第19話 建国祭を姫様と
依頼通り王女殿下を連れ出した僕は、彼女を連れ添って、王都東部に位置する大通りを歩いていた。非常に多くの屋台が立ち並び、建物の上からは王国の国旗が無数に吊るされ、動物を模った風船なんかも浮かべられている。
道行く人もすごい数で、皆何かしらの食べ物を食べながら歩いている姿が目立つ。あんまりマナー的にはよくないけれど、今日ぐらいはいいのかな?
「こんな風になっていたんですね。祭り時の王都は」
「僕も初めて見ましたけど、凄いです。あれ?ご覧になられたことが、一度も?」
「ないですよ。毎年この日は一日中私室で待機させられていましたから」
「それはなんとも……お気の毒です」
普通に酷いな。確かにお身体になにかあってはならないのはわかるけれど……こんなに楽しい祭りを眺めるだけで終わるなんて。
不意に殿下が笑う。
「大丈夫ですよ。だって、今年はこうしてレイズ様が私を攫ってくれたのですから」
「さ、攫ったって……」
否定しようと思ったけど、否定できなかった。言われてみれば、これは誘拐のようなものではないか?本人が非常に嬉しそうにしているからそんなこと微塵も思わなかったのだけれど、立派な犯罪。やばい。バレたら斬首どころでは済まないかも……。
いや、よそう。ベラさんたちが裏で手を回してくれているし、きっと大丈夫だろう。今は殿下を楽しませることに務めるとする。
「ところで、お嬢様はどこか行きたい場所はあるのですか?」
「うーん……正直、こうして祭り時の通りを散策できているだけで満足なのですが……。それと、中々慣れませんね、その呼び方」
「我慢してください。バレたら大変なんですからね」
今の殿下は王女ではなく、そこそこ大きい商会の一人娘という設定。そのために目立たない服装をしてもらっているし、つばつきの帽子も被ってもらっている。呼び方も変更。さらに追加で無属性近距離中級魔法──認識阻害の魔法も付与。今の殿下は、周囲からは全く別の姿に見えているだろう。無論、術者である僕にはいつもどおりの殿下にみえるけど。あと、面倒だから僕も一人称を戻した。
「それは仕方ないですよね。なにせ、見つかってしまったらレイズ様がとんでもないことになってしまうのですから」
「そうです。なので、周りにバレないように愉しみましょう?」
「──ッ!……はい」
手を差し出すと、殿下は何故か少しだけ頬を染めて掴んだ。
「如何なさいましたか?」
「な、なんでもないですッ!それより、何処へ行きますか?」
「うーん、そうですね……」
見回せば、そこかしこに屋台が出ている。色々と美味しそうな食べ物だったり、ダーツ、はたまた風船を売っているところなど、本当に様々だ。
だけど、行くところは結構限られてるかな。殿下が外出していたと思われるようなものは買うことができないし、怪我をしそうなことも。
となると──殿下の手を引いて、手近にあった屋台の店主に声をかける。
「すみませーん。串焼きのタレを2つ」
「あいよっ!」
店主は気前よく返事を返し、熱々の串焼きを二本手渡してくれた。肉には香ばしい焦げ目と、食欲をそそる濃厚なタレが。祭りの屋台と言えばこういう買食いが一番の醍醐味だと思うんだ。
「熱いから気をつけてなッ!」
「ありがとうございまーす」
代金を手渡し、僕は二本の串焼きのうち一本を殿下へと差し出す。殿下は困惑した様子で手にとり、首を傾げた。
「あの……?」
「多分、こういう食べ物は食べられたことないですよね?王宮じゃ絶対に出てこないと思いますし、この機に庶民の味を堪能するのもいいかと思いまして。美味しいですよ?」
まだ食べてないけど。
店主の言っていたとおり、本当に熱い。焼いたばかりだから当然なんだけど。ふーっと息を何度か吹きかけて冷まし、一口。肉の食感とタレの甘じょっぱい味が口いっぱいに広がり、とても美味しい。それと、何だか懐かしい。故郷にいた頃は森の動物やら魔獣を狩って、塩やタレで味付けをした肉をよく食べていたものだ。
僕の食べ方を真似して、殿下も一口。
「…んぐ、とっても美味しいです!」
「それはよかった。あぁ、ゆっくり食べてくださいね?喉に詰まらせてはいけませんから」
「は、はい」
ここに留まっていても迷惑になるだろうから、僕らは食べながら歩くことに。周りの人もやっているから別にいいでしょう。こういう考え方はよくないんだけど──おっと。
「お嬢様」
「?なんで──」
こちらを向いた殿下に手を伸ばし、口元に付着したタレを指先で拭い、ぺろりと舐める。
「ぇ──」
「口元についていましたよ。慌てて食べると、こういうことになりますからね?食べ慣れていないので、仕方ないとは思いますが」
「な、あ、ありが、とう……ございます」
殿下は顔を真っ赤にして、俯き、お礼の言葉を述べた。うん、しっかりそういうことが言えるのは素晴らしいことだ。
……ちょっと恥ずかしいけど。
「いえいえ。お嬢様は庶民の食べ物が大変お気に召したようなので、この後は食べ物巡りでもしますか?」
「そ、それでは私が食いしん坊みたいになるではないですかッ!」
「よろしいのでは?食いしん坊は別に悪いことではありませんし、僕から見て、お嬢様は少し線が細すぎるように見えます。ちゃんと食べられていますか?」
「ほ、ほどほどに……その、食べすぎると無駄なお肉が……」
「美意識が高いのは素晴らしいことです。が、それで不健康な身体になるのはよくない。今日くらい食べましょう」
「………それって、レイズ様がお食べになりたいだけなのでは?」
「………………………行きましょう」
「なんですか今の長い間は!!」
はぐれないように手を繋いで足早に進む。
確かに僕は屋台の物を食べたくて仕方ない。ここ数日ろくに食事も食べずに仕事をしてきたのだから、この機会に栄養補給をしようと画策している。このくらいいいでしょう、だって頑張ったんだから。
あ、フルーツジュースだ。2つください。
「もう、食いしん坊なんですから」
そんな僕を見て、殿下は苦笑を漏らしながらも楽しそう。このフルーツジュースも中々に美味しい。程よい酸味と甘みがなんともいえない絶妙な味を醸し出している。
「これはお肌に良さそうですね。これに使われているブランの実には美容効果がありますから」
「そうなのですか?美味しくて美容にいいなんて、素晴らしいフルーツですね」
「そうです──ッ」
不意に感じた気配に、後方の路地へ視線を向ける。敵か?いや、殿下の姿がバレてしまったということはありえないだろうし……となると、僕を狙って?先日の男に代わる、新たな刺客を送ってきたのか?
「?どうかなされましたか?」
「いえ、何でもございません。行きましょうか。まだまだ時間がございますから」
あらぬ心配をさせるわけにはいかない。
嫌な予感を包み隠しながら、僕は殿下とともに祭りへと意識を戻した。
◇
「気付かれたか……」
お祭りムードの大通りとは打って変わって、薄暗い無人の路地。そこに、フードを被った一人の男の姿。長身とがっしりとした体躯をし、纏うオーラが只者ではないことが伺える。
「気配の隠蔽はしていたはずだが……奴の感知能力の方が上だったようだな」
呟き、男は暗闇の路地の奥へと消えていく。
その様子を見ているものは、誰もいなかった。
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