷魔法士のローブを翻して屋敷の玄関へと足を向けた。



「さて──薄氷膜はくひょうまく


外に出た僕は屋敷の前で一度立ち止まり、魔法を発動。先日、車の中から見えた場所を目指して

発動した魔法は、水属性中距離初級魔法──薄氷膜。効力は至ってシンプルで、薄い氷を物体の表面に張り、冷却するだけ。

僕はこの魔法で履いている靴の裏に一枚の刃を生み出し、摩擦の少なさを利用して街中をスケートのように走る。石畳の道だからこそできる技であり、速度の調整やバランスの取り方などが必要なため、結構大変。僕は慣れているけど。


すれ違う人々が妙なものを見たような視線を向けてくる。当然、この魔法の本来の使い方とはかけ離れている。一般的にこの魔法は、食材の保存などの生活用魔法として使われる魔法だ。これを利用して滑るなんて、僕以外やらない。けど、初級魔法だって使い方次第ではこうやって活用することもできるのだ。


しばらく直進し、二・三度曲がり角を曲がったところで、目的の場所──小さな花の看板が掲げられた店の前に到着した。靴裏の氷を霧散させ、カランと音を鳴らしながら店内へと入る。


「いらっしゃいませ」


店主と見られる初老の男性が挨拶。軽く会釈を返し、店内に置かれているたくさんの瓶を眺め、物色していく。その瓶に入っているものは──たくさんの種類の紅茶の茶葉だ。


王国東部は有名な農業地帯。その中には当然、茶葉の生産も含まれている。素晴らしい。紅茶を愛する身としては、東部の紅茶はとても良質なものであると知っているので、是非とも買い求めたいものなのだ。


「これと、これ……あと、これも」


籠の中に何本も放り込んでいく。中には飲んだことのない種もあり、味が気になって仕方ない。一体何種類あるのかはわからないが……先の事件の報酬を貰っているので、懐に関しては問題ない。好きなだけ買う。あ、けどこれは……うーん。


2つの瓶を持って悩んでいると、不意に肩を叩かれた。ん?と振り返ると、拳で頬を触れられる。そこは普通、人差し指だと思うのだけど……。


「……何か言ってください。レナ様──と、リシェナ様?」

「おはようレイズ。朝からこんなところで会うなんて奇遇ね」

「お、おはよう、ございます……」


レナ様は快活、リシェナ様は何だか恥ずかしそうに挨拶をしてくださった。僕も一応、挨拶を返す。


「おはようございます。それと、奇遇ではないでしょう?」

「あら?もしかしてバレてる?」

「バレてるというか、お二人がこの店に来る理由が見当たりません。大方、僕が出ていくのを屋敷から見てましたね?それで後をつけてきたとか」

「お見事」


笑いながら言って、レナ様はリシェナ様の肩に両手を置いて背中側に回る。


「この子がどうしてもレイズに会いたいって言うから、後を着けてきたの」

「ち、違──ッ」


僕と目が合うと、リシェナ様は頬を赤くしてごにょごにょと口元を動かす。


「そ、その……先日は、申し訳ありません、でした」

「先日?」

「この子が酔っ払っちゃった時のことよ」

「………」


思い出したのか、再び顔を俯かせてしまった。

いや、別に謝ってもらう必要はないんだけど……。酔っ払うと人は何をするかわからないし、寧ろリシェナ様の酔い方は可愛いものだ。もちろん、本当に可愛かった。

僕は俯いているリシェナ様に笑顔を向ける。


「大丈夫ですよ。全然迷惑だったなんてことはないです。寧ろ、リシェナ様のお可愛い姿を見ることができて良かったです」

「──ッ」


顔を上げたリシェナ様は顔を逸らし「あ、ありがとうございます……」と。

朝からこんなお姿を見られるなんて僕は非常についてるね。可愛い女の子のこんな姿を見ると、ニヤニヤが止まらなくなる。まぁ隠すけど。流石にここで変態不審者扱いは御免被る。


「ところで、今日はお二人だけ……なわけないですよね?身分の高いお二人が護衛もつけずに、なんてことはないですね?」

「流石にね。付き人は外に待たせてあるわ。貴方のことをかなり警戒していたみたいだけど、先の件での功績を伝えたら何も言わなくなったわ」

「そうですか……あまり広めてほしくはいのですが」

「それにしても、貴方の移動手段どうなってるの?追いつくのにかなり時間がかかってしまったわ。あれも、何かしらの魔法なのよね?」


僕の言葉は完全に無視ですか……。レナ様はリシェナ様と違って、普段から僕の回りにいる女性陣と似たようなお方のようだ。横暴。

けどまぁ、答えないわけにはいかないだろう。なにせ相手は公爵令嬢だから。


「魔法ですよ。靴の裏に氷の刃を生み出し、地面との接触面を凍らせて滑る簡単なものですけど」

「よく滑れるわね。普通転んだりしそうだけど」

「慣れですよ、慣れ。最初は転んだりしましたけど、何度も練習しているうちに滑れるようになりました」

「へぇ」


つまらなそうな返事……いや、目がすごく興味深げに僕を見つめている。なんだ?


「あの、そろそろ戻られては?付き人の方も待っているでしょうし」

「別に大丈夫よ。待つのには慣れているわ。それより──ちょっと買い物に付き合ってもいいかしら?」

「……拒否権は?」

「あると思う?」

「ないです」


急遽始まりました。

王族貴族のご令嬢方との、お買い物……怖すぎ。

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