第23話 交わした約束
王宮に務める宮廷魔法士たちが所属している部門は、正確には部署だけではない。
部署は主に書類仕事を担当する、謂わば机に向かって行う仕事を担当する部門。
そしてもう一つある部門──
部署は○○○部、部屋は○○○室といった名称がつけられている。
関係ない話だけど、騎士団は正確には部屋ではないが、隣国である帝国の軍に相当する武装勢力だ。剣と魔法のどちらも平均以上の実力を持つものが所属している。家柄のいい貴族も多数所属しており、僕はあんまり近づきたくない。団長には気さくに話をすることができるけど。
そして、僕が所属する──殲滅兵室。
以前にも軽く説明をしたけれど、僕らは宮廷魔法士の中でも少し特殊な立場にある。
非正規のルートで宮廷魔法士へと強制的に就任させられた、イレギュラーな存在。
人外の魔法力を持ち、いずれ王国の脅威に成りうる可能性の高い人物を王国の元で管理する。
この殲滅兵室が作られた理由はこれだ。
野放しにされていた狂犬を檻の中にいれた、と考えてもらってもいい。異常な力をもつ狂犬を飼いならすことができれば、有能で忠実な犬へと変貌する。僕が宮廷魔法士にスカウトされた時、そんな裏の事情があることは全く知らなかった。スカウトというより、強制的に連行された感じだけど。骨を四本折られました。
異常な魔法力を持つ者が集められた殲滅兵室に属する者に与えられた仕事はただ一つ。
王国、又は王家に仇なす脅威が現れた際、命を賭して守護せよ。
首輪をつけるものの、人並みの自由を与える代わりに、いざという時は国や王家のために死ね。というものだ。
記憶から名前を消去する
だから、力がある少数の者たちは、力を持たない多くの者たちの言いなりになるしかない。
◇
「……知っていたの、ですか?」
見開いていた目をスッと細め、若干掠れた声を絞り出す。僕の所属を知っていたのか?ということではない。殲滅兵室の存在事態を知っていたのか?という問いだ。
以前、アリナさんから王女殿下は誓約のことを知らないはずだと聞かされていたから、てっきり部屋の存在事態知らないものだと思っていたのだ。
僕の問いに対して、殿下は頷きを一つ。
「以前、王宮内を歩いている時、宮廷魔法士の方々が噂をされていて……その時に、知りました」
「なるほど……まぁ、情報源はいくらでもありますか」
殲滅兵室の存在は、別に秘匿されているわけでもない。寧ろ、他の部門とは全く違う異質な部屋としてそこそこ有名なくらいだ。
だけど、この国の王様は僕らを恐れているようだし、実の娘である王女殿下が知ることのないように配慮しているものだと思っていたのだ。
この際だ。打ち明けてしまおう。別に隠すつもりもなかったけど。
「殿下の仰られた通り、僕の所属は王国殲滅兵室。王国に兵器として管理されている、魔法士です。ちなみに、どの程度僕らについてご存知ですか?」
「えっと、そこまで詳しくは知らないです……」
「知っているだけで構いませんよ」
殿下がどの程度の情報を持っているのか。それが重要。立ち止まって話をしているが、今は殿下が狙われた危険な状況。一刻も早く安全な場所に避難してもらわなければならない。まだどれくらいの敵兵力が残っているかわからないしね。
「……他の魔法士たちが太刀打ちできないほどの、圧倒的魔法力を持った者たちの集団であること。彼ら全員が本気で戦えば、災害級の被害をもたらすであろうこと、くらいでしょうか?」
「なるほど」
大袈裟……ではない。大体は合っているかな。僕以外の人たちが圧倒的技量を持っていることに嘘はないし、本気で戦えば災害級の被害が出ることも。特にエルトさんとアリナさんの魔法は……危険だな。
とりあえず、僕らにかけられている誓約については何も知らないことがわかった。うっかり名前を言ってしまわれても困るし、先に念を押しておこう。
「殿下。一つだけ、僕と約束をしていただけないでしょうか?」
「約束……ですか?」
「はい」
きょとんとする殿下に微笑む。
「今後──いえ、少なくとも此度の騒動が収束するまでは、僕たち殲滅兵室の者たちに、貴女の名前を教えないでください。詳しくは話すことはできませんが、とても重要なことです」
「?名前なら、以前レイズ様に……」
「はい。当然覚えております。ですが、今この状況で貴女の名前を口にするわけにはいかない。極力、ここに貴女がいるということを周囲の人間に知らせるわけには行かないのです。バレれば、かなり面倒なことになりますから」
頭を下げ、頼み込む。
無論、殿下は僕の言葉が嘘であることは見抜いているだろう。
殿下には、彼女の占有魔法である
覚えているという嘘も、今、名前を教えてほしくない理由が本音ではないことも。
だけど、バレているとわかっていても、言わなければならないのだ。万全の状態で、殿下を守るために。
「………」
殿下は何も言わない。
少しショックを受けたような表情で、僕を見つめ続けている。
僕は心の中で、彼女に対し何度も謝罪を繰り返す。折角教えて貰った名前を覚えることができず、申し訳ありません。と。かなり心が痛むなぁ。
数十秒ほどした後、不意に殿下はため息を一つ零した。
「……わかりました。私は安全な状況になるまで、自分の口から名前を言いません」
「ありがとうございます。では──」
「ただし!」
僕の声を遮って、人差し指を僕の口元に当てながら、寂しそうな表情で言う。
「終わったら、本当の理由、教えて下さいね?」
「………心を傷められるかもしれませんよ?」
「覚悟の上です。寧ろ、そのような内容ならば、私は心を傷めなければならないでしょう。人を傷つけてしまったなら、同等の痛みを自分も味わうべきです」
「………お約束致します」
深々と頭を下げ、胸に手を当てる。
どうやらこの王女殿下、相当肝が据わっているようだ。
王都の南側を見やり、促す。
「さて、急ぎましょう。騎士団の方々がいらっしゃる場所まで。僕が抱えて、走りますから──」
「その必要はない」
突然聞こえたその声に、反射的に振り返る。すると、こちら目掛けて鋭利なナイフが飛来しているのが目に入った。
「──ッ!!」
とっさに殿下を抱きかかえ、離脱。飛来したナイフは石造りの屋根に深々と突き刺さる。切れ味は相当のもの──魔法が付与されているのか。
飛んできた方向へと視線を向けると、そこには一人の長い金髪を輝かせる、長身の男。
腰から下がるは騎士の剣。纏う衣服は王家親衛隊の、紅白の入り混じった制服。胸元には……親衛隊副隊長の証である双剣のブローチ。
「やっぱり、来ると思ったよ」
「真打ちは最後に登場するものだと、相場が決まっているだろう?」
「ぇ?……嘘、でしょう?」
殿下が口元を抑え、荒く呼吸を吐かれる。
僕らの目の前に現れたのは、僕が最も警戒していた、消えた親衛隊の隊員。見ていないとは思っていたが、まさか、この時を狙ってくるとは……。
「アルセナス=クロージャー……」
「自己紹介は必要ないか。話が早い。お久しぶりでございます、王女殿下。お元気そうでなによりでございます」
失踪した王家親衛隊副隊長──アルセナス・クロージャーは不敵な笑みを浮かべながらそう言い、恭しく一礼をしてみせたのだった。
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