第5話 専門家

翌日。


「……寝不足?」


食堂に向かおうと部屋を出た時に顔を合せたアリナさんは、僕を見るなり首を傾げた。


「おはようございます。いや、ちょっと寝付きが悪くてですね」

「昨日の列車であれだけ寝れば寝れなくもなる。今後は飲酒して眠くなっても、寝ないようにすること」

「心がけます」


言うけど、多分無理。

いや、お酒を飲んだら必ず眠くなるというわけではないけれど、飲酒をした状態で眠気に襲われると抵抗する間もなく意識が落ちてしまうのだ。酒癖が悪いとかいう問題なのかはわからないけれど、今後、慣らしておく必要があるな。歳を重ねるごとに酒を飲む機会も増えるだろうし……。


「今日は調査があるんだから、しっかりして」

「途中で寝ないように頑張ります。大丈夫だとは思いますけどね。僕、集中しているときは眠らない体質なんで」

「そ」


そっけなく返し、アリナさんはさっさと先へと行ってしまった。置いていかれないように、僕も後に続く。


「今日の調査で、どこまでわかりますかね」

「大地干渉を使えば、原因を突き止めることは簡単。猶予は七日もあるんだし、ゆっくりやればいい」

「とすると、今日は原因の発見くらいでいいですかね」

「それでいい」


余裕があるならすぐに解決にまで繋げてしまえばいいと考えてしまうが、そういうわけにもいかない。

僕ら殲滅兵室の魔法士たちは皆、魔法士の平均的な魔力量を遥かに凌駕する魔力を体内に保有している。けれど、それにも限界があるのだ。

東の農作地帯の約4分の1もの広範囲を調査するとなると、移動だけでもかなり時間がかかってしまう。彼女の能力的に7日も必要ないとは思うけど、ゆっくりやっていこう。相変わらず魔獣も増えているようだし。


「あとは、専門家の人がどういう人か、ですね」

「うん。面倒くさい人だったら、即座に公爵に言って私達だけにしてもらう」


不安要素は、まだ会っていない専門家だ。

人間というのは誰しもが良識のある人とは限らない。中には初対面の人間に対しても失礼を働き、訳のわからないことを言い出す輩もいる。

もし、今回同行する専門家がそんな輩だった場合……どうなるんだろう?

僕はある程度なら我慢できるけど、アリナさんは……二度と舐めた口を聞けないように調教してしまいそうだな。

なんにせよ、注意しなければならない。


「気に喰わなくても、手を出したら駄目ですからね?」

「手は出さない」

「ならいいですけど──」

「出すのは植物」

「それも駄目です」


力なく言う。

ミレナさん。そろそろアリナさんの再教育をお願いしたい時期です。



「はじめまして、魔法士のお二方」


朝食後。

僕らは目的の土地へと向かうための馬車の前で、同行する専門家と顔を合わせた。


「土地の調査に同行させていただく、エインと申します。土地の専門家と聞いているとは思いますが、本職は植物学者、同時に土地の研究もしているという身です。どうぞ、よろしく」


愛想のいい笑顔を僕らに向け、一礼。

歳は……三十手前と言ったところだろうか?頭髪が濁った緑色をしているのは、植物の影響?

見たところ、懸念していたように傲慢な性格の人ではなさそうだ。物腰低いし、優しそう。強そうにも見えないけど。


「……失礼。宮廷魔法士、レイズです」

「アリナです。数日間という短い間ですが、土地の調査に同行します。出現した魔獣などは、我々が殺──始末しますので、ご安心を」


今殺すっていいかけたな。

猫を被っているとは言え、ところどころで危ない箇所がある。はぁ、本当に残りの日数持つのか……。


「心強い。とてもお強い方々と聞いておりますので、頼りにさせてもらいますよ」

「おまかせを。時間もあまりありませんから、早速向かいましょう」


促し、ロイドさんが運転する車へと乗り込む。先日乗ったものよりも小さく、四人乗りだ。助手席には専門家──エインさん。後部座席には僕とアリナさんが並んで乗車。


「皆様、車でお送りすることができるのは、街と外の境界までになります。そこから先は、ご用意してある馬に乗って、お向かいください」

「車では、外を走ることができないのですか?」

「はい。危険な魔獣に遭遇しては、対処ができません。加えて、道が舗装されておりませんので、激しい振動で内蔵されている魔道具が故障してしまう可能性がございます」

「なるほど」


これほど便利な移動手段が、未だに普及していない理由の一つか。人通りが少なく、且つ道が整備されているところでないと走ることができない。普及するかどうかは、今後の改良しだいだな。


緩やかに発進。流れる街並みを眺めていると、不意に袖が引っ張られた。


「?」


見ると、アリナさんが僕に視線で合図を送っている。えっと……あぁ、わかった。

意味を汲み取り、僕は彼女の求める魔法を発動。


「──思念疎通しねんそつう


僕の指先から透明な魔力の糸が生み出され、それはゆっくりと伸び、アリナさんの指先へと繋がる。途端、頭の中に直接、彼女の声が届いた。


『──上出来』

『どうも。それで、なんですか?彼らに聞かれてはマズイことでも?』


僕も同様、声には出さずに頭で言葉を連ね、会話を成立させる。

無属性近距離初級魔法──思念疎通。

魔力糸を生み出し、対象と繋ぐことにより思念による会話が可能となる魔法だ。

これを使わせたということは、どうやら内緒の話があるんだろう。


『……あの男、エインとか言ってたけど、どう思う?』

『どう思うって……優しそうですよね。物腰低いし、こちらに対して態度も大きくない』


第一印象は、とてもいい。

会った人は、必ず好印象を覚えると思うほど。


『それと、ただの植物学者ではないとも、思いました』

『理由』

『わかってるでしょう?僕は警戒心が強いんです。さっきの挨拶の時、エインさんに限定して魔力で威圧していたんですが、一切動じてもらえなかった。相当タフな精神力してますよ、あの人』

『……今のところ怪しいわけではないけど、只者でもない、って感じ?』

『そうですね。まぁ、ロイドさんの知人らしいですから、悪い人でもなさそうですよ。ちゃんと知識もありそうです』

『うん。一先ず、土地の調査に専念ということで』


頷き、魔力糸を遮断。

前方を見ると、エインさんとロイドさんが世間話に興じている。相変わらず、ロイドさんの表情は固いままだけど。


「さて、どんな状態なのか」


酷いとは聞いているけど、実際に農作地帯の様子を見ていないから想像もつかない。一体、どれほど荒れてしまっているのだろうか。

若干の不安を抱え、窓の外へと視線を移す。


建物の屋根に留まっていた小鳥が、空に向かった飛んでいった。

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