第2話 御大層な外面

お迎えに来てくださった公爵令嬢──レナ様に促され、僕とアリナさんは車へと乗車。王都よりも遥かに建物と人通りが少ない東都の街中を走る。

王都では絶対に乗れない乗り物なので、非常に珍しい。なぜ乗れないかと言うと、この技術はまだ一般的には浸透しておらず、また、それなりの速度とコントロールが要求されるため、王都なんかで走れば人を次々と跳ね飛ばしてしまう危険性があるからだ。人の密集している場所では乗れないということだ。


「すみません。態々お迎えに来てもらってしまって」

「いえいえ。お客人をお迎えに上がるのは当然のことですから」


前方に視線を固定したまま、執事のロイドさんが返事を返してくれる。見た目は凄い怖そうなのに、とても親切な方だ。人は見かけによらない。これを心に刻みつけておこう。


「まぁ、そんなことがあったのですか?公爵令嬢というお立場も、大変なのですね」

「えぇ。やはり、貴族というものは妙なしがらみが多くて……。優雅で自由な生活、というわけでもないのです」


……いや、聞き間違いだ。そうに決まってる。


「それにしても、夜とはいえ、人が少ないですね。さっきから数人しか出歩いている人を見かけていないです」

「王都と違って、夜に開いている店というものも少ないですからね。勿論、数店ほど開いている店もありますが、農業に携わる民が多いですから、翌日の作業に備えて早めに就寝する者が多いのです。ここは、王国内でも農業の栄えた場所ですから」

「なるほど」


作物を育てるとなると、やはり朝早くからの作業があるのだろう。夜に遊んでいる暇はないと。

ロイドさんの話を聞いて、少しわかった。この東都で起こっている問題は、王国全体の食料事情に直結するだけではない。ここで働く生産者たちの生活に、最も大きなダメージを与えるのだ。

これは……一刻も早く解決しないとな。


「ふふふ。疲れた時には、リラックス作用があるハーブティーを飲むと、心が落ち着きますよ?外見的なケアはされていると思いますけど、やはり心のケアもしませんと。特に、公爵令嬢というお立場は、心労がお辛そうですし」

「確かに、最近は寝付きが悪かったりしています。そのアドバイス、ありがたくいただきますわ」

「──いやちょっと待って」


聞き間違いじゃなかった。もう無理。このままスルーするとか無理です。違和感半端じゃないし、何より気持ち悪い。

僕はアリナさんに身体を寄せて、小声でまくし立てる。


「(ど、どうしたんですかアリナさん!何で礼儀正しくて頼りになるお姉さんみたいになってるんですかッ!いつものグダグダして横暴で傍若無人な貴女は何処へッ!?)」


耳に口を寄せ、小さな声と早口でまくし立てると、レナ様からは見えない角度で腕を抓ってきた。い、痛い痛い痛い!


「(黙って。言ったでしょ、キャラを作るって)」

「(キャラを作るって、変わりすぎでしょ!?)」

「(あたりまえ。相手は公爵令嬢。下手な真似はできない。滞在中、二人きりの時以外は合わせるように。破ったら……)」

「(破ったら?)」


身体を密着させ、アリナさんは妖艶な笑みと共に、背筋が凍るような声で囁いた。


「(私の植物の苗床になってもらう)」

「(……ひゃい)」


冷や汗が頬を伝う。

やばい。怒ると怖いとは聞いていたけれど、こういう時のアリナさんは別の意味で怖い。怒るとどんな風に怖いのか知らないけど、きっとこれ以上なのだろう。……やばすぎるでしょ。


と、とにかく。ここは従うが吉だ。頷きを返して、話を合わせる。


「す、すみません。なんでもないです」

「?」

「申し訳ございません、レナ様。こちらの事情でございます」


朗らかな笑み。違和感がとんでもないのだけど、何も言うまい。本当に死ぬかもしれないからね。

レナ様が何か追求してきそうな顔をしていたが、アリナさんの笑顔(恐怖)を見てか、別の話題へと切り替えた。


「と、ところで、貴方たちには先日の事件で苦労をかけたわね」

「先日の事件……と申しますと」

「王女を誘拐しようと我策して、あえなく失敗した愚か者の件よ」


ドキ、っと心臓が跳ねた。

その話題は、まずい。僕らが誘拐を防いだことに関しては、別に露見しても問題はない。けど、この話の中で王女殿下の名を言われるのは駄目だ。僕ではなく、アリナさんの魔力が……。先に、忠告しておかないと──レナ様がクスクスと笑いながらこちらを見ている。


「大丈夫よレイズ。あの子の名前は出さないから」

「──ど、どうして、それを」

「私は公爵の娘よ?貴方達殲滅兵室に関する情報は、当然ながら有してるわ」

「お気遣い、感謝致します」


アリナさんは動じることなく、頭を下げる。どうやら、いらぬ心配だったらしい。浮かした腰を下ろし、ホッと息を吐く。


「失礼しました。まさか、そこまでご存知とは」

「んー、貴方にそういう話し方されるとむず痒いわね。前みたいに気さくに話してもらって構わないわよ?」

「いや、それは……」


身分が違いすぎる。

彼女は公爵令嬢という大貴族。大して僕は宮廷魔法士とはいえ平民だ。そんな話し方をするわけにはいかない。以前は彼女が何者か知らなかったし、貴族に対して相応しくない話し方をしていたかもと思うけど。


「堅いわねぇ。女の子はもっと柔軟な男の子に惹かれるものなのよ?」

「はぁ」

「まぁ、あの子のタイプドストライクなのはわかったけれど……話を戻しましょうか」


と、レナ様は突然頭を下げられた。


「私の大切な友人を救ってくれて、本当にありがとう。事件の詳細を聞いたとき、本当に心臓が止まりそうだったわ。けど、貴方たちがいたから、あの子と顔を合わせることができています」

「顔を上げてください、レナ様」


優しい声でアリナさんがそう言い、続ける。


「私達は宮廷魔法士です。王女殿下が危機とあれば、お助けするのは当然のことです。例え、自らの命を失うことになっても」

「それでも、それでも私は感謝してもしきれません。それに、命を賭してまで戦ってくださった方に敬意を払えぬようでは、貴族以前に人として欠落していますから」


どうやら、彼女は王都に蔓延る貴族などとは違うようだ。人を決して見下さず、対等な存在として扱う姿勢を示している。今まで偉そうにふんぞり返っているだけのイメージしか無かった貴族だが、どうやら立派なお方もいるようだ。


と、話している内に車が緩やかに速度を落とし、停車。ロイドさんが振り返る。


「到着いたしました。お二方は、公爵様のお部屋へとご案内いたします」


車を下り、後部の扉を開けてくれた。同じタイミングで、屋敷の扉からメイドさんが一人こちらへとやってきて、トランクを開け、僕らが持ってきた荷物を運び出す。どうやら、部屋まで運んでくれるようだ。疲れているし、ありがたい。


「……なんか緊張してきた」


相手は国を支える大黒柱の一人であらせられる大貴族様だ。僕のような平民が気軽に会えるようなお方ではない。下手をすれば……どんな仕打ちを受けることか。

僕の緊張を感じ取ったのか、レナ様がクスクスと笑いながら僕の肩を叩いた。


「大丈夫よ。お父様は貴方が思い浮かべているような方じゃないわ。少なくとも、貴方達二人は歓迎してくれるはずよ」

「?それは──」


どういうこと?と聞こうとするが、レナ様はすぐに離れて屋敷へと入っていってしまった。

今は、彼女の言葉を信用するしかない。


「では、こちらへ」


促され、僕とアリナさんは並んでロイドさんの後に続く。

偉い人に会う直前は、いつになっても慣れないものだなぁ……。

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