第3話 公爵様
「よく来てくれたな、宮廷魔法士たちよ。王国の東を治める、フロレイド=オーギュストだ。好きに呼んでもらって構わない」
執務室に置かれた非常に立派なソファ。高級の毛皮素材が使われ、柔らかさ、ふかふか度、全てが最高水準の素晴らしい品(僕の執務室に欲しい)。そこに腰を下ろしている僕とアリナさんの向かいに座る大柄な男性──フロレイド公爵は真摯な視線で僕らを射抜き、重低音の声を震わせた。
「あぁ、そこまで堅苦しくなる必要はないぞ?ここは公式の場ではないからな。愚痴愚痴とうるさいことを言う阿呆な貴族もいない」
「は、はい」
緊張の抜けないまま、返答。
話した限りの印象だと、レナ様の言っていた通りのお方だ。王都の貴族のように、平民を下民扱いして差別的な発言をするようなこともせず、僕らに対して友好的に接してくれている。
正直……意外だ。もっと厳格で、身分差別の激しい方だと勝手に思っていた。
アリナさんが話す。
「フロレイド様は、私達の所属する部署をご存知で?」
「当然だ。王国殲滅兵室……一騎当千の実力を持つ魔法士たちで構成されている、少人数の部署。魔法士個人の持つ魔法については、詮索はあまり褒められた行為ではないので、詳しくはわからない。が、先日の王女殿下護衛の件でも、大変見事な働きをしてくれたとも聞いている。実力は相当だろうな」
流石に、知られているようだ。
自らの領地に招き入れる者のことは、大方調べさせているのも当然か。いや、それ以前に公爵家は王家の遠戚。知らないはずがない。なにせ、レナ様が
「僕らは、王国から誓約を刻まれている魔法士です。国家の兵器として扱われている僕らに、公爵という高貴な身分のお方が会われるのは、色々と口を挟まれそうな気もしますが」
「あぁ、あるとも。実際、中堅貴族の連中からは色々と言われたよ。危険な兵器を招き入れるなどどうかしているとな」
やはりか。
別に知らない連中だし、有事の際には他人の力を借りないと何もできない奴らなんだけど、言われて居心地がいいわけではない。僕は耐えれるけど、エルトさんがいつか焼き払ってしまいそうで怖い。
フロレイド公爵は鼻を鳴らし、肩を竦めた。
「気にしなくていい。所詮は対して発言力もなければ、王からの信頼も厚いとは言えない者たちだ。何か役に立つこともない。私はな、完全な実力主義なのだよ。君たちのような魔法に長けた者と交流を持たぬのは、人生における大きな損失だとすら考えている。そして、今回の我が領地における問題解決にも、大きく貢献してくれるともな」
真剣な顔つき。どうやら、前ふりはおしまいのようだ。僕らも姿勢を正す。
「既に聞いているとは思うが、我が領土の作物地帯──その一部の区域で作物が一切育たなくなってしまった。その面積は、全体の4分の1にものぼっている」
「そんなに……」
東方の農業地帯は非常に広大だ。王都が丸まる十数個ほど収まってしまうほどに。その4分の1の面積となると……とてつもない。
「知っての通り、東都に住む領民たちのほとんどが農産業で生計を立て、生活している。王国全体への食料供給などにも問題は出てくるが、それ以前に、領民に苦しい生活を敷いてしまうことになる。当然、いざとなれば私が財を切り崩し、領民たちの生活を支援する。が、それもいつまで持つかわからん。今はまだ、生活に困窮する者は出ていないが、このまま問題が解決しなければ、いずれその未来がやってくるだろう」
「その前に、私達に早急な解決を、と」
「そういうことだ」
公爵様は大きく頷く。
結構な難題だな。問題が解決に繋がらなければ、人々の今後の生活に関わってくるわけだ。責任が重い。
「先日の一件もあり、危険な魔獣の関与も疑っている。出現した場合、一掃できるほどの力を持った魔法士が必要となる。執事のロイドが、知人である専門家を呼んでくれたのだが、魔法の実力が期待できそうにない。君たちの主な仕事は、調査中に出現する魔獣の討伐だ」
「わかりました」
魔獣の討伐なら、僕らの十八番だ。あんまり頭を使う難しい仕事は正直苦手。だけど、魔獣討伐ならシンプルでわかりやすい。何十匹でも何百匹でも屠ってやろう。
自然と口角が、微妙に釣り上がる。
「明日の朝より、調査を開始してほしい。今日は旅の疲れもあるだろうから、ゆっくりと休んでくれ」
「ありがとうございます」
アリナさんに次いで、僕も頭を下げる。
明日の朝から、調査開始か。まだ専門家の人とも会っていないから、顔合わせもあるだろう。使える人かどうかはわからない。というか、必要あるのかな?
正直、アリナさんの大地干渉があればすぐ原因はわかると思うのだ。ミレナさんもそのつもりでアリナさんを抜擢したんだと思うし。
どうして呼んだのかはわからないけれど、とにかく、僕らは自分たちに任せられた仕事をきっちりとこなすことを考えよう。
その後、少しの雑談をして、僕らは用意されていた部屋へと向かった。
◇
「さて、困ったな」
客室に案内された僕は、豪奢なベッドに大の字で転がりながら呟いた。部屋の中はとても平民である僕が利用するに相応しくないほど、豪華。謎に高そうな絵や壺。ふかふかのソファもある。室内照明も一級品のシャンデリア。
こんな一生に一度宿泊することができるかできないかという、素晴らしい部屋に泊まれて……本当に落ち着かない。
「そもそも僕は、狭いところの方が居心地がいいんだよなぁ……」
起き上がり、窓を開ける。
春先の涼しい風が入り込み、室内の籠った空気を入れ替えてくれる。王都とは違い周囲は自然が非常に多くあるため、空気が澄んでいてとても気持ちがいい。
見える月の位置はかなり高い。夜も深くなっているようだ。だというのに、眠気が一切ない。
列車の中で数時間も眠ってしまったため、目が冴えてしまっているのだ。ワインなんて飲まなければよかった。
話し相手が欲しいところだけど、残念ながらアリナさんは隣室で既に就寝。今起こしに行けば、確実に殺される。眠る獣を態々起こす必要はない。
「……転がるだけ、転がっておこう」
結局、僕は睡魔が現れるまでベッドの上で転がり続けることに。明日も朝から仕事があるわけで、眠らなければならないから。眠らなければならない時に限って眠れなくなるのはよくある話だけど、仕方なし。僕は寝る。絶対。
照明を消し、アイマスクを装着してベッドに転がる。と、その時、部屋の扉が数回ノックされる音が聞こえた。
「?こんな時間に?」
一番可能性が高いのは……アリナさんかな?明日のことで何かあるのかもしれない。もう眠っていると思ったけど。
アイマスクを外して扉へと向かい、若干警戒しながらそっと扉を開ける。
そこには、予想の人物──ではない、一人の少女が。
「れ、レナ様?」
「こんばんはレイズ。起きていてよかったわ」
公爵令嬢──レナ=オーギュスト様だった。御洒落な寝間着姿がとても可愛らしい。
けど、どうしてここにいるのだろうか?ここは屋敷の別館で、本来客人用に作られた建物だという。お住みになられている彼女が来るべき場所では……。
「ねぇレイズ。まだ眠くない?」
「へ?え、えぇ」
「じゃあさ──」
蠱惑的な笑みを浮かべて、僕の手を取られる。レナ様はどこか悪戯めいた表情をしていて、僕の中の第六感が危険信号を発信して──。
「これから、ちょっと私の部屋に来てくれない?」
「──ぇ?」
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