第12話 王女殿下は侮れない
どこか恐怖を覚えるほど、それでいていつまでも見惚れてしまいそうな程の笑みを浮かべて、殿下は僕をジッと見つめていた。
真っ直ぐに降り注ぐ月明かり、周囲の空気は水蒸気が氷結して煌めいている。背後の揺れる木々や流れる噴水の水も相まって、殿下の美しさはより一層磨きがかかっている。
周囲の風景によって、人はどこまでも美しくなれるんだなぁ、なんて他人事のように考えて現実逃避。あ、駄目だ。何か話さないと殿下の機嫌がどんどん悪くなっていく。
「お、お久しぶりでございますね。こんな夜中にどうなされたのですか?夜更かしはいけませんよ?すぐに部屋にお戻りになられたほうがよろしいのでは?」
「大丈夫です。夜の散歩に来ただけですから」
何とか部屋に戻ってもらえるように誘導できないかと思ったけど、無理そうだ。というか言葉を続けることができない。頬を膨らませて不機嫌であることをアピールしている。前にも見たなぁ、むくれている可愛い殿下。今回は理由が明確なんだけどね。
「レイズ様」
「は、はい」
「どうして私をお避けになられていたんですか?」
涙目で見つめられてると心が痛いです……。けれど、ここは誤魔化すことにする。あまり殿下に余計な不安をかけたくないし、何より僕の仕事に影響が出てしまうから。
「いえ、避けていたというわけではありませんよ?ただ、最近はずっと執務室に籠りっぱなしで」
「嘘ですッ!」
庭園に声が響いた。
この時間帯なら誰もいないから大丈夫だろうけど、少しヒヤッとする。
肩を震わせる殿下を、僕は何も言わずに見つめる。彼女には何か、そう確信する理由があるのだろう。まずは、それを聞いてから。
「最初の数日は、私もただお仕事の方が忙しくて部屋に籠りっぱなしなのだと思っていました。けれど、数日経った日に、貴方をお見かけしたんです」
「ちょっと待ってください」
何やら聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「見かけた?僕を?」
「は、はい」
ありえない。
僕は王宮を歩いている時は必ず不可視化を発動していたし、可能な限り人を避けて過ごしてきた。徹底的に隠れながら歩いていた僕を見つけるなんて……そんなことが?
「いつ?」
「3日ほど前の朝。レイズ様が別館の屋上から、何やら魔法を放っていたときです。朝の散歩をしていた時に、お見かけいたしました」
「そんな朝早くに……」
驚いた。
僕が毎朝遠距離から魔獣を狙撃する仕事をしている時間は、日が上りきる前、空が青く変色する時間帯。普通ならばまだ眠っている時間。そんな時間に、殿下は僕を発見したという。
ただ、確かにその時間、魔獣を狙撃している時であれば、僕を見つけることはできる。
無属性近距離上級魔法──不可視化は、任意の対象を外部の人間から見えなくする透明化の能力。この魔法の最大の欠点は、他の魔法と併用することができない点にある。魔法発動中は、不可視化は解除しなければならない。
盲点だった。まさか、そんな時間に人に──まして、最も出会うわけにはいかない王女殿下に見られてしまうとは……。それに考えれば、今日だってそうだ。寄り道せずに帰路についていれば(不可視化ありで)、見つかることもなかった。
自分の気の緩みを心底呪う……。
だけど、まだ誤魔化せる。
「確かに、私はこの数日間、不可視化を使用して王宮内を歩いていました。貴女をはじめ、多くの方々の目に止まらぬように。ですが、それも全て任務のためなのです」
「どういうことですか?」
殿下は驚いたように目を見開いて、両手を前で組む。騙すのは心が痛むけれど、貴方のためでもあるのです。王女殿下。
「詳しくは口外禁止ですのでお話できませんが、これも全て、任務を遂行するための行為。決して私が一方的に貴女を避けているわけではないのです。どうか、ご理解を」
騙してはいるけれど、決して嘘は言っていない。王都を魔獣から守るために、殿下の名を知って魔力をすっからかんにされるわけにはいかないのは事実で、魔獣を討伐するためにも不可視化で
まぁ、一方的に避けているわけではないという部分は、完全に嘘なんだけれどね。うぅ、心が痛むよ。僕は人に嘘を吐いて平気でいられるほど心が濁っているわけではないのだから。
僕の話を聞いて、目を閉じて俯き、黙り込む殿下。
どうだろうか?これで手を引いてもらえると助かるんだけれど──。
「七割本当、三割嘘……というところですかね」
「ぇ?」
今、このお方はなんと言った?本当?嘘?妙に落ち着き払った声音だった。
僕が唖然としていると、殿下はゆっくりと顔を正面に向け、目を開いて顔を上げる。銀の輝きを放っていた双眸は、どういうわけか美しい翠色に変化している。あれは……まさか。
「魔法、ですか?」
「はい。無属性近距離超位魔法──
「せ、占有魔法って……」
驚きを既に通り越して逆に落ち着いている。あの王女殿下が占有魔法の使い手?誰かに話しても決して信じてもらえなさそうだ。
人の本質を見抜く能力……戦闘にはおそらく使うことはできないだろうけど、私生活において、その力は非常に有用なものになるだろう。
「おみそれしました。まさか、占有魔法をお使いになられるとは……それと、僅かではありますが、嘘をお伝えしてしまったこと、お詫びいたします」
「構いません。その嘘は、私を気遣っての嘘なのでしょう?」
「………感謝致します」
それは本心だ。殿下に余計な心労をかけるわけにはいかない。これは、僕らが宮廷魔法士でいるためには受け入れなくてはならないことなのだから。殿下はふっと微笑んで、僕に近づく。
「貴方の嘘を許します、レイズ様。いえ、許すではありませんね。私のために負担をおかけしてしまい、申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
「いえ、これも役目ですので──」
「でも」
僕の言葉を遮って、殿下は顔をずいっと近づけて、人差し指で僕の胸──丁度心臓の真上をつついた。
「やましいことは、ないようにしてくださいね♪」
「……はい」
口調は軽いのに、心に響くのものはずしりと重い。絶対に外すことのできない枷を嵌められたような気分。
殿下、口は凄く笑っているのに、目が怖いです。貴女の眼の光は何処に行ったのですか?胸を突かれている指が凶器に見える……。
当初の恥ずかしがり屋だった貴女は一体何処に行ったのですか?なんて思いながら、目の前で微笑む殿下に、ぎこちない笑みを返すのだった。
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