第9話 公爵令嬢との密会

ロイドさんが去った後、僕は部屋に戻ることなく庭園に残り、夜風に当たっていた。

まだ、眠気はやってこない。部屋に戻っても色々と考えてしまうので、ここにいるほうが気持ちが楽なのだ。一人で月や庭園を眺めながら、頭を空っぽにして──


「あら。先約がいたわ」


後方から聞こえた声と足音に、僕はゆっくりと振り返った。


「……レナ様」

「こんばんは。こんな夜にどうしたの?あ、もしかして、一人では眠れなくなっちゃった?」


昨日の夜もお会いした、レナ様が両手を後ろ手に組んで視線を向けていた。春先の冷えた夜に出歩くのに適した、厚手のカーディガンを身に纏われている。似合っています。

黙礼し、視線を合わせる。


「夜分遅くに、どうされたのですか?それも、お一人で……リシェナ様はご一緒ではないのですか?」

「窓から庭園を眺めていたら、貴方が見えたから会いに来たのよ。ちょっと話したいこともあったし。あ、リシェナは私の部屋で学園から出された宿題に取り組んでいるわよ?誘ったけど、昨日酔っ払ったことを憶えていたみたいで、貴方に会うのが恥ずかしいみたい」

「なるほど。記憶が残って後から恥ずかしがるタイプの方でしたか」


酒を飲みすぎると記憶が飛ぶ人が多いけど、どうやらリシェナ様は記憶が残ってしまうタイプのようだ。正直、その時にやらかしたことを後からかなり後悔してしまうことになるので、かなり辛いと思う。


「恥ずかしがっているお姿を見てみたいですが……流石に王族であられる方に失礼ですね。大層お可愛いことでしょうが……」

「……見かけによらず、意地悪なのね」

「そうですか?僕的にはそんな自覚はないのですが」


僕はいじめっ子ではない。誰に対しても優しく接する紳士を自称しているのだ。

それは置いておき、リシェナ様は大変お美しいお方。美少女の恥ずかし悶絶する姿は、男ならば見たいと思うのは当然の欲求だと思う。そして、心を押さえながら満足げに頷くのだ。


「……変態、といえるのかしら?」

「変態ではありません。紳士です」

「いや、貴方がいい男性であることは知っているけどね?でも、そういう趣味は自分の中に閉まっておきなさい」

「善処致します」


約束はしない。

納得はしていないけれど、渋々了承したように頷き、こめかみを押さえるレナ様。


「うーん、まぁいいわ。貴方の性癖については一先ず置いておくとして……進歩はあったのかしら?」

「……進歩、というと、此度の件についてですね?」

「無論よ。今日、貴方とアリナ様。それに、ロイドが呼んだ専門家のエイン氏が土地の調査に向かったでしょう?」


問に、僕は頭を左右に振る。


「申し訳ありませんが、現状では何ともいえません。今、エインさんが持ち帰った土や植物の枯れ葉などを調査してくれていますが……。僕とアリナさんも色々と考察はしてみましたが、何とも」

「ふむ。やっぱり、そう簡単に解決するような問題ではなかったようね。ああ、謝らなくてもいいのよ?悪いのは、事件を起こした犯人なのだから」

「お気遣い感謝──は?」


言葉を止め、口を開けたままレナ様を凝視する。

今、この人はなんと言った?聞き捨てならないことを口にしたような気が……。


「は、犯人です、か?」

「?えぇ、そうよ?」

「な、何故人の手によるものだと?」


確かに、僕とアリナさんは第三者による介入が最も可能性が高いと考えていた。が、その結論に至ったのはつい先程のこと。まして、僕は今レナ様に、成果が出なかったとしか伝えていない。どうして、そのようなことを言われたのだろうか?

戦慄する僕に、当のレナ様は首を傾げて不思議がるばかり。


「何を言っているの?レイズは今、アリナ様と考察したけどわからなかったといったわよね?貴方達二人がわからなかったのなら、自然的要因は外される。つまり、誰かが手を加えたということじゃない」

「どうして、僕らがわからなかったらそうなるんですか?」

「当たり前じゃない。アリナ様の占有魔法なら、自然的要因は秒で見つけられるでしょ?」


再び戦慄。

彼女は……この公爵令嬢は、一体どこまで僕らのことを知っているのだろうか。いや、そもそも情報源は……。

警戒心を顕にして、視線を鋭くする。


「魔法については、公爵様ですら知らなかった情報です。公爵令嬢だから、というのは理由にはなりません。貴女は……一体」

「……」


終始無言。

しかし、静寂は十数秒の後に破られた。


「──それはまだ、教えるわけにはいかないわ。理由は話せない」

「……まだ、ということは、いつか?」

「えぇ。時が経てばいずれ、知る機会があるかもしれないわ」

「わかりました」


話すことができないならば、仕方ない。

どんな秘密を持っていようと、彼女は公爵令嬢だ。ただの魔法士である僕が言及することなどできるはずがない。

が、これだけは聞いておきたい。


「僕のことに関しては、どの程度まで?」

「……不覚よ。貴方のことは、まだ詳しくは知らない。珍しい遠距離魔法に長けた魔法士であり、狙撃精度は一流を超える。温和な性格と良識を持つ少年……以上ね」

「おや。アリナさんの占有魔法を知っていたので、もっと知っていると思いましたが」

「私とて、全てを知っているわけではないわ。わからないことも多くある。特に、殲滅兵室の中では、貴方は一番情報が少ない。過去についても、オルトロスを屠った占有魔法についても、ね」


悔しげに歯噛みするレナ様。

どうやら、僕の占有魔法──八星矢はちせいやについては知られていないようだ。あれを使ったのは、王都ではオルトロス戦が初めて。見せたのはリシェナ様だけ。そして、彼女は誰にも話さずに黙ってくれているようだし。ありがたい。


「ちょっと情報不足なところを見せてしまったけど、情報通の私から一つ忠告よ」


レナ様は僕の側まで近寄り、耳元に顔を寄せて囁いた。誰にも聞かれないように、辺りを警戒する素振りを見せて。


「気をつけなさい。恐らく、相手は既に行動を開始しているはずよ。こんなに大きなことをしたんだもの。農業地帯を元の状態に戻そうとする貴方たちに手を出さないわけがない」

「……わかりました」


まだ敵がいると決まっているわけでは……いや、やめよう。アリナさんも、レナ様もこう言っているのだ。


今回の事件、何者かが裏で手を引いている。



『──と、恐らく推測しているでしょう』


とある宿屋の一室。

通信石を耳元に当て、そこから発せられる声を聞く。


『彼らは裏で手を引いている者を見つけ出し、始末しようとする。が、ここで計画を邪魔されるわけにはいかない。彼らが動く前に、逆にこちらが始末してしまいましょう。君の占有魔法なら、できるはずです。いけますか?』

「問題ない」


口元を歪ませ、舌なめずり。

カーテンを開け、見えた月を見上げて、懐からメモ帳を取り出した。


「既に優秀な素材は見つけ出している。後は、加工するだけだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る