第25話 戦いの行方

「フッ、身体強化で逃げきろうとしても無駄なことだ」


再び投擲された幾つものナイフを周囲に展開した蒼電で軌道を変化させ、最低限急所に当たらない程度ように逸らす。数本のナイフは僕の肌を掠め、ローブを切り裂いて背後へと飛んでいった。殿下に当たらないよう調整しつつ。


「ぐッ……」


靴音を響かせながら近づいてくるアルセナスを一瞥し、僕は脇腹に突き刺さったナイフを一息に引き抜き、患部に治癒魔法をかける。他の切り傷は無視。

傷口を狭める程度の応急措置ではあるけれど、ないよりはマシだ。


「だ、大丈夫ですかッ!?」

「ご心配なく。急所は外れています。それより──」


指先から光の矢を射出し、アルセナスへと目掛けて発射。が、命中する寸前で剣の切っ先で弾かれ、背後の住宅の窓ガラスへと着弾、反射し、明後日の方向へと飛んでいった。

この至近距離で、高速の光魔法を弾くか……。それに、ナイフの投擲技術も半端ではない。


「……騎士は剣しか使わないと、勝手に考えていたよ」

「状況や場所に合わせて最適の戦いをするのが騎士だ。そのために、如何なる武具も道具も使いこなせるようにするのは当然だろう?」

「その通りで……」


ナイフを使ってくるなんて聞いてないよ……。

騎士なんだから王道の剣だけで戦ってほしかったな……いや、誰かを守るという点では素晴らしいことなんだけど、敵となった今、本当に厄介だ。


「さぁ、どうするのかな?お得意の遠距離魔法は、至近距離で使えば軌道を読まれやすく扱いにくい。加えて、負傷もした。王女殿下を引き渡す気にはなったかい?」

「……そうかも、しれない」


アルセナスの言うとおり、状況は最悪だろう。負傷した状態で殿下を守りつつ戦うなんて、不利もいい所だ。先程彼が言ったとおり、殿下を引き渡しさえすれば、任務は失敗すれど、僕の命は助かる。損得勘定で言えば、彼の言うとおりにするほうが得だろう。


「……だけど、さ」


ちらりと、背後で不安そうに僕を見る殿下に笑いかけ、笑みを浮かべたまま正面へ。


「か弱い女の子を見捨てるほど、屑に成り下がるつもりはないんでね。それと、もう勝った気になっているのかな?戦いってのは、最後の最後まで油断してはいけないことを、知らないのですか?親衛隊副隊長殿?」

「……残念だ」


ため息を一つ吐き、アルセナスは一歩踏み出す。


「なら、その命を散らして、俺は王女殿下を連れ去るとしよう」


魔力を込め、レイピアを抜き放ち魔法を発動。

最初から全力。時間はあまりない。持てる魔力を用いて、短時間で終わらせるッ!


「──氷結晶ひょうけっしょうッ!」


掌ほどの大きさをした氷の結晶を生み出し、アルセナスへと向け射出。その周囲の空気に含まれる水分を凍結させながら回転し、突き進む。


水属性遠距離上級魔法──氷結晶。


この魔法自体に殺傷能力はない。

目的は、あくまで拘束。着弾と同時に波状に氷が広がり、身動きをできなくする魔法だ。

事前の情報か、はたまた直感か、アルセナスは剣で弾くことなく横へと踏み出して躱す。氷は背後──かなり遠くの住宅の壁に着弾し、広面積の壁に凍りついた。


「チッ!そこは剣で斬ってほしかったな!」

「嫌な予感がしたんでねっ!──光刃こうじん!!」


アルセナスの手にした片手剣に光が走り、全力でそれを振るう。刀身から光の斬撃が生まれ、僕を両断せんと迫りくる。凄まじい速度。

僕もレイピアの刀身に光を這わせ、振るって斬撃を打ち消す。同時に、足元を起点として広範囲に氷結路を発動し、炎属性近距離初級魔法──地熱を発動。氷は一瞬で熱され、蒸気となり辺りを白い霧が覆う。一気に視界は悪くなった。

この隙きに、殿下を抱えあげて跳躍──再び屋根の上を駆け抜ける。

あの場所にさえ行けば、勝つことができるッ!この機会を逃すわけにはいかない!


「殿下、もう少しの辛抱です。騎士団の常駐所までは後少し。必ず、貴女を送り届けてみせます」

「は、はい……ッ、レイズ様、ち、血が……」


殿下が青ざめた様子で、腕に手を触れてくる。どうやら、先程切られた傷口からの出血が酷くなっているようだ。だがま、走れているから問題は──何をしているのですか?殿下。


「あ、あの?」

「私、こう見えて治癒魔法が使えるんです。この程度の傷、治してみせます」


と言って、殿下は片手を僕の傷口の一つに触れさせる。と、暖かな光が灯り、痛みを発していた傷がどんどんふさがっていく。僕の使える治癒魔法よりも、数段上の治癒魔法のようだ。痛みが引いて、大分楽になる。


「ありがとうございます。殿下。まさか、これほどの魔法が使えるとは」

「少しは、お役に立てましたか?」

「えぇ、とっても──ッ、流石に甘かったか」


後方より投擲されたナイフを確認し、立ち止まることなくそれを躱す。が──。


「な──ッ!」


躱したはずのナイフは前方で進行方向を変化させ、再び僕に向かって飛来。躱しきれず、太ももに深々と突き刺さった。


「──ッ、自動追尾の魔法か!」

「その通りだ」


僕らのいる住宅の屋根に飛び乗ったアルセナスは、僕の言葉に肯定の意を示した。


「以前、王宮別館の屋上にいた君に向けても使ったんだが……覚えていないのか?」

「……あれは、貴方が?」

「普通に考えて、あの距離までナイフを飛ばすことができる者がいると思うのか?確かにあの男の投擲技術も高いが、俺はそれ以上だ」


思い出してみると、確かに不自然だった。あそこまでの距離、絶対に普通じゃ届かない。

あの男、代わり身だったのか……。アルセナスが投擲したと悟られないための、影武者。


「さぁ、もう足は負傷したぞ?先程から目指している常駐所まで、およそ800メーラだ。その脚でどれくらいの時間がかかると思う?君が到着する前に、君を倒すほうがよほど簡単だ──っと、そろそろ王家の言葉が始まる時間のようだ」


アルセナスは胸元から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。と、遠くで花火が打ち上げられ、上空で爆発する音が聞こえた。


「終わりだな」


言って、近づいてくる。

僕は全身に傷を負って血だらけ。対して、アルセナスは無傷の健康そのもの。どちらが有利かは明白。


「防ぐなよッ──光剣こうけんッ!」


彼は剣を両手で上段に構え、一息に振り下ろしてきた。剣筋から出現する弧の字を描いた光の奔流。

屋根瓦を削りながら迫るそれを前にし──僕の視界は一瞬、光で満たされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る