第22話 僕らの部署
僕は殿下を横抱きに抱えながら、たった今殿下を連れ去ろうとしていた騎士の男を睨みつけた。
「王家を守る騎士ともあろう方々が、あっさりとやられてしまうなんて情けない話ですね」
「………」
威圧して言うが、騎士の男は何も答えない。いや、答えるように命令をくだされていないのかもしれないな。大方命令されているのは王女殿下とのやりとりだけだと推測。
殿下の手首を掴んでいた青白い手は、腕半ばから吹き飛ばされ、千切れ飛んだ先が石畳の上に転がっている。出血は……異様に少ない。それに、男の方も全く痛がっている様子がない。つまりは……そういうことなのだろう。
「殿下。お怪我はございませんか?先程、足を打ち付けているように見えましたが……殿下?」
「───ッ、は、はい。その、少し擦りむいてしまった程度で、も、問題はない、です」
それを聞いて、ホッとした。もしも叩きつけられた衝撃で骨でも砕けていたら大変だ。若干殿下がしどろもどろになっているところが気になるけれど、恐怖心が抜けきっていないからだろう。彼女は戦闘の経験など皆無の、普通の女の子なのだから。
殿下から視線を外し、僕らを取り囲んでいる騎士達を見回す。生気の感じられない不気味な表情が僕ら──いや、正確には腕の中にいる殿下を見つめてこちらに寄ってくる。
ここは、一旦離脱するのが得策だろうな。
「殿下。時間がないので簡単にご説明を致します」
「は、はい」
「貴女の感じた違和感は大当たりでした。彼らは既に正気は……いえ、既に命はなく、術者が刻み込んだ精神支配の魔法に従って行動するゾンビ兵となっています。」
「そ、それは……」
「はい。数日前から度々話題に上がっていた親衛隊の失踪事件の真相です。推測ですが、何者かが親衛隊の宿舎に忍び込み、寝込みを襲撃。殺害した彼らの肉体に精神を支配する魔法を刻み込んで、ゾンビ兵を作り上げた。流れ出る血が異様に少ないのは、殺害された時にほとんどの血が失われたからでしょう。明らかに、事前に聞いていた人数を超えていますが……。全く関係のないゾンビ化した人に、スペアの制服を着せたのでしょう」
殿下は無言で下唇を噛み、悔しそうに拳を震わせる。その気持ちは、僕もすごく理解できます。国や人を守る名誉ある騎士にこんな酷いことをするなんて……吐き気がする。
だが、既に助けることはできない。ならばせめて、あの世に行けるよう、再び死なせてあげることが、僕らができるせめてもの弔いだ。
だけどここで一つ、問題が。
「ここで倒したいところなんですが……多分負けますね」
「へ?」
きょとんとした表情の殿下。大変可愛らしいですが、今は見惚れている場合ではないので反応はしません。
「実は、僕は近距離での戦闘が非常に苦手でして……僕らを囲んでいるのは、死んでいるとはいえ実力を認められて親衛隊になった強者。恐らく、真正面から戦えば負けます」
「で、では、どうするのですかッ!?」
殿下が叫ばれたのと同時に、騎士の一人が剣を振りかぶって襲いかかってきた。洗練された動き。身体の筋肉の使い方をよく理解している。やはり、戦闘技術はそのまま継承されるようだ。
僕の首を斬り飛ばさんと迫りくる剣へと視線を向け、フッと笑う。
その瞬間──とてつもない熱を発する炎の龍が、僕に迫っていた騎士を剣もろとも焼き払った。
「言っていませんでしたか?ここからは、僕らが貴女をお護りしますと」
石畳が踏み鳴らされる音。
人数は、二人。
「何を余裕ぶって突っ立ってるんだ?俺が防がなかったら死んでたぜ?」
「危機感がない」
緊張感のない余裕のある声。
そちらを振り向き、苦笑を漏らす。
「お疲れ様です。二日酔いはもう治りましたか?」
「あぁ、もうすっかり治ったぜ?」
「あの漢方凄かった。取り扱っている店を後で教えて」
「はいはい。掃除してからですよ?」
お喋りしながらも僕は騎士のいない二人の後ろへと歩き、二人は入れ違いで騎士たちのいる方へと向かう。
近距離戦は、あの二人の超得意分野。ここは任せる。
「じゃあ、後はよろしくお願いします、僕は殿下を安全なところまでお連れしますので。くれぐれも──負けないでくださいよ?」
僕が挑発するように言うと、エルトさんは炎の龍を虚空より顕現させ、アリナさんは石畳を突き抜けて生えた植物の虎を生み出した。
そして、好戦的な笑みとともに、僕をちらりと見る。
「負けるかよ。こんなゾンビ共に」
「5分もいらない」
「……流石です」
頼もしいことだ。今朝のだらしない二日酔いの姿が嘘に見える。普段からこんなにカッコ良ければ、もう少し尊敬の念を抱くんだけどなぁ……。
ともあれ、彼らが時間を稼いでくれるのなら上等。何も心配はいらない。
殿下を抱えたまま駆け出し、身体強化の魔法を発動。民家の壁から壁へと移動し、屋根の上へと着地。再び足に力を込め、高い足音を立てながら月下の瓦を踏み、駆け抜ける。
「しばらく我慢してくださいね?すぐに安全な場所に送り届けますから」
「は、はい……その、ずっと、このままでも私は………」
「え?」
「な、なんでもありません!」
言って、殿下は両手を胸の前に抱えたまま、黙り込んでしまった。男にお姫様抱っこ(事実)をされて、緊張しているのかもしれない。はは、僕もこうやって抱きかかえるのは貴女が初めてですよ(笑)。視線を下へ向けると、路地裏に親衛隊の制服を来た騎士の姿。表情は虚ろで、どこかを目指しているように見える。まぁ、何処を目指しているのはわかるけれど……行かせません。
「──
以前にも使用した魔法──死針雷。小さな雷が騎士の心臓部を正確に打ち抜き、地に倒れ伏した。更に周囲を探知するが、ゾンビ兵は見つけられなかった。もしかしたら、まだ街中にいるのかもしれない。いるとなれば、非常に処理が面倒になる。……何も僕たちだけが王家の方を守るわけではないな。
通信石を取り出し、魔力を流して耳元へ。
『──はい。ミレナよ』
「レイズです。無事にエルトさんとアリナさんと合流して、王女殿下の救出ができました」
『うん、了解したわ。それと、一つ情報が入ってきたわ』
「?なんですか?」
通信の相手──ミレナさんが真剣な声音で告げる。
『以前貴方とアリナちゃんが回収してくれた魔獣の魔石なんだけれど、内部に妙な魔法式が描かれていたらしいわ』
「魔法式……ですか」
『えぇ。そして、それは先日襲撃してきたという男の心臓にも刻まれていたという話よ。研究室の子が解析結果を教えてくれたの』
「………色々と見えてきましたが、今は置いておきましょうか。まずは、王女殿下の安全が第一です」
『えぇ。あ、それと、ゾンビ化した親衛隊の者たちについては心配しなくて大丈夫よ。騎士団が協力してくれるそうだから』
「わかりました。では、後ほど」
通信を切断し、石をローブへとしまう。
あの四足歩行を確認した直後、僕はミレナさんに連絡を取り、今後の方針を一分ほどで決めていた。アリナさんとエルトさんが颯爽と助太刀してくれたのも、事前の連絡が行き届いていたからだ。やはり、報告・連絡・相談は大切だね。
「あ、あの、レイズ様……」
「?はい」
殿下が恐る恐るといった様子で僕の顔を見て、問うてきた。
「先程の方々は、レイズ様が所属している部署の方、なのですよね?」
「?はい。そうですよ」
突然なんだ?確かに二人は僕の先輩。だからこそ、あそこまで気さくに会話をすることができるのだ。関わりがなかったら、あんな化け物たちと会話することなんてできないよ。
「……あの、圧倒的な魔力と精密な操作。人数の不利をものともしない実力と精神力を持たれている……それって──」
「で、殿下?」
「レイズ様」
僕の腕から下り、殿下は服の乱れを気にすることなく、真正面から僕の目を見据える。
その瞳には、何処か恐れが見え隠れしているよううに見えた。何に怯えているのかは、全くわからな──
「貴方の所属している部署──いえ、部屋は、王国殲滅兵室……ではないですか?」
殿下の口からその言葉を聞いた瞬間、僕は目を見開き、息を詰まらせた。
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