第15話 予感

翌日の早朝。

いつものように朝の一仕事を終えた僕は、すぐには別館屋上を出ることなく、壁に背中を預けて黄昏れていた。腰元にはいつものようにレイピアを差し、黒を貴重とした服装に、宮廷魔法士の証であるローブを纏っている。

普段と何の変わりもない服装。だけど、その中で唯一違う点が一点だけ。


「……責任重大すぎるよ……」


重く、鉛よりも重いと思うため息を吐き出してうなだれた。普段はない、金の薔薇が象られたブローチを人差し指で触れて。


「こんな責任重大な任務を入ったばかりの新人若造に任せるとか……どう考えても異常すぎる。直接顔を合わせるわけではないとはいえ、もっと熟練の騎士とかいただろうに……」


恨み言をつらつらと並べれば、次から次へと止まることなく出てくる。心にのしかかった重圧はそれでも取れることはないけれどね。でも、一人で塞ぎ込んでプレッシャーに押しつぶされるよりは全然気が楽になる。まぁ、昨日の夜に散々エルトさんに愚痴を聞いてもらったんだけど。


「全く……なんで僕がこんな」


ぶつくさと言うのは格好悪いことなのかもしれないけれど、別に気にしない。この場には僕しかいないから、誰も僕を蔑んだ目で見る者はいないから。

明るくなりつつある空を見つめて、僕は昨日のことを思い出した。



「レイズ君の建国祭当日のお仕事は──ずばり、王女殿下の影の護衛よ」

「影の護衛……ですか?」


ミレナさんが言った仕事に、僕は呆然と復唱する。影の護衛……ってなんだ?王女殿下の影を見守れってことじゃないだろうし。いや、まぁ大体の察しはつくんだけど、言い方に問題がね。


「あのぉ、どうして僕が王女殿下を護衛をしなければならないのでしょうか?護衛なら既に何名もの宮廷魔法士がついていると思うのですが?」

「当然いるわよ。知っているだけで、既に五名の宮廷魔法士が護衛についている」

「だったら──」

「でも、全員が全員、対人戦に向いているというわけではないの」

「?」


どういうことだろうか?宮廷魔法士になることができたのなら、相応の実力を持ち合わせているはず。対人戦に向いているとかいないとか……訳がわからない。

困惑する僕に、ミレナさんは丁寧に説明をしてくれた。


「宮廷魔法士は、王国の中でも屈指の実力を持つエリートよ。それは変わらない。だけど、全員が全員戦いを想定した訓練を施されているわけではないの。宮廷魔法士試験に受かるための特訓をしてきた子たちがとても多いから、そういう子達では不十分。かと言って、人数もそこまでいるわけじゃない。実戦慣れしている強い魔法士は、現国王の護衛についてしまっているし」

「だから、俺達の部署の誰かが、姿を隠しつつ影から守ることになったんだ」


エルトさんはソファに座ってふんぞり帰りながら、僕に言った。

王女殿下も超重要人物なんだから、その人を守る護衛くらい手配しておきなよ……。あとエルトさん、勝手に置いていった分際で態度がでかいんじゃないですかね?助けてくれたことには感謝してますけど、それとこれとは話が別ですよ?あとできっちり話しましょう。

ところで──。


「僕らの部署からだったら、エルトさんやアリナさんの方が適任なんじゃないですか?ほら、近距離戦だと敵なしですし」


自慢ではないが、僕は近距離戦が本当に苦手だ。遠距離魔法は基本的に狙いを定めてから射出する魔法。近距離魔法は身体的技能に上乗せ、又は一秒とかからずに発動させ、且つ高威力を持つものが多い。近距離・中距離魔法は無属性以外初級しか使えない。剣術や体術は一般兵士並の実力はあるので、相対的な評価は雑魚。先程も痛い目を見てしまったほどだ。

と申し上げてはみたが、返ってきたのは尤もな答えだった。


「確かに、二人の方が近距離戦だと強いわ。けれど、それは周囲への影響を度外視した場合に限る。王都郊外では力を発揮できても、王都の中では必然的に魔法に制限をかけることになってしまうのよ。建国祭の日に王都中の建物が倒壊しました、なんて目も当てられないわ」

「おい室長。それはいくらなんでもあんまりな言い草じゃねぇか?」

「私達も多少の制御はできる」

「はいはい。多少ね」


相手にする気もないと流し、ミレナさんは僕に再び向き直った。


「その点、レイズ君の遠距離狙撃魔法は非常に優秀だわ。1ミーラの隙間にも正確に魔法を撃つこむことができる正確さと、確実に対象を仕留める狡猾さを持っているわ。加えて、貴方は不可視化の魔法を使うこともできる。この部署で最も適任なのはレイズくんなの!!」


手を掴まれ、顔をずいっと近づけられて頼まれる。流石にここまで情熱的に説得されては、受けざるをえない。というか、新入りの僕が拒否することなんてできるはずがないんだけれど。


「まぁ、最善を尽くしますけど、普通の護衛では駄目なのですか?そっちの方が守りやすいと思うんですけど」

「私達が直接護衛につくと、上の方がうるさいのよ。特に、伝承を信じ切っている貴族からね」

「なるほど」


頭の硬い貴族様もいるものだ。伝承を信じて強者を護衛につけなかった結果、王家の方々が怪我をされては元も子もないと言うのに。


「あ、でも覚えておいてね?万が一王女殿下を守ることができなかったならば、貴方の首が物理的に飛ぶことになるからね?」

「最後に変な圧をかけないでくださいッ!」



「…………はぁ」


本日何度目かわからないため息を吐く。

最後の言葉、絶対に責任の重い仕事につく人へ向ける言葉じゃない。いやけどまぁ、気を引き締めるためには丁度いい言葉かもしれないけどさ。

胸元の薔薇のブローチを弄る。

純金で作られているこれは、謂わば王家の方々の護衛につくものが身につけるシンボルのようなものらしい。常に不可視化を使用して殿下を護衛する僕に、はたして必要なのかと思うのだけれど、着けておけと言われたのでつけるしかない。

……僕にこういったお洒落なものは似合わないのに……。


「戻るか」


屋上を後にし、階段を下りて王宮通路を歩く。まだ四日あると言うのに、既に胃がキリキリと痛みを訴えている。責任重大……首が飛ぶ……死……。様々なことが頭の中に浮かび上がり、もう平常心とか保ってられない。これはまた、数日の寝不足状態が続くことになるな……。はぁ、過労死しそうだ。


『それ、本当なのか?』

「ん?」


不意に足を止め、声のした方へと向き直る。視線の先には、出勤したばかりと見られる二人の魔法士の姿があった。どちらも20代半ばほどと見られ、その顔には不安が滲み出ていた。

僕は何の会話をしているのか聞こうと、聴力を底上げして二人の会話を盗み聞き。これは決して悪いことではないんだ。単なる情報収集の一環なんだから。寧ろいいことだ。


「あぁ、本当らしい。王家親衛隊の宮廷魔法士が数人、忽然と姿を消したんだとよ。しかも、そいつらのいた部屋には大量に飛び散った血痕があったらしい」

「気味が悪いな。全部で、何人の魔法士が?」

「正確にはまだわかっていない。だが、驚くなよ?消えた魔法士の中には王家親衛隊の副隊長である、アルセナス様も含まれているらしい」

「なッ!?大問題じゃないかッ!」


二人の会話はまだ続いていたが、僕は早々にその場から立ち去った。別に、気分を害したとかそういうわけではない。寧ろ、先程まで感じていたプレッシャーが嘘のように吹き飛んだくらいだ。

顎に手を当てて、思考を走らせながら執務室を目指す。


「……どうやら、建国祭は平穏には終わってくれなさそうだな」


確信に近い予感を感じて、僕は状況の整理をするのだった。

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