第21話 繋がった疑念
そして、時は流れ。
「──今のところですが、怪しい気配はありません。パレードは順調に進行中です」
『──了解。くれぐれも、周囲の建物や人に危害のないようにお願いね?このところ物騒な事件や、きな臭い出来事が非常に多いわ。不審な者が行動を起こしたら──』
「行動を起こす前に暗殺・秘密裏に処理します。どれだけ遠くに逃げたとしても、確実に仕留めます」
『その意気よ。頼んだわ、我らが
「了解」
ブッと耳元に当てられた通信が切断される音が響いた。即座に耳元から外し、ローブの胸元へと収納する。
現在は陽も沈みかけた夕方。西の空が幻想的な茜色に染まり、数羽の鳥が陽に向かって飛ぶ姿が見えた。
あの後、誰にもバレることなく殿下を彼女の私室へと送り届けた僕はすぐさま執務室に戻り、与えられた護衛の任務に向けて準備を整えた。
今の僕は、何の刺繍も施されていない真っ黒なローブ。腰元に帯刀されたレイピア。足音を消す魔法が付与された専用のブーツ。という完全な戦闘仕様を身に着け、殿下がお乗りになられている馬車を遠くから見守り、不審な者がいないか。また、親衛隊の者たちが不審な行動を取らないかを監視している。
既に不可視化を発動しているため、姿は誰からもみれない。これだけ聞くと、僕が殿下を狙う暗殺者みたいだな。無論、現実は彼女を守る正義の騎士の方ですがね。
「しかし、凄い盛り上がりようだなぁ」
遠くから馬車を取り囲む大勢の騎士や魔法士たちを見やり、その周りから歓声を送る民衆の姿を確認する。
とてつもない熱狂だ。
滅多にお目にかかれない王族──その中でも特に人気の高い王女殿下のお姿を目の当たりにしているのだ。無理もないのだろう。
しかも、その王女殿下は今、正装である水色を基調としたドレスを身に纏っている。
先程の町娘の服装もとても可愛らしかったけれど、着飾った殿下は元の美しさがより一層引き立てられ、目にしたもの全ての心を奪うほどの魅力に溢れていた。
まるで、何時間でも見ることができてしまいそうな、美しい彫刻品のよう。
僕も気を抜けば見惚れてしまいそうだった。が、何とか堪える。王女殿下に見惚れていて護衛に失敗しましたなんてことはあってはならないのだ。
それに、今はただでさえ危険因子が散漫しているような状況。気を引き締めねば。
一旦不可視化を解除し、視覚強化を発動する。距離が離れていたために見ることができなかった、護衛の者たちの細かな表情や動作が見える。
一人一人の瞬きの瞬間や、ピクリと動く首筋の血管。目線の方角など、あらゆる細かい情報が見ることができた。
「………確かに、妙だな」
僕は殿下の近くを護衛している魔法士から、殿下から聞いていた様子のおかしい親衛隊の隊員たちへと視線を向ける。
腰元にぶら下がった騎士の剣が揺れ、皺一つない制服は騎士としての威厳に溢れている。
だが、それらを身に着けている騎士の顔は何処か虚ろで、視線はどこを向いているのか判別できない。僅かに覗く肌も異様に白く、青い血管はぴくりとも動いていないように見える。
明らかに異様な光景だ。
僕から見ると、騎士の方々には大変失礼かもしれないのだが、ゾンビ兵のように見える。彼らからは、まるで生気を感じることができない。言うなれば、すでに死んでいるよう──視覚強化を解除し、視線を左斜め前方の民家へと向ける。正確には、民家の屋根の上でジッと王女殿下を見つめている、四つん這いで這っている気味の悪い人影を。黒い大きな布切れを被ったその人影は身体に魔力を纏っており、まるで獣のように口を大きく開けて涎を垂らし、馬車に乗る殿下を食い殺さんとばかりの視線で射抜いていた。
「──
帯刀していたレイピアを一息に抜き放つ──と同時に、刃から蒼い雷が迸り、バチィっと音を一瞬響かせて対象の人影に向かう。
音に気がついたのか、人影がこちらに顔を向け、赤い目を僕へ。
だが、遅い。
放った雷は既に到達し、頭頂部から身体を真っ二つに両断する。高熱を含んだ雷は肉を焼き、残骸は出血することすらなく屋根の上へと転がる。
完全な絶命を確認し、納刀。
風属性遠距離上級魔法──蒼電刃。
レイピアより迸る蒼い雷が対象へ飛来し、超高温の斬撃となって焼き切る魔法だ。
すぐに殿下の方へと視線を向けるが、特に害はないようだ。今も笑顔を振りまき、優雅に民衆へと手を振られている。とてもお美しいです。
麗しい殿下から小汚く醜い四足歩行の焼死体へと視線を戻す。黒く焦げた肉から煙が立ち込め、気持ちの悪い焼き肉が出来上がっていた。
少し確認しようとその場から跳躍──する直前、死体が被っていた大きな黒い布切れが風で飛ばされ──僕は、大きな衝撃を受けた。
「あれは──ッ!」
目を見開き、呼吸をすることを忘れて死体と殿下を護衛している騎士を交互に見る。
死体が身につけていたのは、王家親衛隊の隊員が着用する赤と白の制服。そして、両断された首筋には先日も見た、精神支配の魔法式が。
疑念が確信に変わった瞬間、僕は──。
◇
「王女殿下。パレード、お疲れ様でした」
王宮の正面玄関前。
パレードが無事に終わり、空がすっかり暗くなった頃、私は護衛の方に労いのお言葉を掛けていただきました。
「ありがとうございます。ですが、労わえるのは護衛の貴方たちですよ。私は馬車に乗って民衆に手を振っていただけです。他の方々は、馬車を守り、王都の長い通りを歩いてらっしゃたのですから」
「いえ、我々騎士は王家の方々をお守りするのが
「……えぇ、ありがとう」
滑らかな動作で頭を下げる騎士様。ここは純粋にありがとう、と言わなければならないのでしょうけれど……なんでしょうか、この嫌に心がざわつく嫌な感じは……。
「王女殿下。お言葉を述べられるまで、まだお時間がございます。民の間別室にて、お休みになられては如何でしょうか?」
「え?」
何を言っているのか、と一瞬耳を疑ってしまいました。
民の間、というのは、王宮内に存在している中央広場を一望できる大きなベランダのことです。そこは代々王が王都の民たちに言葉を投げかける際に使用されている伝統ある場所。その隣には、控室のような休憩できるスペースがあるのは知っています。ですが……。
「あの、私はいつも私室で休んでいますので、そちらに向かおうかと……」
「いえ、別室にてお休みください。護衛の関係上、そうしてもらわなくてはなりません」
感情の籠っていない声で言いながら、騎士の方は腰の剣をゆっくりと引き抜いていました。
絶句し、思わず周りを見渡すと、他の騎士の方も同様に抜刀し、私に向けて切っ先を突きつけています。近くには、私の護衛を担当する予定だった魔法士の方々が血を流して倒れていらっしゃいます。
「な、にを──」
「さぁ、殿下。こちらへ」
ジリジリと寄ってくる彼らから後ずさりながら、私は震える手を自身の胸へと押し当てます。この状況、絶体絶命。助けに来てくれる人は周りには見えません。そして、私一人に、この状況を打開する術は──手首を掴まれ、力強く引っ張られました。思わずその場に倒れ込み、痛みの走った膝に手を。血が滲んだ患部を気にする間もなく、私は地を引きずられて行きます。
為す術は、ありません。
やがて私は、抵抗することすら諦め、目を閉じ──突然、私の手首を掴んでいた手の力が緩まり、いえ、完全に消えました。
次いで、ふわっと優しく抱きかかえられ、風が肌を撫でる感覚。そして──優しく耳元で囁かれる、澄んだ綺麗な声が。
「申し訳ありません、殿下。遅くなりました」
そっと目を開けると、そこには藍色の髪と、同色の瞳をした美形の少年。細められた目は、心配そうに私を見つめていました。
「れ、レイズ様……」
「はい。怖い思いをしましたね。ですが、もう大丈夫ですよ。これからは僕が──いえ、僕らが貴女をお護り致します」
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