第14話 多分、うちの部署に優しい人はいない

「んで、こいつを発見したってわけか」

「はい。王宮から魔法を撃って脚に命中させはしたんですが……やっぱり、僕には近距離戦は向いていませんね。負傷している相手にここまで追い詰められるとは」


面目ないと、僕は気を落としながらレイピアを納刀する。


ローブの男を倒してからおよそ数分。

僕はエルトさんにこの状況に至った経緯を説明していた。傷口から入り込んだ毒の効力は一時的に身体を麻痺させる類の種類だったようで、既に自由に力をこめることもできるようになっている。副作用は多少出ているが、意識を手放すほどではない。


いやよかった。数時間行動不能になっていたら、エルトさんに執務室まで運んでもらわなければならないところだった。そして全く動くことができない僕を見て、他の人たちが色々と遊び始めるのだろう。口に激臭物とか入れられたら普通に死ぬ。助けてもらった命を溝に捨てるわけにはいかない。


羽織っていたローブの懐から最初に投げられた、真っ二つに両断されたナイフを取り出し、エルトさんに手渡す。


「これが飛んできたナイフか?」

「はい。正直、未だに信じられません。ここから王宮別館まで、目算でも一キーラはありますよ?歩いてもかなり時間がかかる距離です。そんな遠距離を正確に狙うなんて……」

「その更に遠距離を正確に狙い撃つお前が言うのは嫌味にしか聞こえないんだが……」


エルトさんはそんなことを言いながら、足元に倒れる男の死体──胸に穴が空き、その周囲が焼け焦げている。見事な火力制御だ──に手を伸ばし、黒いローブの首元を燃焼させた。一体なにを?と言う前に、手招きをされた。


「それより、こいつの首を見てみろ」

「?首ですか?」


近づいて覗き込むと、なんだ?見たことのない魔法式のようなものがびっしりと刻み込まれている。


「これは……」

「精神支配魔法」


驚くほど冷たい声で、エルトさんはそう言った。

精神支配魔法……名前は聞いたことがある。名前の通り、他者の自我を支配し、術者の思いのままに操る魔法だろう。確か、使用・習得を禁じられている禁止魔法に指定されているはずだ。違反者は、極刑に処される。


「こいつ、多分戦っている時も意識はなかったんだろうな。自我を失った状態で、ただレイズを殺せという命令に従って攻撃を仕掛けたんだろう。ナイフを遠距離まで投げた魔法はわからないが、他にも敵がいることは確かだな」

「確かに、戦っている最中一切言葉を発していませんでしたね。問いかけても虚ろな表情で返事も無かったですし」

「確定だな。どの程度のレベルのものなのかはわからないんだが、お前の話を聞く限り、相当強力な精神支配だろうな。自我がない分、死ぬ苦しみもなかったとは思うが」


だとしても、少しだけ同情心が湧く。

自分を殺そうとした相手とは言え、自信の意思でないならば恨むのはお門違いだ。可哀想に。

そっと死体に手を合わせる。せめて、魂が救われますように。


「……それにしても、精神支配の魔法だってよくわかりましたね。何か、本でも読んでいたんですか?」

「使えるわけじゃないが、似たような魔法式を見たことがあったからな。すぐにわかった」

「へぇ、意外ですね」


そんな博識には見えなかったんだけれど……人は見かけによらないとは本当のことだったようだ。普段は仕事サボってばかりなのに。どうせなら普段から仕事してほしい。今回は本当に助かったけれど……えっと。


「ど、どうしたんですか?怖い顔してますけど」

「…………」


黙り込んで虚空を睨み続ける。一体どうしたんだろう?こんなに怖い顔をしているエルトさんは初めて見る。軽い男のイメージが一気に覆されるようだ。

数秒後、ハッと我に返ったように声を漏らし、頭を左右に振った。


「悪い。なんでもない」

「大丈夫ですか?調子が良くないなら今日は帰っても」

「心配すんなよ。というか、体調の心配するならお前のほうだろ。身体に毒が入ったんだぜ?なんでそんなにピンピンしてんだ」

「別にピンピンしてるわけではありませんよ?ただ身体に力が入るようになったので、座っておく必要がないだけです。まぁ敢えて言いますと、めちゃくちゃ吐き気がするのと頭痛が半端じゃないです」

「めちゃくちゃ毒回ってるじゃねぇかッ!そいつは俺が運んでやるから、急いで王宮まで行くぞッ!」


思いっきり僕の頭を叩いて、エルトさんは転がる男の死体を肩に担いで王宮へと走り出した。身体強化を用いて、とてつもない速度で。

待って。今の僕にはそんなに走れる自信がない。というか心配するなら置いていかずに僕を担いで行ってください。抗議したいけれど、もう見えない。……仕方ない。

結局吐き気を我慢して身体強化を発動し、気絶しそうなほど痛む頭を押さえて王宮まで走ったのだった。酷い。



「死にかけ」

「血色が悪いわね。本当によくここまでたどり着けたものだわ」


息も絶え絶えで王宮の執務室の扉を開けた途端、そんな心ない言葉が降り注がれた。この部署には心配するとか労ることができる人はいないのか?顔面蒼白で息を荒くしている新人を見てこの冷たい反応って……就職ミスったかな?

いや、それよりまずは体内の毒を中和しないと……。


「す、すいません……身体に毒が回ってるんで──」

「事情は聞いているからこっちに来なさい」

「へ?」


素っ頓狂な声を上げて、ミレナさんの言うとおりにそちらへと向かう。と、彼女は僕の胸に人差し指を置いて、指先に魔力を込めた。

……この感じ、先日王女殿下にお会いした時にされたことを思い出す。おっと、背筋が。


「──解毒げどく


ミレナさんが魔法の名称を紡いだと同じに、身体に何か温かいものが流れ込んでくる感覚を覚え、胸の芯が熱くなる。次いで、襲っていた怠けや頭痛が嘘のように引いていき、体調は万全そのものになった。


「はい。これで大丈夫なはずよ」

「あ、ありがとうございます。流石ですね」

「褒めても何も出ないわよ」


ふふっと笑う姿も美しい。

彼女が使った魔法は、光属性近距離中級魔法──解毒。対象を侵している毒物や毒魔法を完全に除去・消滅させる、治癒系統の魔法だ。僕は攻撃特価なので、治癒魔法は最低限しか使うことができない。精々、傷口を殺菌・再生能力を高める程度だ。すぐに治るわけではないし、こうした外傷ではないものに関しては手の施しようがない。傷口を申し分程度に塞ぐことはできるけれど。

何度か治癒系統の魔法を覚えようとしたこともあったけれど、センスがないのか、全然覚えることができなかった。


いや、今はその話はよそう。それよりもするべき大切なお話がある。


「事情は知っているようですから、手短に。恐らく、今後も今回のような襲撃がある可能性があります。何かしら、対策を立てておく必要があるかと。当然、僕らだけでなく王宮全体で」

「承知しているわ。既に通信魔石で各部署に通達してある」


仕事が早いことだ。

とはいえ、それで危険が減ったというわけではない。男を操り、奇襲を仕掛けた犯人をあぶり出さなければ。


「しかし、また厄介な時期に起こったもんだな」

「寧ろ、このタイミングだから?」

「?なんのことですか?」


意味深な会話だけど、僕には全くわからない。エルトさんとアリナさんは知らないのか?という顔を僕に向けてくるけれど、全くわかりません。


「レイズ君は、数ヶ月前に王都に来たばかりだから知らないのも当然よ」

「あ、そっか。辺境の森で暮らしてたんだっけ」

「ほとんど人もいないような秘境ってやつか?」

「馬鹿にしすぎでしょ。ちゃんとした村です」


確かに僕の故郷の村は人口が少ないし、秘境といえば秘境らしいけれど、流石に言いすぎだ。

不機嫌そうにする僕とからかう二人を見て、ミレナさんは笑いながら説明してくれた。


「5日後に、王国の建国記念日があるのよ。王国が誕生して、丁度1000年の節目を迎える大事な式典がね」

「王族の面々が街でパレードを行うことになってる。人前に出る分、危険も多くなる」

「毎年、建国祭は盛り上がるのだけれど、今年はスケールが違うでしょうね……っと、ごめんなさい、通信だわ」


ミレナさんは発光した通信石が埋め込まれた魔導具を持って離れる。

しかし建国祭があるなんて……とてつもなくタイミングが悪いな。当然王家の方々には護衛をつけるのだろうけど……こんな事件があったばかり。実力不足と判断されるものを護衛に当てるわけにはいかないだろう。それこそ、絶対的な強さを持ったものを……ミレナさん、なんでこっちを見てニヤニヤしているのですか?


「たった今連絡が来たわ。建国祭当日、王家の方々の護衛について」

「はぁ。王から嫌われている僕らですから、どうせ当日も治安の維持とかですよね?」

「レイズ君以外はね」

「?」


僕以外ってことは、僕には別の仕事があるということか?もしかして、王宮別館から怪しい者を事前に察知して、行動不能にするとかそういう任務?それなら逆にありがたい。人混みとか他人と接する仕事なんて本当にやりたくないし。

何をやるのかわくわくしながらミレナさんの言葉を待っていると、彼女は非常に悪い笑みを浮かべながら、僕の役目を告げた。


「レイズ君の建国祭当日のお仕事は──」


それを聞いた僕は、身体が硬直するとともに、何とも言えない嫌な汗が頬を伝ったのだった。

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