プロローグ 2
プロローグ 突然の出張
誘拐未遂事件から数日後。
王宮内の殲滅兵室にある、僕の執務室にて。
「………ぅ」
差し込む陽の暖かさを感じながら、僕はうっすらと眼を開けた。途端、入り込む眩い光に再び瞼を閉じかける。顔を背けながら部屋に置かれていた大型懐中時計を見ると……時刻はもうお昼過ぎだ。
早朝の狙撃業務を早々に終わらせた僕は時間ができたので、昼寝(?)に興じたのだ。先日の事件の解明に務めなければならないけれど、大方それは騎士団や研究室の魔法士の仕事。何かわかり、明確な脅威が現れたのならば、僕らが対処するけど、それまでは仕事がない。だから暇。
あぁ、そうだ。先日の事件で王女殿下を護りきった功績として、結構な金額の特別賞与をいただきました。ありがとうございます。
本来なら功績を讃えて勲章の授与なども考えられたらしいんだけど、殲滅兵室所属であること、また事件そのものが公にされていないことなので、それはなしとのこと。
僕としては残念どころか、寧ろありがたい。平民の僕が玉座の間になんて行こうものなら変な野次やら脅迫をされかねないからね。
という事情もあり、僕は現在実力の向上ノルマも課せられておらず、且つ懐も非常に温まった素晴らしい状態なのだ。
……また眠くなってきた。最近買った本が面白くて夜更ししがちだったからかな?本当はよくないことなんだけど……止められないね。
まぁ別に仕事もないし、このまま二度寝をすることにしよう。瞼を閉じ、湧き上がる睡魔に身を委ね──身体に何かが巻き付く感覚が。
「え?」
半分夢の世界にいる思考を必死に働かせる間に、身体を締め付ける感覚はどんどん増えて、強くなっていく。若干息苦しい。
身体を起こそうと力を込めても、起き上がることができない。完全に身動きが取れなくなってしまったようだ。
「し、執務室にまで敵が入るように──」
「捕まえた」
戦慄していると、不意に扉が開いてとある人物が入ってきた。光り輝く金髪をサイドテールで纏めた、僕と同じくらい眠そうな女性。髪と同色の瞳が困惑している僕を射抜いている。そして、片手には異様に蔓の長い植物が生えた植木鉢。
「ど、どうしたんですかアリナさん」
口の端をピクつかせながら、ジッと見つめるアリナさんを注視。何でこの人はいつも僕が眠ろうとしている時に入ってくるのだろうか?しかも、絶妙に微睡んでいるタイミングで。もう狙ってやってるよね?いや、今はいいや。それよりもこの状況について説明してほしい。
「なんでここで大地干渉なんて魔法を使ってるんですか。というか拘束解いてください」
「行くよ」
僕の言葉を完全に無視し、横たわった僕を蔓で浮かせたまま運ぶ。このままどこかへと連れて行くつもりかぁ……待てや。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!何処に連れていくつもりですかッ!」
「来ればわかる。黙ってくるの」
「嫌です!行き先を告げてもらわないと行きたくない──っていうかせめて拘束解いて着替えさせてくださいッ!このままじゃ戦うこともできませんよッ!」
「……ワガママね」
どっちがだよ……。
小声で呟きながら、僕は渋々と言った様子で拘束を解いたアリナさんを軽く睨み、クローゼットに収納されている複数(デザイン多種)の魔法ローブの中から一着を手に取り、レイピアを腰に差して執務室を後にした。
◇
「……何があったの?」
室長室を訪れた僕とアリナさんを見て、驚いたような呆然としたような、どちらともつかない表情でミレナさんはそう言った。
その反応をするのは当然か。何しろ、部屋に入ってきたアリナさんが片手に持った植木鉢から伸びる蔓で、僕を宙吊りにしてるんだから。
「?普通に連れてきただけ」
「嘘言わないでくださいこういうの強制連行っていうんですよわかりますか!?」
僕の執務室を出た瞬間、再び蔓を巻きつけてきやがったんだこの人は……。別に何処にも逃げないっていうのに……。
「レイズ。静かに」
「こ、この人はぁぁぁぁぁ」
「あー……OK大体事情は察したわ」
こめかみを押さえながらミレナさんは片手を上げ、アリナさんに僕を下ろすよう指示。と、すぐに拘束が解かれて、僕は盛大に尻もちをついた。
「いってて」
「苦労かけるわね。レイズ君」
「本当ですよ全く……それで、僕がここに連れてこられた理由は何ですか?」
打ち付けた箇所を擦りながら問うと、ミレナさんの代わりに、アリナさんが口を開いた。
「これから7日間、私と出張」
「…………はい?」
「省略しすぎよアリナちゃん」
困惑する僕に、ミレナさんが説明。
「王国東部の領地が、非常に広大な農業地帯であることは知っているわね?」
「え、えぇ」
「その農業地帯の一部で、作物がある日突然枯れ果て、一切育たなくなってしまったのよ」
「一切、ですか」
それはかなりの問題だ。王国東部というと、国内の食料供給の柱となっている大切な場所。そこで作物が育たなくなるということは、民の生活に直結する。早急に原因を調査し、問題解決に図らなければならない。
「それで……アリナさんと僕が?」
「えぇ。数時間後に向かってもらうつもりよ。土地の専門家は既にあちらの屋敷に到着しているそうだから、安心して」
「私達が行く意味、ない」
ムスッと不機嫌そうに不満を述べるアリナさん。苦笑を漏らしながら、ミレナさんが宥める。
「そう言わないで、アリナちゃん。この問題は、恐らく作物が生えている大地に問題があるのかもしれない。貴女の大地干渉なら、色々と調べることもできるでしょう?」
「………面倒くさいけど、仕方ない」
ため息を吐いたアリナさんに変わって、僕が質問。
「あの、僕が行く理由は?土地に関しても知りませんし、役に立てることなんてないかと思うのですが」
「勿論、そういうわけではないわ。貴方に向かってもらう理由は──万が一のことを考えてよ」
「万が一?」
首を傾げる。
万が一とは……一体どんな事情が?
「先日も、危険種であるオルトロスが操られて、王国に進行してきたわ。あんなことがあったばかりだし、念には念を入れておくべきだと思って」
「それは、つまり──」
「その可能性も否定するわけにはいかない。いえ、寧ろ最も警戒しておくべきことだと思うの」
「わかりました」
頷きを返す。
そうだ。まだまだ解決していないことがたくさんあるのだから、あらゆる可能性も否定してはいけない。どんな事態でも対応できるようにしなければ。
となれば、一旦下宿に戻って準備をしないと。七日分……生活必需品があればいいか。あんまり大荷物で行くのもあれだし……そもそも大荷物になるほど持っていくものなかった。
「それで、どこに泊まるんですか?東都にある民宿にでも?」
「違うわ。もっと凄いところよ」
「凄いところ?」
何処だ?東都にある最高級ホテルは凄いと聞いたことがあるけれど、もしかしてそこか?いや、寧ろ平民の僕には格が違いすぎて落ち着かなくなるんですが……。
と、諸々の可能性を考えていると、ミレナさんがフッと笑った。
「調査中は、東都の領地を治める大貴族──フロレイド=オーギュスト公爵が、屋敷の別館を使わせてくださるそうよ」
「公爵様の、お屋敷ですか!?」
「どうでもいい。早く終わらせる」
驚く僕とは対称的に、アリナさんは興味なさげだ。滅多に……いや、一生に一度あるかないかの機会なのに。
「アリナちゃん。くれぐれも公爵様にそんな態度を取っては駄目よ?」
「キャラ作るから大丈夫」
「本当に大丈夫かしら……」
心配そうにするミレナさんを見やり、複雑な笑いを返す。確かに心配だ。ちゃんとした態度を取れるのだろうか?
しかし、オーギュスト公爵か……。
何だか聞いたことのある名前だけど……何処で聞いたんだっけ?
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