二部

第1話 列車内

突然の出張が決まってから、数時間後。

カタカタと時折微細に振動する魔法列車──魔力で動く乗り物──で、僕とアリナさんは向かい合って座っていた。アリナさんは微動だにしないまま流れる外の景色を眺めている。正面から見た感想だと、とても綺麗だ。


普段は僕に対する言動やら行動のせいで全く意識していないけれど、彼女はかなり美人の類に入る女性だ。街中を歩けばすれ違った人が思わず振り向いてしまうほど。黙っていれば、惚れてたかもしれない。黙っていればね。

普段が酷いから、差し引いて酷い人という評価に留まっている。本当に残念だ。


さて、そんな彼女の向かいに座っている僕はと言うと──。


「う──ぇぇぇ……」


完全に乗り物酔いしてしまいました……。

外の景色なんて楽しむ余裕は、僕にはない。頭がぼーっとするし、吐き気が凄い。実際に吐くわけではないけど、とにかく気持ち悪い。


「こ、これだから……乗り物は……」

「列車の中で本なんか読んでるからだよ。ばか」


窓の外から視線を戻して、呆れたように僕を見る。そのままこちらに身体を乗り出し、僕が持っていた本を取り上げた。


「あ」

「没収。ここで吐かれても困る」

「す、すみません……」


確かに、僕が悪いな。

いくら面白いからといって、本を読む場所を考えずに読んでいたため、こんなことになっているんだ。反省しよう。


「顔、真っ青」

「滅茶苦茶気分悪いんですよ。乗り物酔いって久しぶりにしましたけど……辛いですね」

「そんなになるまで読むなんて……そんなに面白いの?」


本の表紙を見ながらアリナさんが首を傾げる。


「えっと、魔法使いと亡国の姫?なにこれ。恋愛小説?」

「王都の本屋で買ったんです。孤独な魔法使いと一人ぼっちのお姫様が登場する恋愛小説です」

「……乙女」


フッと笑って僕を細めで見やった。その表情、結構イラッてきました。


「あの、馬鹿にしてますけど、すごく面白いですからね?アリナさんも読んだら絶対ハマりますからね?」

「私を幾つだと?小説なんかでときめくわけがない」

「言いましたねッ!じゃあ読んでみてくださいよ!」

「はいはい。後でね。公爵の屋敷に着いたら読んであげるから、それまで我慢してね」

「子供扱いしないでくださいッ!」


そんなやり取りをしていると、外の景色が変わってきた。先ほどまでの建物が溢れかえった王都の街並みではなく、数多の自然が広がる草原地帯へと。丈の低い草花、はたまた建物ほどもある大きな木々。風に揺れるそれらをジッと眺めていると、こみ上げていた吐き気が消えていった。


「……綺麗ですね」

「ん?……あぁ、うん」

「?今なにと勘違いしたんですか?」

「いや、別に。ただ、他の女の子と二人きりでいる時にそういうことは言わないほうがいいよ。あざといし、勘違いされる。レイズにそういう気持ちがあるなら別だけど」

「なんですか急に」


訳のわからないことを言い出したアリナさんはそれ以上何も言わずに、車内販売に回ってきたお姉さんを呼び止め、ワインやサラミ、野菜のサラダなどを注文。折りたたみ式の机を展開し、そこに並べていく。


「レイズも付き合って」

「い、いいですけど……いいんですか?まだ夜にもなってませんよ?」

「どうせ到着するまでにあと数時間はかかるし、私はお酒強いから。あ、まだお子様だから飲めない?」

「だから子供扱いは勘弁してください。多少は飲めますけど、全然強くないんですよ」


王国では18歳からが成人扱いされる。が、飲酒に関しては15歳から認められている。何故かというと……わからない。けど、法律を作った太古の貴族たちの考えだろうね。貴族は何かとワインを呷っているイメージが強いし……実際そうではないんだろうけど。


グラスに白ワインを注ぎ、僕に手渡す。


「ど、どうも」

「泥酔してるところを見てみたいけど、仕事だし。酔っ払わないように」

「わかってます」


グラスに口をつけ、皿に乗ったおつまみを食べる。ワインは少し苦くて、食べたサラミは塩辛い。これが大人の味ってやつなのかな?結構いける。


「どう?」

「美味しいですよ。けど、たくさんはいらないですね」

「少し味わう程度が丁度いい。馬鹿みたいに飲む人もいるけど」

「この前のアリナさんもたくさん飲んでたじゃないですか」

「あれは祭りだから。問題なし」

「ありありです。吐きそうになってたのは何処の誰でしたっけ?」

「エルト」

「うわぁ、違うって言えない……」


ちびちびと飲みながら話している内に、頭がぽーっとしてくる。やっぱり、僕はお酒が弱いみたいだ。グラス一杯も飲まずにこうなるなんて……。

ん?


「なんですか?」

「いや、顔赤いなって」

「酔いが回ってきました……」

「もう?」

「弱いんですよ。あんまり、飲み慣れてもないですし」


ふわぁっと欠伸を一つ。うん。眠い。このまま眠ってしまいたい気分だ。


「……レイズさ」

「?」

「下心満載の女の子と絶対にお酒飲みに行ったら駄目だからね?絶対酔い潰されてお持ち帰りされるから」

「何を言ってるんですか……あなた、は──」


だんだんと瞼が下りてきて、力なく閉じる。

最後に聞こえてきたアリナさんの「やっぱ子供……」という言葉は、起きてから反論するとしよう。

とりあえず、寝ます。



「すみません、爆睡してました」

「知ってる。目の前でずっと見てた」


目を覚ますと、既に外には星が煌めいており、列車は目的地であった東都へと到着していた。

ワイン飲むだけでそこまで眠るかと、自分でも呆れかえるほどだ。これから夜、眠ることができないときはワインを飲むことにしよう。


「それで、この後どうするんですか?」

「公爵家の迎えが来てくれるって聞いてる。多分、駅の前で待ってたらすぐに──」


その時、僕らの前に一台の魔法車が停車した。

全体的に白い車体が特徴的な、高級車である。

もしかしたら?と僕らが思っていると、後部座席の扉が開き、紳士服を纏った執事と、一人の少女が下りてきた。

何処かで見たことがある──え?


「あ、貴女は──」

「?」


戦慄する僕と、僕を見て知り合い?と尋ねるアリナさんを見て、その少女は不敵に微笑む。


「ふふ。初めまして、魔法士のお二方。私はフロレイド=オーギュスト公爵が娘──レナ=オーギュストでございます。こちらは執事のロイド。農業地帯の異変について調査されるということで、お迎えに上がりましたわ」


黒の長髪と紅玉のような双眸を輝かせ、一礼。

思い、だした。あれはそう、どれくらいか前か忘れたけどあの時の──。


「マロンケーキ取られて、半泣きになっていたお嬢様、ですよね?」

「……間違ってないけど、その覚えられ方は結構ムカつくわよ、レイズ。あと泣いてないし」


そう。いつぞやの半泣きお嬢様だ。

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