第16話 とあるお方の夢
王国建国祭までの時間は、あっという間に過ぎていく。その間、王都の商業地区では当日に備えた屋台の骨組みやサーカスのテント設置が執り行われ、あちこちの店では料理の仕込みなどが始まっていた。
今年は1000年という節目を迎える特別な記念日。やはり、民の気合や意気込みも例年とは比べ物にならないほどだったのだろう。僕は例年を知らないからよくわからないけれど。
建国祭に備えているのは、無論民だけではない。王国に仕える宮廷魔法士や騎士団、役人たちも非常に多忙な数日を過ごすことに。
客員の役目を割り振ったり、当日の治安悪化を懸念しての対策、諸外国客人への対応。そして、主役でもある王族の護衛。
様々なことへの準備がこの数日に一気に行われ、当日を迎える前に疲れ切った表情をしている者も何名も見られた。
つい数時間前にも、ベンチに座って「俺、もう頑張ったんじゃないか?」「は、はは。大変すぎて仕事が楽しくなってきたぜぇぇぇぇぇッ!」「はぁ……はぁ……もうすぐ楽園が見えるころだぁぁぁぁぁ」とか何とかやってる人たちが見られた。」やばい。危険な薬を摂取して五分経過した頃の薬物依存者みたいになってる。近づきたくねぇ。
いや、いかんいかん。お努め、お疲れ様です。
かくいう僕も、非常に大変で濃密な数日を過ごしていたのだけれどね。
「レイズ君ッ!今から30分以内に中央広場に行って、ここにリストアップされている出店許可の出ていない屋台を潰してきてッ!」
「潰してくるって横暴なッ!警告してくるだけですからねッ!」
「おいレイズ。今遠くの上空にヒポグリフの成体が飛んでいるのが見えた。こっちに来られても面倒くさいから、ちょっと撃墜してきてくれ」
「今僕が忙しいの見ればわかるでしょうッ!接近したらエルトさんが撃墜してきてくださいッ!」
「黙れ。俺じゃ無理だ。遠距離スナイプの化け物のお前がやれ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!もぉぉぉぉぉぉッ!(ズバンッ!)」
「レイズ。私は今からお昼寝するから五時間経ったら起こして。少しでも時間がずれていたら、即刻植物の養分にするから」
「アリナさんは昼寝せずに仕事をしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
とまぁ、こんな感じに。
毎日毎日上司、先輩、他の部署の方々にこき使われて、もう心も身体もヘトヘトでございます。僕の仕事、王女殿下を影から護衛することだけじゃなかったの?仕事明らかに増えてる……というかおかしいよね?量がえげつないんだけど。
この仕事の多さと忙しさのせいで、先日聞き耳を立てた不穏な情報について全く考察できていない。宮廷魔法士が何人も消えているというのに、そのことに関することは全く耳に入ってこない。ミレナさんに事実確認は済ませてあるが、それよりもまずは建国祭を優先しろ、とお達しが来ているらしい。
人命よりも祭りを優先するのかと思ったけれど、実際準備を経験すればわかる。本当に忙しい。そのことに人材を割いている余裕なんて微塵もないのがよく理解できた。流石に数人は調査に送り込んでいるらしいけど、必要以上の人員を割くと貴族たちがうるさいということだ。
それに、多くの民が望んでいるのはどちらかを考えれば、自ずとその答えは見えてくる。
魔法士数名の行方を探すことを優先するか、王国の建国祭という年に一度の大きな行事を優先するか。当然、後者だ。結局自分に関係のないことなんて、微塵も興味が湧かないのだろう。
僕としては少し、魔法士の方に関心があるのだけれど、それに付きっきりになることは難しそうだ。まぁ、何か起こったらその時対処すればいいか。
っと、そろそろ僕の休憩時間も終わりを迎えるようだ。すでに通信石は異常なほど発光している。どうせ、早く仕事に戻ってこいという通知だろう。僕、休憩してまだ3分なんですけど……。
「全く、準備すら平穏に終わってくれないのか……」
嘆きとも言えるような呟きを漏らし、僕は再び地獄の仕事場へと身を踊らせるのだった。
そんなこんなで、さらに2日が過ぎた。
今日は全ての民が待ちに待った、王国建国祭当日。
建国1000年の節目を迎え、この国の安泰を祝う祝福の日でもある。
◇
──夢を見ていた。
私にとって、ふとした時に思い出す大切で、とても印象に残っている記憶の夢を。
「──」
薄暗い、まだ朝日も上っていないような早朝の森の道で、私は恐怖で声も出ずに全身を震わせていた。
「ひ、姫様ッ!馬車の中へお戻りくださ──ぐあぁッ!」
恐怖のあまり立ち竦んでいた私を案じて振り向いた騎士の方が、突如襲い出た十数体の魔獣──そのうちの一体に吹き飛ばされ、意識を失ったようにぐったりとしてしまった。わ、私を気にかけたせいで──。
「くそッ!なんだこの魔獣たちは、強さが尋常ではないぞッ!」
「堪えろッ!何とかして、姫様だけでも!」
残った僅かな騎士の方々は皆一様に私を守ることに躍起になり、既に自らの命を捨てたも同然のように扱っている。血に濡れる額を拭い、再び剣を構えて。
その事実に、私は言葉にせずともとてつもない罪悪感に襲われた。
ただ一国の王女というだけの、何も持たない女の子なのに……。気高い精神と折れない心を持った彼らの方が、よっぽど生きなければならない人たちなのに……。
「誰か……彼らを、助けて」
何もできない無力な私を許してほしい。
心の中で懺悔の言葉を紡ぎながら、来るはずのない助けを求めて呟いた。私よりも、彼らを助けてくれる強い人を……。
けれど、救世主の代わりに私の耳に入ってきたのは、眼前で悪戦苦闘を繰り広げる騎士の方々の苦痛に溢れた声だった。
見ると、魔獣によってなぎ倒された一人の騎士様の腕がありえない方向に曲がっている。肉を突き破った骨もその白い表面があらわになっていた。
しかし、その騎士様は再び立ち上がる。思わず目を背けたくなるほどの傷を晒し、なおも私を守ろうとする騎士道精神は、感服に値するもの。だけど……その時の私は、ただ黙って見つめることしかできなかった。
逃げ出したいけれど足が動かない。戦いたいけど力がない。何一つできない私を……どうして。
「あ、あああ、あぁ──」
自責の念に押しつぶされ、瞳から涙が溢れ出た時。
「ひ、姫様ッ!」
「ぇ?」
声に反応して振り向くと、一体の鳥型の魔獣が天より垂直に降下し、私目掛けて大きな口を開けていました。私を──見つけた餌を一息に頬張るために。
あぁ、最後まで、駄目な王女でした……。
ほとんど決定された死という未来を受け入れ、肩の力を抜いた、その時、
──私を食べようとしていた魔獣の頭が、突如として飛来した雷によって、一瞬で消し飛んだのは。
言葉にならない驚きと動揺を感じていると、数瞬後には私達を囲っていた魔獣が何の抵抗をすることもできないまま、次から次へと胸や頭に雷を浴び、絶命していきます。
しかも、飛来した雷は一つ足りとも狙いを外すことなく、正確無比に魔獣だけを撃ち抜いて。
ものの数分もした頃には、私達を襲った魔獣は一体も残さず倒され、守ってくださった騎士の方々は、疲れたようにその場に座り込み、魔法士の方が簡易的な回復魔法を使い、傷を癒やしていきます。
本来なら、すぐさま駆け寄り、お礼と謝罪を述べなければならないのかもしれません。だけど、私はそれよりもまず、視覚強化を使用して、雷の飛来した方向を確認しました。
数秒後、私の視界に映っていたのは──
◇
「──ッ」
カーテンの隙間から差し込む朝日に、夢の世界から浮上した。
先程までの森ではなく、王宮にある私の私室。豪奢なベッドに調度品が、光を反射して輝いている。
時刻は……しまった、寝すぎてしまいました。
今日は建国祭の日なので、王宮務めの方々は非常に忙しくなることでしょう。当然、私も。
あぁ、夜に行われる王家のスピーチの言葉も考えなくてはなりません。
色々と考えを走らせながら、私はベッドから起き上がり、半開きになっていたカーテンを全開にしました。
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