第7話 考察

その後、数時間ほどかけて幾つかのポイントを回り、枯れた植物と土を採集。通信石でロイドさんへ連絡して迎えに来てもらい、夕方頃に屋敷へと戻ってきた。

エインさんは早々に僕らと別れて自室へと戻ってしまったため、僕とアリナさんは先に夕食を頂いた。

僕らと違って、彼はこれから採集した物の解析や分析作業で、忙しくなるのだろう。お疲れ様です。貴方の分まで、僕らがしっかりと休んでおきますので。


と、車を下りたときは思っていたんだけど……。


「──なに?」


窓から月明かりが差し込む夜。

アリナさんがベッドに寝転がりながら僕を見て、不機嫌そうにそう言った。


「いや、そこ僕のベッドなんですけど……」

「つまり、私が使ってもいいベッド」

「どんな理屈ですかそれ……僕、そのベッド使うんですよ?」

「いやなの?」

「別に嫌じゃないですけど、アリナさんはいいのかなって。自分が寝転んだベッドを男が使うんですよ?」

「考え方が女々しい。私は気にしない」

「さいですか」


アリナさんが気にしないなら別にいいんだけど。手近な椅子に腰を下ろし、傍らに置いてあったレイピアを手に取り抜刀。刀身の手入れを始める。


「それで、アリナさんは何かわかりましたか?今回の件の原因」


蒼い刀身を手入れ用の藁半紙で磨きながら、ベッドのアリナさんに尋ねる。エインさんが採集を行っている時、ひっそりと魔法を使っていたようだし、答えは出ているんじゃないかな?

と思ったけれど、僕の予想に半して返答の声には覇気がなかった。


「……正直、何とも言えない」

「というと?」

「原因の特定は、まだできてない」


アリナさんは身体を起こし、ベッドの端に座り直す。


「植物が枯れる原因は幾つかある。水不足、土の養分の枯渇、日光に当たりすぎ、病気の感染、根腐り。植物はデリケートだから、ちょっとした環境の変化で死んでしまう」


すべての条件が揃わないと、元気な植物は育たないということか。農家の人たちはそれを完璧にこなしているのだから、凄いと思う。


「だけど、あの枯れた植物たちは、このどれも当てはまらなかった」

「当てはまらなかった?」


アリナさんが頷く。


「土の中には水分も、養分も豊富にあった。季節の作物だから、日光の当たりすぎってこともない。病気も、根腐りも確認できなかった」

「害虫の大量発生とかは?」

「葉に齧られたような形跡はなかったし、なにより、地に落ちていた虫も全部死んでた」

「食べる植物がなくなったから、餓死したんですかね」

「やせ細っていなかった。それどころか、丸まる太った健康そうな身体」


……どういうことだ?

植物が枯れただけならまだしも、周囲にいた虫までも死ぬなんて、明らかにおかしい。


「じゃあ、枯れた理由も、虫の死因も謎ってことですか」

「現状は。ただ、こうして奇妙な点を幾つか見つけ出すことができたから、予想を立てることはできる──レイズ」

「?……あ、はいはい」


戸棚に置かれたティーポットを指差し、僕の名前を呼ぶ。それが意味すること──会議をするから、お茶(紅茶)を淹れろとの命令だ。殲滅兵室では会議の時、必ず紅茶を飲みながら、というルールがある。作ったのは僕。何も飲まずに会議なんて難しいことやってられるか。ということ魔力加熱式ポット──魔力を流し、熱を生み出す道具──でお湯を沸かし、茶葉の入ったティーポットに注ぐ。このまま2分〜3分程蒸らす。


「どうします?」

「ミルクと砂糖を多めにお願い」

「了解」


ストレーナーで茶殻をこし、カップに注ぐ。アリナさんのご要望どおり甘めに仕上げ、差し出す。僕はストレート派なので、何も入れずに一口含む。


「……で、予想としては、どんなことを?」


カチャっと音を立てながらソーサーにカップを置き、姿勢を正して問う。

アリナさんはカップを手に持ったまま、僕の目を見据える。


「……育つ環境は十分に整っている。内的要因が関係するとは考えにくい。つまり、外的要因が関係している可能性が高い」

「外的要因、ですか」

「そう。例えば、誰かが作物を枯れさせる薬を撒いたとか」


つまり、人間の介入があったと考える筋か。確かに理に適ってはいる。その仮説通りだったとすれば、説明はつく。けど──。


「あれだけの広範囲に、薬を撒く術がありますかね?」

「複数犯ならできなくはないけど、現実的に難しい。人の手ならば、ね」

「……魔法ですか」


人の手ではなく、魔法でそのような薬を散布、もしくは魔法そのものを発動したというのなら、短時間で行うことができるだろう。そんな魔法は聞いたことがないけど、僕らが知っているだけが魔法の全てではない。未知の魔法は幾つも存在しているのだ。視野を狭めるのはよくない。


「あくまで可能性の一つとして、頭の片隅に置いておく。確証はないから、あの植物学者に言うのもなし」

「信用してないんですか?」


対面したときからそうだったけど、アリナさんはエインさんを全く信用していない。いや、僕も完全に信用しているかと聞かれればNOと答えるけど、アリナさんよりは信用していると思う。同時に、警戒もしているけど。


「僕の威圧に何の反応も示さなかったのは驚きましたけど、他には疑わしいところはないと思いますけど」

「……そうかもね」

「?何か感じたんですか?」

「別に。ただ、私の好みじゃない」

「それは知りません」


関わるすべての人がアリナさんのタイプな人なわけ無いだろう。というか、この人にも好きな異性のタイプなんてあったのか。いつも眠そうで、他者に対して何の関心も示していないように見える。


「話を戻しましょうか。とにかく、第三者の介入も視野に入れておきましょう」

「うん。この前も、妙な事件があったばかりだし」

「誘拐未遂事件のことですか?確かに、あれもまだ解決をしていないわけですし……」


数日前におきた事件を振り返り、思い出す。まだ真犯人なる人物は見つかっていないし、操られていたアルセナスは未だ意識の戻らない状態。最悪の事態を防いだだけで、事件は何も終わっていないのだ。あぁ、うん。最近変に大変な事件が多発して忙しいな。


「……関連、あるんですかね」

「わからない。けど、ないとは言い切れない」


アリナさんの言葉は、僕を余計に不安にさせた。もしかしたら、これも先日の件と関連する事件なのか?だとしたら、一体誰が何のために?いや、まだ人が原因だと断定したわけではないのだが……。考えれば考えるほど、わからなくなってくる。


「……頭痛くなってきた」

「深く考えるのは、やめましょう。エインさんが何かしらの成果を出してくれるはずです」

「だといいけど」


立ち上がり、アリナさんは扉に向かって歩いていく。


「部屋に戻りますか?」

「眠いから寝る。朝、起こしに来て」

「呼びかけても起きないじゃないですか」

「部屋に入って起こしに来なさい」

「はいはい」


もっと男を部屋に上げることの危険性を理解してほしい。危機感がないのか、デリカシーがないのか。まぁ手を出そうものなら植物の養分にされてしまう未来が見えているんだけど。

眠そうに欠伸を噛み殺し、アリナさんは退室。僕も立ち上がり、机上に置かれたティーセットを片付け、流し台の上に移動させる。


「さて、何をしようか……ん?」


窓際に移動し、屋敷の庭を見下ろすと、とある人物の姿が目に入った。執事服を身にまとい、片手に持った如雨露じょうろから出る水を花にふりかけている。


特にやることもなかった僕は窓を閉じ、自室を出て階段を下りていった。

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