第20話 お悩み相談

その後、僕らは通りの屋台に売られている食べ物を堪能しながら祭りを楽しみ、休憩がてら個室のある喫茶店に入っていた。

木を貴重とした店内には落ち着いた音楽が流れており、木材独特の自然な香りがとても心地よい。普段はお客も多くいるのだろうけど、今日は皆祭りの方に出向いてしまっているためか、お客は少なかった。あまり目立ちたくない僕としては都合がいい。


「楽しめていますか?」


机上に置かれた紅茶の入ったカップに手を伸ばしながら、正面に座る殿下へと尋ねる。

個室なので人に見られる心配はないのだが、念の為認識阻害は発動したまま。用心はするにこしたことはないからね。


「はい。こうして伸び伸びと自分の好きなように行動して、食べたいものを食べて……とっても楽しいです」

「それはなによりです。僕も、殿下とこうして祭りを楽しむことができて、とても嬉しいですよ」

「ふふ。それはないより、です♪」


僕の言葉を真似したのかな?笑顔がまた綺麗だ。普段からその美貌は王宮内で耳にしているけれど、目の前で笑顔を見せられると破壊力が半端じゃない。だけど、ここで鼻の下を伸ばすようなことは絶対にしない。だらしない男に見られたくはないからなッ!


「それにしても、お迎えに上がった際、その服装を見た時は少々驚いてしまいました」

「に、似合わないですか……?」


不安そうにさーっと顔を白くする殿下。僕は笑って、本音を口に。


「大丈夫です。大変お似合いですよ。普段お召になられているドレスも美しいですが、町娘のお姿も、非常に魅力的です」

「ほ、本当ですか?」

「えぇ。寧ろ、今のほうが僕好みではありますね。平民階級ですので、上流階級の方々の服装が見慣れていないというのもありますが」

「い、今のほうが……」


身に纏う町娘の服装を見下ろし、何かブツブツと小声で呟いている。まぁ、今後は二度と着る機会はないだろうから、今の内に普段と違う服装を堪能しておきたいのだろう。珍しいことをしたがるのは上流階級の方々の習性とも言える。


それと、僕が殿下に申し上げたことは事実だ。平民階級の僕に貴族の方々の服装は、少々気圧されてしまう。一級品の布地に、数多くの装飾品。光を反射するそれらは平民との身分の差をありありと感じさせるため、僕は非常に苦手なのだ。やっぱり、変な飾りっ気のない極々普通の服装が一番。宝石もいらない。僕が好きなのは宝石よりも綺麗な心です(激寒)。


「さて、殿

「──はい」


呼称を戻したことで、他愛ない雑談ではないことを察していただいたようで、殿下は背筋を正して僕に向き直った。


「匿名──といっても大体お察しはつくとは思いますが、とある方から貴女についてご相談を受けました。貴女が近頃非常に悩んでおられるようだ、と」

「………」


殿下は下を向いて黙り込んでしまった。どうやら、心当たりがあるようで。


「答えたくないようでしたら、それでも構いません。女性の隠し事に無闇に首を突っ込むほど常識がないわけではありませんからね。ですが、誰かに相談すれば、心が軽くなることもあるのですよ?」


語りかけるように、優しく囁く。決して威圧しないように、また、強制的に話をさせる感じではなく、あくまで殿下自ら僕に悩みを打ち明けてもらう。そのスタンスを崩さないように。


殿下は一瞬口を開きかけ、再び閉じる。

迷っていらっしゃるようだ。正直に話すべきか、このまま隠し通すべきか。頭の中で葛藤し、中々決断できずにいる。その気持ちは、よくわかります。焦る必要はないですよ?僕は貴女が答えを出すまで、ずっと待っていますから。


「………先日から」


ぼそりと、呟きのように小さな声で殿下は語り始める。どうやら、話してくださるようだ。


「先日から、親衛隊の方々の様子が、少し変なんです」

「変、とは?」

「何だか……こういうのは失礼ではあると思うのですが、人間味がない、とでも言えばいいのでしょうか?肌が異常に白かったり、口数が異常に少なかったり、話しても言葉のトーンがずっと同じというか……まるで、人ではない道具と話しているみたいなんです」

「道具……」


脳裏を過ぎったのは、先日襲撃してきた男。凄腕と言っても過言ではない身のこなしと戦闘技術。そして、相対した際に垣間見た、何の感情も映し出していない表情。

記憶に残る男に言えることは、殿下が親衛隊の隊員に言ったことと同じ感想だ。人間ではない、道具のよう。

いや、あの男の場合既に精神支配の魔法を施されていたため、誰か他の者の道具と成り果てていたことに変わりはないけど。


「……道具?」

「?どうかなさいましたか?」


殿下が問いかけてくるけれど、答えることなく思考を走らせる。

殿下は言った。まるで道具のようだ、と。僕が相対したあの男は、精神支配の魔法をかけられ道具そのものと化していた。あの男の状況が、殿下を守っている親衛隊たちにも当てはまるとするならば……。


「殿下」

「?はい」

「夕方から、貴女はパレードに向かわれると思います。その時、貴女から最も近い護衛は、親衛隊の方々ですか?」

「い、いえ……確か、親衛隊の方ではなかったと。一番近いのは、宮廷魔法士の方々です。親衛隊の方々は、その周囲を囲んで護衛してくださると伺っています」


僕の有無を言わさない迫力に、殿下は若干たじろぎながら答える。

ということは、彼女の近辺を護衛するのは話に聞いていた魔法士か。王族の護衛のため、それなりの腕が見込まれているのだろうが、不安は残る。


「いいですか殿下。貴女が感じた不安は、絶対に心の片隅にとどめておいて下さい。貴女が危険にさらされることだけは合ってはならない。ですが、信用できない誰かに相談することも良くないです。貴女が何かに勘付いていると知られれば、更に危険が増す可能性がある。あくまでも、貴女一人の胸の内にしまってください」

「は、はい」

「それと、その不安を表には出さないでください。誰かに妙な勘ぐりをされてしまう可能性があります。できる限り平常心で、いつもどおりに振る舞うように努めてください。大丈夫。パレード中は見えないかもしれませんが、貴女のことは僕が守ります」


立ち上がって殿下の手を取り、その美しい瞳を見つめて告げる。と、殿下は顔を徐々に真っ赤に染め上げ、下を向いて俯いてしまった。


「は、はい……よろしく、お願いします」

「お任せください。遠距離からの護衛は、僕の専売特許ですからね」


自身有りげに言うと、殿下はハッと顔を上げ、口元を綻ばせて笑った。

どうやら、少しは不安を払拭できたようだ。

さて、僕の仕事はこのあとが本番。何があろうと、殿下を影から御守りしなくてはならない。

親衛隊や魔獣のことなど、不安因子は多いが、やるしかない。

密かに闘志を燃やし、僕は殿下に微笑みを返したのだった。

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