第4話 女の子は酔うと大変です……。

「なんでこんなことに……」


現在、僕は豪奢なソファに腰掛け、全身を脱力して背もたれに体重を預けている。如何にも困惑していますという雰囲気を醸し出しつつ、天井を仰いで現実逃避を試みる。


「へぇ、この子もこんなことになるのね」


僕をここに連れてきた張本人であるレナ=オーギュスト公爵令嬢は興味深げに笑いながら、グラスに入っていた赤ワインをくっと飲み干す。顔が若干赤いのは、既に酔いが回っているからか。来ていた寝間着も少し乱れている。


「れ、レナ様……笑ってないで何とかしてくださいよ……」

「い・や♡。傍から見ていてとっても面白いんだもの」

「そんなぁ……」


どうやら助け舟は出ないらしい。神は僕を見捨ててしまったようだ。


「大体、何で僕を呼んだのですか?普通に女の子だけで楽しんでくださいよ」

「仕方ないじゃない。この子がずっと貴方の名前を連呼してるから、会わせてあげようと思ったの。親友に対する、私なりの気遣いってやつ?」

「そんな気遣いはゴミ箱へどうぞ」


がっくりと項垂れ、僕の首に腕を回し、身体を密着させてくる少女を見やった。仄かに香る女の子の甘い香りと、酒の匂い。大分飲んだな。


「うっふふふ〜♪


上機嫌で僕を呼ぶのは、長く艷やかな銀髪を揺らし、同色の双眸を潤ませて上目遣いに見る──王女殿下であらせられる、リシェナ様だった。



数分前。


「私の部屋に来てほしいって……正気ですか?」


突然部屋へ来るように言われた僕は、まずレナ様の頭が正常に作動しているのかどうかを疑った(滅茶苦茶失礼かもしれないけど)。

深夜になると日中の疲れが一周回って、おかしなほどの元気へと転じると聞いたことがあるけど、もしかしてそれなのか?

何にせよ、公爵令嬢ともあろうお方が、一介の平民魔法士を自室に招き入れるなど、あってはならない。


「当然本気よ?まだ眠くないのなら、本館にある私の自室でお話でもしましょう?私、実は貴方のこと、以前から興味があってね」

「……教えてもいないのに、名前もご存知でしたからね。何か調べているんだろうとは思ってました」


あのカフェ──チェリーだっけ?──で別れ際、何故か僕の名前を呼んだ。殲滅兵室に所属する魔法士兵器として調べていたのか……それはわからない。けど、だからといって招いていいわけではない。


「どんな目的であろうと、伺うことはできませんよ。お立場を……というか、常識を考えてください。夜遅くに可愛い女の子が男を部屋に招き入れるなんて……不埒です」

「………」


突然黙り込んだレナ様は、ジッと僕を見つめて、やがて笑った。


「なるほど、あの子が言っていた通りね。無自覚に女心を揺らすような言動をする。ふふ、確かに被害者は多そう」

「?」

「なんでもないわ。さ、早く行きましょ。貴方に会わせたい……いえ、会ってもらわないと困る子がいるのよ」

「……誰ですか?」

「それは行ってからのお楽しみ。大丈夫。ロイドには事前に言ってあるわ」

「あ、ちょ──」


僕の返答を待たないまま、レナ様は僕の手を引いて歩き出す。抵抗しても強制的に連行されそうな気もする……というより、こちらから腕を引っ張って転んでしまっては大変だ。


ということで、僕はレナ様に連れられて彼女の自室へと向かい──何故かそこにいたリシェナ様(超絶酔っぱらい)にお会いしたのでした。



「そもそも、なんでレナ様のお部屋にリシェナ様が?」

「私達は一ヵ月、王立グランティナ魔法学園高等部への入学式があるの。春休み中にお泊りでもしましょうという話になって、今日がそれなの」

「なるほど。ということは、リシェナ様の護衛の方も当然来ているわけですね?」

「数人だけどね。別館別室で休んでいるはずよ。夜間の警備はうちのがやってくれるし。で、お酒を飲みながら二人で話していたら、リシェナが貴方の話ばっかりでね」


一体僕の何を話していたのでしょうか。非常に気になるところではあるのだけど、内容聞くの怖いな。まぁ大方、魔法の話だろうけどね。先日、僕の占有魔法を披露したばかりだし。未知の魔法を見るときって、すごくドキドキするんだよ。


「レイズ様ぁ」

「は、はい」


突然甘ったるい声と上気した表情で話しかけられ、思わずドキッとしながら返事をする。僕の耳元に顔を近づけ、囁くように話す。

そんなに近づかなくても聞こえる……ちょっとレナ様、どうしてそんなに笑っているのですか。


「先日はぁ……助けて、いただいて、ありがとう、ございましたぁ」

「い、いえ、任務を遂行しただけですので──ッ!」

「あの時の……占有魔法、をお使いになられたレイズ様は……とってもかっこよかったですぅ」

「ど、どうも……」


甘い吐息が耳を撫で、背筋がぞわぞわと逆立つ。今、絶対顔が赤くなっていると思う。見えないけど、レナ様がさっきよりもニヤニヤしながらグラスを傾けているからそうに違いない。他人事だと思って楽しみやがって……。実際他人事なんだろうけど。


「あの時……みたいに、美しかった……」

「あの時?」


どういうこと?前に、見たことあるのか?八星矢を人前で使ったのは初めてのはずなんだけど。


「リシェナ様、以前にも僕の魔法を──っと」

「……」


リシェナ様は突然糸が切れたかのように静かになり、僕の膝上に頭を置いて脱力。そのまま寝息を立てて眠ってしまった。


「あらら。寝ちゃったのね。前からお酒弱いのは知ってたけど、今日は一段と酔いが回るのが早いわね」

「弱いの知ってるなら飲ませないでくださいよ。ちなみにどのくらい?」

「グラスに3杯よ。そこまで大した量じゃないわ」

「弱い人はそれでも酔うんですからね。リシェナ様も、自分の許容範囲を超えて飲まないでください」


膝の上で眠る王女殿下の頭を撫でながら、ため息を吐く。王女殿下だからそうそう悪い男に引っかることはないだろうけど、心配になる。

と、レナ様がグラスを片手に持ったままこちらに近づき、僕の首筋に触れた。


「この子の名前を何度も呼んでいたから、薄々わかってはいたけど……誓約ギアスがないのね。殲滅兵室の魔法士は、必ず刻まれると聞いていたんだけど」

「それは……」

「車内でもマズイと思って、言わないようにしたわよ?貴方の焦った表情、あれはフェイクかしら?」


……どう、説明したらいいのか。

このことは、一応僕の胸に閉まっている秘密事項。リシェナ様の名前が記憶に蘇り、誓約の魔法式が消えた原因は、今のところ僕にもわからない。相手は仮にも公爵令嬢。嘘を吐くことは悪手ではないだろうか?


悩んでいると、レナ様が僕に触れていた手を離し、ソファの隣に腰を下ろした。


「まぁ、貴方が話せないならいいわ。別に貴族には隠し事をしてはいけないなんて法律はないし……話せないことを無理に聞き出そうとする趣味もないわよ」

「……すみません」

「だからいいって。別に、誓約の有無で貴方が弱くなるなんてことはないでしょう?大体私、あの誓約を刻むこと事態馬鹿らしいと思っているし。さっさと魔法式を消してしまえばいいのに。不要な伝統よ」


グラスのワインを一気に呷る。おお、いい飲みっぷりだ。けど、少し飲み過ぎな気もする。泥酔一歩手前みたいに見えるけど……これで何杯目?


「もうやめておいたほうがいいと思いますけど」

「まだよ。まだ飲み足りないわ。リシェナが早々に飲み潰れちゃったんだから、貴方が付き合いなさい」

「残念ながら、明日は早朝から仕事ですのでお断り致します」

「つれないわねぇ……」


ぶつぶつ言いながら、再びグラスの中にワインを。あーあ。二日酔いになっても知らないですからね?


「んぅ……」


寝苦しいのか、リシェナ様が眠りながら唸る。眠る姿勢が悪いのか?後でベッドに運んであげようと思いつつ、レナ様へと視線を向ける。


「レナ様は、かなり情報通ですね。誓約のことは、貴族の方々でも知らない人が多いですよ?」

「伝手があって、色々と情報を集めてるの。知らないことも、当然たくさんあるけど」

「なるほど。詳しくは詮索しないようにします」

「助かるわ」


公爵令嬢の秘密を知ろうとするほど、僕は無謀じゃない。まだ首と身体は繋がっていたいし、何より、彼女がどこから情報を仕入れていようがどうでもいいから。


「それより、今日僕をここに呼んだ理由はなんですか?まさか、リシェナ様の相手をさせるためだけということはないでしょう?」

「え?それだけよ?」

「は?」


きょとんとした顔のレナ様を、思わずまじまじと見てしまう。


「ほ、本気で言ってるんですか?たったそれだけのために、僕を?」

「だって、仕方ないじゃない。飲んでる間、ずーっと貴方のことばかり話すんだもの。本人を連れてこないと収まりそうになかったから」

「なんですかそれ……」


別の目的があるのではないかと勘ぐってしまった。膝で眠る殿下を見る。思わず惚れてしまいそうなほど可愛らしい寝顔で、寝息を立てている。レナ様に、僕の何について話していたんですかね?気になります。


「他に用事がないのなら、僕は部屋に戻りますね。いい感じに眠気も出てきましたし、明日に備えます」

「あ、じゃあリシェナをベッドまでお願い」

「はいはい」


眠る王女を抱きかかえ、ベッドに運ぼうと立ち上がる。と、突然リシェナ様が僕の首にしがみつき、押し倒してきた。


「うわっ」

「まだ……飲めるぅぅ」

「ゆ、夢の中でも飲んでるんですか──痛ッ!首を噛まないでくださいッ!」


甘噛み程度だけど、少し痛い。

そして、離そうとしてもがっちりとホールドされているから離せない。殿下、酒癖が悪すぎますッ!


「れ、レナ様!何とかしてください!」

「駄目。それは貴方の役目よ。私が手を貸したら面白くないじゃない」

「面白いとかそういう問題じゃ──あ、駄目ですよッ!もう飲んだら駄目ですッ!」


再び机に置かれたワインへ手を伸ばし始めたリシェナ様を慌てて止め、笑うレナ様へと助けを求めるカオスな状態。


結局この日、リシェナ様を寝かしつけて自室へ戻ったのは、日付を跨いだ後のことでした。

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