第17話 だらしない大人にはなりたくない

「……疲れた」


寝起きの第一声は、清々しいはずの朝とはかけ離れたものだった。

昨日までの準備やら余計な仕事が横入りしてきたやら、意味のわからない植物に拘束されるやらで、精神的にも肉体的にもかなり疲労困憊。勘弁して。

王女殿下のお名前を聞いてしまった後に比べれば全然そんなことはないのだけれど。過剰労働すぎるでしょうが。絶対手当貰うからな。


起き上がって顔を洗いに行くと、やはり疲労の残った顔をしていた。隈はないが、何だか眠気が残っているのが丸わかり。顔を洗い、寝癖のついた髪を櫛で簡単に梳かて、横に掛けられていた魔法士の服装へと着替える。朝食はいいや。食べる気分じゃない。


身だしなみを軽く整えた後、僕は下宿から出て王都の大通りを歩く。見える空は雲一つなく、普段は何の変哲もない店は派手な飾り付けで彩られているのがわかった。皆、年に一度のこの祭りを愉しみにしていたのだろう。準備中の熱気もよく伝わったけど、今日はもっと凄いんだろうな。

まだ日が顔を出した頃だと言うのに、屋台で売る食べ物の仕込みをしている人や、飾り付けの風船を膨らませている者も見られた。

朝から働く彼らの横を素通りしながら、僕は王宮を目指す。

今日の僕の任務はかなり大切なものだ。王女殿下を影から守る。王宮魔法士を実戦で使えるように教育しとけとか思ったけど、こればっかりは何も言うまい。文句を言った所で彼らが強くなるわけでもないし。僕がサポートすればいいだけの話なんだから──痛ッ!な、なんだ?


「相変わらず朝早いなお前は。毎日よく起きれるものだぜ」

「エルトさん……」


僕の肩を力いっぱいに叩いた──威力的にはもう殴ったに近い──人は、先輩のエルトさんだった。いつものように魔法ローブを着崩して、短い赤髪を逆立てている。

一瞬見ただけではいつもと変わらないけれど、至近距離で見つめていたら、なんとなくいつもと違うのがわかった。というか、わかりやすい。


「寝不足、みたいですね」

「あぁ。まぁ、毎年こんなもんだ」


目の下には大きな隈ができており、右目が若干充血していた。心なしか頬も痩せこけており、まだ若いだろうに10歳ほど歳を取ったように見える。毎年こんなことになってるの?健康状態滅茶苦茶悪そうに見えるんだけれど。足元がふらついているし……飲み屋のはしごにチャレンジして五件目くらいでダウンしてる酔っ払いみたいだ(昨日目撃)。


「だ、大丈夫なんですか?」

「あ、あぁ……問題ねぇよ……ただの二日酔いだ」

「あれあんたか!」


先日見た酔っぱらい発見。五件も回ってたらそりゃこうなるわ。え?なんで知ってるかって?そりゃ「これで五件目達成だぜぇぇぇぇぇぇぇ──うッ──(自主規制)」ってやってたから。

ていうか大変な建国祭の前日になにやってるんだあんたは……。


「レイズも大人になればわかる……うッ」

「これから盛り上がる大通りをエルトさんのゲロミネーションで彩らないでくださいよ……。もらい吐きしそうです。毎年ってそういうことですか。てっきり仕事をして寝不足なのかと」

「仕事も、してたわ……」

「あ、ちょっと近づかないで?」


だんだん寄りかかってくるエルトさんから距離をとる。酒臭いとかはないけれど、いつ胃の中のものをぶちまけるかわからない人の隣にいたくない。だから寄らないでってッ!


「ったく、朝早く来たかと思ったらこれですか」

「家にいたら……そのまま寝過ごしそうだったんでな」

「あぁ徹夜したんですか?本当に一回体調崩して痛い目見てくださいよ」

「お前……こんなに辛辣なキャラだったか?」


いやここまでだらしない大人を見れば毒の一つも吐きたくなりますよ。誰にでも優しいってわけじゃないんですから。

あぁ、すぐ目の前には王宮が見える。

さっさと自分の執務室に入って、この危険から抜け出したい……。



「ってあんたらもかいッ!」


執務室の共有スペースに顔を見せると、普段は仕事はしっかりとした大人なミレナさんが顔を青白くさせながら、ソファに寝転がっていた。向かいのソファには、同じような顔をしているアリナさん。そして机の上には、十本はあるワインのボトルが。


「あー……おはよう、二人とも。今日もいい朝……ね」

「絶対そう思ってないですよね?寧ろ人生で一番清々しくない朝って感じですよね?」

「レイズ……うるさい。吐くぞ……」

「頭痛くなるまで飲むのはやめましょうよ……それに、飲むなら普通今日でしょ?なんで前日に飲んじゃったんですか?」


建国祭当日の今日、一番盛り上がる夜に飲むのならわかるし、羽目を外してしまっても多めにみることができる。だけど前日──しかも、警備の仕事が舞い込んでいる今日飲むとは何事か!

と思っていると、ミレナさんは頭を押さえながら身体を起こした。


「今日は、私達はオフなの……」

「え?いや、警備の仕事があるって」

「なんか、突然なしになったの。代わりに、王家親衛隊の数人が担当するって……」

「だから飲み明かした……結果がこれ。例年は終わった後に飲んでるけど、今年はいいかって」

「そういうことですか」


お二人が飲みすぎてしまった理由がわかった。そりゃ翌日が休日なら羽目を外すのも悪くはない──エルトさんは何を頷いているんですか?貴方は毎年こんな感じだって行っていたじゃないですか。言い訳は通じませんよ。


睨んでいると、不意にアリナさんが僕の手を引いてきた。


「どうしたんですか?」

「──……だい」

「え?」


聞き返すと、今にも死にそうなほどの顔をしながら更に腕を引っ張られた。


「頭痛薬……頂戴」

「……頭痛薬じゃなくて、二日酔いに効く漢方を飲んでください。お二人も」


三人から助けを求められるような顔をされたら、流石に放っておけない。がっくりと項垂れながら、僕は自分の執務室に保管してある薬箱から、目当ての漢方を取りにいくのだった。

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