第26話 布石は最後まで勝つ執念のあるものが打つ

「──くッ!」


迫りくる光の奔流をギリギリのところで跳躍し、回避。が、着地点は屋根の上ではなく、遥か下にある石畳。

咄嗟に耐衝撃魔法を脚に付与し、衝撃を和らげる。

まぁ、どっちみち痛いことに変わりはないんだけど。軽減されていようと、多少の衝撃は受ける。そして、それは確実に傷口に響くんだ。

周囲を確認。この場所は……上出来。

思ったより血を失っていたようで、力が抜けてしまった。


「レイズ様ッ!!」


殿下がその場に崩れ落ち、住宅の壁に背中を預けた僕に心配そうな声を掛けてくる。ぼ、僕じゃなくて、自分の心配を……無理な話か。

こんなに血だらけで満身創痍の状態になっている人を見れば、誰だって心配する。僕だってそうだ。


「……殿下。大丈夫、心配しないで下さい。まだ、生きていますから」

「ぜ、全然大丈夫そうに見えないですッ!」


慌てた様子で治癒魔法をかけてくれる。けれど、今大事なのは体内の血液の量だ。治癒魔法では傷は塞がったとしても、失った血液は元には戻らない。これ以上の出血を押さえる効果は期待できるけれど、全快するわけではない。


だけど、ないよりは全然マシ。……最後の一撃を放つ程度には意識を集中できるようになった!


「──指光弾」


指先を優雅に地上へと下りてきたアルセナスへ向けて、円錐状の光を幾つも射出。それは落下の衝撃緩和に気を取られた奴の心臓部に、真っ直ぐと向かっていき──。


「小賢しい」


あっさりと剣で弾かれた。と、同時に力強く踏み込んだアルセナスは、手にした剣を僕の腹部へと突き刺した。


「ヵ──ハ」


叫びにもならない、空気が喉から漏れるだけの音が聞こえる。激痛が全身に伝わり、患部が異様に熱くなる。視界が霞んできた。ただでさえ少なくなっていた血を、更に失ったのだ。無理もないな。


殿下の悲鳴が聞こえた。


「レイズ様──ッ!!もうやめてアルセナスッ!!」

「王女殿下。これは戦いなのです。慈悲はありません」


無造作に引き抜かれた腹部からゴポリと血が溢れる。脱力し、身体に力が入らない。生きているとはいえ……半分死人みたいだな。一応バレないよう、少しずつ傷口を塞いでいく。

ここまで負傷したのは、初めてかな。だけどまぁ、仕方ない。これも仕事だからね。


「さて、王女殿下。これで邪魔者はいなくなりました。俺と共に来てもらいます」


僕が死んだと思ったのか、アルセナスは殿下に向き直り、手を差し出した。

けど、王女殿下は……視線を鋭くして、睨み返す。


「アルセナス……なぜ、こんなことを?」

「……」


殿下の問に、アルセナスは顎に手を置いてしばらく考えた後、フっと笑って口を開いた。


「──占有魔法ですよ。殿下」

「え?」

「俺は……いえ、俺のは、貴女が持つ心眼しんがんの魔法式を欲されています。の願いを成就するため、俺はこうして任務を遂行するのです」

「主?……彼?な、何を言っているの、アル?それに──その身体の紋様は?」

「紋様?殿下はどうかなされたのですか?そんなもの、私には……」


異常だ。明らかにおかしな状態になっている。

アルセナスは言葉を──殿下を狙う理由を語り始めた途端、あのゾンビたちのような、何処か虚ろな表情になり、服に隠れた首元から不気味な黒い紋様が浮かび上がり、顔を這うように侵食していく。あれは、魔法式……だと思う。見たことはないけれど、恐らくはそうだろう。


そして、確定だ。

アルセナスは、他の者たちと同様に操られている。自分の身体の変化に気がついておらず、ただ命じられた目的の遂行のために動いている。

気になったのは、今の台詞だ。

狙いは占有魔法。主と呼ばれる者の存在。彼ら、と複数人いることを示唆した言葉。考えることは色々と──うッ!


「ゴホッ、ケホッ」

「まだ生きていたか……」


再び剣を携え、僕に向かって歩いてくる。


「やはり、腹に穴を開けた程度では駄目だったようだな」

「じゅ、十分死にかけなんだけど、なぁ」


掠れた声で言うと、僕の胸ぐらを掴みあげて、首筋に剣を当て、服の襟元を切り裂いた。

僕の白い肌が顕になり、僕にかけられた誓約ギアスの魔法式が見える。微かに、本当に微かに明滅を繰り返すそれを見て、アルセナスが顔を顰め、殿下が口元を押さえて目を見開いた。


「これは……誓約の魔法式。だが、見たことがないな。何が刻まれているんだ?」

「……答える気は……ない」

「そうか……気になるが、まぁいい」


掴んでいた胸ぐらを離して、僕を仰向けに横たわらせる。腹部の傷口がとてつもない痛みを発した。

いや、今はそれどころじゃないか。このまま何も無ければ、眼前で振りかざされる剣によって、僕の首は両断されてしまう。

そんなことを他人事のように考えていると、殿下の叫び声が。


「アルッ!やめてッ!その人は……その人を殺してはッ!」

「残念ながら殿下。彼は俺の敵なのです。殺し合いに負けたものは、死ぬのみ」

「そんな……」


殿下は膝からその場に崩れ落ち、大粒の涙を流しながら何かを呟き始めた。俯いた表情は悲壮そのもの。


その姿を視界に収めた瞬間──脳裏に、何かとても熱いものが生まれる感覚が走った。


その感覚は、同様に首筋にも感じる。次いで、電流が走ったかのような痺れ。だけど、嫌な感じはなく、何かが蘇るような……。


泣き続ける殿下を再び見ると、変化に気が付いた。

彼女の銀であった瞳が、心眼を発動させている状態の翠色に変貌し、その輝きが増していることに。と同時に、脳裏に浮かんだのは──。


けれどその変化を驚く前に、僕は思った。

あぁ、こんな顔をさせてしまうなんて、駄目な魔法士だなぁ、僕は。

眼前のアルセナスは勝利を確信した笑みを浮かべ、僕の首に刃を当てていた剣を持ち上げ、振り下ろす構えを取る。


「駄目えぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」


悲痛な叫び。

確かに数瞬後には、頭の中に浮かんでいる光景が現実となるだろう──


「大丈夫ですよ、殿下──いえ、様。既に布石は打ってあります」


僕がそう言い、アルセナスが訝しげに眉を顰めた──瞬間、光が過ぎった。


「ぐあ──ッ!」


宙を飛ぶ鮮血。命中した。

アルセナスは振り上げていた剣を落とし、今しがた腕に風穴を開けた原因の飛来した方向を振り向く。と──驚愕に目を見開いた。


「あ、あれは──ッ!」

「僕が何の考えもなしに、直線でお前に命中、させるためだけに魔法を使っていた、とでも?そんなわけは、ないだろ……」


視線の先にあったものは、僕が序盤に使った魔法──氷結晶で凍りついた住宅の壁。加えて──先程僕が連射し、お前が弾き返した指光弾だ!

飛び退こうと屈めた足を凍らせ、固定。逃さない。


「お前は言ったな?状況や、場所に合わせて最適な戦い方をする、と。何もそれは、お前だけに当てはまるわけじゃない……」

「ば、馬鹿な……そんなことができるはずが」

「残念だけど」


起き上がり、親指を下に向けて舌を出す。下品だけど、これくらいは許してほしいな。

命がけの戦いに、たった今勝ったのだから。


「相手が悪かったね。僕は、どんな状況や地形だろうと魔法を命中させる──狙撃者スナイパーなんだ」


氷の鏡を反射した幾つもの光弾が、無防備になったアルセナスを襲う。

的確に、それでいて急所を外すように狙いを定めて。剣を落とし、逃げることもできない。

相手はもう何もできないと確信し、勝利に気を緩めたのが運の尽きだ。予期せぬ場所からの、光速の攻撃。防ぐことはできない!


「ゴ──ハッ」


アルセナスは幾つもの孔を穿たれ、血を吐いて倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。

僕もこんな風に寝転がりたい気分──じゃないな、横になって安静にしないといけない状態だ。けど、それはもう少し後になりそうだ。


駆け寄り、抱きついてきたリシェナ様を慰めないといけないからね。


「……う……っ……よか……った」

「すみません。思ったより手こずってしまって。心配させてしまいましたね」


頭を撫で続ける。せっかくのお召し物が僕の血で汚れてしまわないか心配だけど……ここで離れてくれって言ったら怒るだろうな。王家の言葉が始まる時間も迫っているし、早く王宮へ行かないと。僕の傷の処置もしないといけないし、というか、やばいな。刺された箇所は凄いことになってるし、他の切り傷からもだいぶ収まっては来ているのだけど出血が見られる。肌がいつもより白い。


「一先ず、治癒魔法で傷口を──」


腹部の傷口に手を当て、簡単な手当をしようとした時、僕の身体全体を温かな光が包み込んだ。

これは……案外、早く来てくれたな。


「あぁ、いいタイミングでしたね。ミレナさん。丁度死にかけていたところでした」

「何を勝手に死のうとしてるのよ。まだまだやってもらわないといけない仕事がたくさんあるんだからね」

「いや少しは心配をしてください」

「そうね。心配したわ。私達の仕事が増えることを」


酷い。血塗れの部下を見てこの反応なんて……本当に就職ミスったかな?傷を治してくれただけありがたいんだけど。

あぁ、やっぱり痛みがない状態って最高だな。改めて実感するよ。


「でも、任務を完遂したことは、素直に称賛するわ。よくやったわね」

「ありがとうございます。ミレナさんがここに来るってことは、もう自体は終息したようですね。ゾンビ兵も、片付きましたか」

「えぇ。ほとんどね。エルトくんとアリナちゃんが3分くらいで片付けちゃったわ。序に街の路地に隠れていた伏兵も含めて全部ね」

「仕事早すぎでしょ……」


絶対に護衛は僕じゃなくてあの二人のどちらかがやったほうがよかった。多分、アルセナス相手でも2分くらいで終わってたよ。


「んじゃ、後は殿下を王宮に送り届けて終了ですね。はぁ、やっと終わった。早く帰って紅茶を──」

「ほとんど、って言ったわよね?」

「?まだ何か残って?」

「残ってる……というより、新しく生まれたって言ったほうがいいわね」


新しくって……ゾンビ兵がまた湧いて出たとか?それならあの二人に任せてしまえば……。と思ったけど、ミレナさんは腕を組んで僕に命じた。


「追加任務よ。貴方はこれから王都南部に出現した危険種──オルトロスを討伐しなさい。拒否権はなし。貴方なら──数分もかからず片付けられるでしょう?」

「………はい」


横暴って言葉を辞書で引いてください、室長。

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