第6話 問題の土地
数十分程かけて街を抜け、僕らは郊外──広大な農業地帯にやってきた。一望する景色は素晴らしく、様々な作物が実っており、風に吹かれて葉を揺らしている。
そんな絶景と評しても過言ではないほどの景色の中を、僕らは馬に乗って進んでいた。
「いやぁ、いい景色ですねぇ」
「えぇ。僕らも初めて来ましたが、これは凄いですね。空気が澄んでいて、遠くまで一望できる」
前方を進むエインさんに言葉を返しながら、周囲を眺める。
王都周辺では見ることができない、素晴らしい景色だ。調査という仕事に来ていること、そして、土地に異常が発生していることをつい忘れてしまうほど。ここでピクニックなんかすれば、さぞかし楽しいだろうなぁ。
「いや、素晴らしい。この土地には非常に豊かな栄養分が含まれているので、作物が育ちやすいのです」
「へぇ。確かに、育っている作物は大きいし色もいいですね。あれは料理したら美味しそうだ。いや、そのままでも食べられそうです」
「薬などを一切使っていないようですから、そのまま食べれます。っと、こういうのは私ではなく生産者が説明するべきですね」
「はは、そうかもしれませんね」
ちらり、とアリナさんの方を向く。
先程から僕らの会話に一切入ってこず、一人景色を眺めながら黄昏れている。一体どうしたのか。絶景を見て思わず言葉を失い感動……というわけでもなさそうだ。時折機嫌悪そうに目を細めているし。
「あの、どうなさったのでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だと思います。彼女、少し乗り物酔いがある人なので」
絶対違うけど、この人にあまり余計なことは言わないほうがいい。
馬の速度を落とし、アリナさんの隣へ。
「どうしたんですか?」
「……」
無言。代わりに、視線を鋭くして僕を見る。
先程と同様、思念疎通を発動しろということだろう。つまるところ、エインさんには聞かせたくないことか。
指先から透明な魔力糸を生み出し、彼女の指先へと接続。すると、不機嫌そうな声。
『遠い』
『……我慢してください。ほら、景色が綺麗でしょ?』
『どうでもいい。早く、現場、到着』
『馬の速度は変えることができません。耐えましょう』
『……』
再びムッスーっとしてしまった。
やれやれと肩を竦め、魔力糸を遮断。
何だか我儘な年下をあやしている気分になる。まだ着かないのと駄々をこねる子供……絶対たくさんいる。特にやんちゃな子供は言いそうだ。
エインさんがこっちを見ている。心配かけるわけにもいかないから、駄々をこねているだけだと説明を……腕を掴まれる。
なんだ?まだ何か文句が──。
「(言ったらどうなると思う?)」
「エインさん、大丈夫です。景色に見惚れていただけみたいです」
命は惜しい。
満面の笑みを浮かべて全力で嘘を吐くと、エインさんも笑顔を返して前を向いた。心が痛い。
やっぱり、早急に再教育をお願いします。ミレナさん。
◇
「これは……酷いですね」
馬を止め、目の前に広がる光景に、エインさんは悲痛な声を上げた。
「話には聞いていましたが、ここまでとは……。先程まで見てきた光景からは、想像もできませんでした」
エインさんはそう言って地に下り、手近な植物の葉に触れる。カサっと乾いた音を響かせ、ボロボロと崩れて風に乗って飛んでいく。
僕らの周囲には今、枯れ果てた作物たちが風に揺られている。先程までの色とりどりの作物たちは見る影もなく、全てが茶色に染まっている。事前に聞いていた通り──いや、それ以上に凄惨な光景だ。
「……原因、わかりますか?」
「パッと見ただけでは……何とも言えません。もう少し詳しく調べてみないことには。ただ……」
朽ちた枝を軽く擦り、唸る。
「妙な枯れ方をしていますね。数日前までは元気な状態だったと聞いていますが、完全に乾燥している。道管が完全に破壊されているわけでもありませんから、地面そのものに問題があるのかもしれません……植物の生命力が完全に無くなるなんて」
「触っただけで、そんなことまでわかるんですか?」
「これでも、植物学者の端くれですからね」
「……」
アリナさんが表情を固くして近づいてきた。顎に手を当て、ちらりとエインさんを一瞥。
「……どうしたんですか?」
「なんでもないよ。それより──来た」
背後から、何か獣が唸る低い声。加えて、枯れ果てた植物を踏み鳴らす音が連続的に聞こえる。外観は、四足の獅子。数は……一体か。
明らかに接近し、僕らを捕食しようと狙っているな。興奮からか、体内の魔力が微かに漏れているのを感じる。
「レイズ」
「了解」
レイピアを抜き放ち、魔力を込めて切っ先をそちらへ。虚空より炎の刃が出現。
燃え盛る炎刃は周囲に熱気を発し、蜃気楼を生み出しながら、補足した魔獣へと飛び、枯れ果てた植物を塵と化しながら肉薄。魔力を帯びた肉体へと着弾し、一際大きく燃えた。
響く断末魔。ほぼ無人の世界にそれは木霊し、消えていく。やがて力尽きた身体は砂埃を上げながら倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「終わりました。一体出ましたし、しばらくは警戒を強めておきましょう」
「ご苦労さま」
納刀し、正面へと向き直る。
と、エインさんが数本の薬瓶を持ちながら驚いた表情をしていた。
「あ、え?なんで燃えて──」
「魔獣が出現したので、こちらで処理しました。今後も出現する可能性が高いですので、僕らがいますが、警戒を」
「き、気づかないうちに……」
唖然とした様子を浮かべている。
まぁ、確かに数秒とかからずに討伐したからね。彼が土やら葉を採集している間に、片付けてしまった。別に見せるようなものでもないし、早々に片付けてしまっても構わないだろうけど。
「それより、それは解析用ですか?」
「え?あ、はい。そうですよ。詳しく解析するには、専用の道具が必要ですからね。生憎、大きさの問題で持ってくることはできないので、帰ってから」
ということは……調査を進めるためには一旦屋敷へ帰る必要があるということだ。これなら幾つかの場所を回り、そこの葉や土を持ち帰るだけで済む。何時間も滞在しなくてもいいわけだ。ありがたい。個人的には早く帰りたいので。
「あと数カ所のサンプルを採集したら、戻りましょうか。かなり珍しいケースですので、解析には少々時間がかかってしまうかもしれません」
「日にちはまだありますから、慌てず、確実に解決できるように頑張りましょう」
「そうですね」
アリナさんの言葉に頷き、僕らは再び馬に跨り、次なる場所を目指して進みだす。
流れる景色は、どこまでも寂しく、虚しい色をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます