第11話 案外あっさりと見つかってしまった
「そう。特に原因らしいものは見つからなかったわけね」
執務室の共有スペースに戻った僕らはソファに腰掛け、ミレナさんに巡回と調査の結果を報告していた。
特に何も見つからなかったこと、魔獣が異様なほど多かったこと、王都周辺にいるはずのない危険種がいたこと。
机の上に大量に置かれた魔石の一つを手に取り、ミレナさんは難しい表情を作っている。
「いないはずの魔獣の出現、異常なまでの数……明らかにおかしいのは確かなんだけれど、外部の力が働いている証拠がないとは……困ったものね。本当に自然的に起こったことなら、手の施しようもないし」
「この近辺にないだけで、森の奥深くにあったりもするかもしれないんですけど、流石に二人だけでは探れません」
「時間なさすぎ。一夜漬けでやれっていうなら、相応の見返りを求める」
僕とアリナさんはそんな面倒なことをする気はない意思をしっかりと伝える。一日中調査なんて死んでもごめんだ。僕らにだって可能なことと不可能なことはある。もっと効率よく人数を増やして探したほうが懸命だ。
ミレナさんも流石にそれは理解しているようで、苦笑を漏らす。
「わかっているわよ。流石にそんな横暴なことはしないわ。今回だって、上層部からのお願いみたいなものだもの。これ以上負担は増やさない」
「ならいいんですけど……」
安心して紅茶を啜る。
本当によかった。やれとかいわれたらどうしようと本気で思っていたところだ。ミレナさんが職権乱用するような人でないことはわかっているけどさ。
「それより、問題なのはこっちよね。魔獣が多くなっているのは討伐すればいいだけの話なんだけれど……」
「レイズが王宮から狙撃すればいい。そうすれば誰にも負担はかからない」
「僕一人では限界があります。毎朝の狙撃って結構キツイんですよ?」
皆が負担するはずの労力を僕が代行するとか意味がわからない。仕事は皆平等に割り振られるべきでしょう。同じ給金貰ってるなら尚更。
あとアリナさんはしれっとそういうこといわないでもらえないですかね?やれっていわれたら結構洒落にならないんで。
「狙撃に関しては善処しますけど、僕としては原因の解明を進めることを推奨します。どっちみち、このまま放っておくことなんてできないでしょう?」
「同感。キマイラみたいな危険種が普通に徘徊してたら、他の街とか他国から来る人も激減してしまうだろうし」
「原因の究明ね……」
お手上げ、といった感じでミレナさんは魔石を机上に放り投げた。大事に扱ってください。
「今の現状じゃ、元の形を知らないままジグソーパズルをしているような感じだわ。全く全容が掴めないし、答えの糸口になるようなヒントもない」
「辛うじて、キマイラが一体王都周辺にいたことから、何者かが連れてきたという説が浮かんできますが……」
「現実的じゃない」
そうですよねぇ……。
キマイラは絶対に人間に懐くことのない魔獣だ。遠くから引き連れてくることなんてできるはずがないし、僕らにも見せたあの凶暴性。あっさりと倒してしまったけれど、並大抵の者ではかすり傷を追わせることすら難しいのだ。僕も一人だけだったら、どうなっていたかわからない。
「いや、その可能性も否定できないわよ?」
「「?」」
二人で頭の上に?を浮かべる。どういうことだ?
「あなた達も持っているでしょう?不可能を可能にする、未知の力を秘めたものを」
にやりと笑って、試すような口調。
なんだ?未知の力を秘めたもの……。そんな御大層なものを僕らが持っているなんて……。
「……占有魔法?」
「あ」
アリナさんの答えに、ハッとした。そうか、その考えがあったか。
ミレナさんは頷きを一つ。
「もし、魔獣を増殖させる魔法があったとしたら?魔法は私達の知っているものだけが全てじゃない。世界にはまだまだ知らない魔法があって、特殊な魔法士も存在するのよ?」
「確かに、アリナさんの大地干渉も初見の人が見たら腰を抜かすかもしれませんからね」
「私の魔法は凄いから」
「自分で言うんですか?まぁ確かに凄いですけども」
何度でも言うけれど、アリナさんの大地干渉は反則だ。有効射程距離圏内に入ってしまったなら、僕は即座に降参する。勝ち目なんてないよ。命を無駄にするくらいなら、みっともなく命乞いをしてやる。土下座でもなんでもするさ。
と、窓の外から梟の独特の鳴き声が聞こえてきた。
「もう夜も遅いし、今日はこの辺りで。続きはまた明日以降ね」
「はい。王都正門の前に魔獣の死骸が山積みになっているので、それの回収もお願いします。騎士団の方々で」
「キマイラだけは埋めてある。後日私が個人的に回収する」
「何に使うの?」
「面白そうだから剥製にでも、と」
「……面倒ごとを押し付けるのね」
「当然でしょう?どっちみち世間的には、あれらは騎士団が討伐したことになるんですから、それくらいの雑用はやってもらわないと。何なら、団長さんに直接言ってきましょうか?」
「どうせあいつらは、私達に頭が上がらないわけだし」
「貴方達……」
こめかみを押さえるミレナさんは、僕らを呆れた視線で射抜く。そんな目を向けられても無駄です。危険な魔獣討伐はやったんですから、簡単な死骸回収くらいはやってもらいます。文句を言うようならば……どうしてやろうかな(満面の笑み)?
「悪い顔してるわよ、二人とも。絶対に妙なことはしたら駄目よ?怒られるのは私なんだからッ!」
必死の形相で僕らに懇願するミレナさんは、心底からかい甲斐がある。
大丈夫です。妙なことなんてなにもしませんからね………きっと。
◇
会議のような報告会が終わり、僕は下宿に帰るために王宮の通路を歩いていた。薄暗い建物内を歩きながらも、頭の中にあるのは今回の魔獣の異常発生のことばかり。仕事が終わっても頭は仕事モードのままという感じだ。
「占有魔法ねぇ……」
最後に挙げられた推測を思い出す。
今回の件、もしも本当にその使い手が絡んでいるとしたら、一体何のために?態々王都周辺の魔獣の数を増やす理由があるのだろうか?
ただ単に、王都へやってくる者を危険に晒すため?それとも、もっと別の何かを狙ってのことか……。
単なる魔法の実験のためと言われればそれで済むのだが、どうにも考えられない。理由は……あまり思いつかないけれど、強いて言うならば直感、かな?宛にならないか。
「駄目だ。考えが一向に纏まらない」
頭を振って考えをリセットしようとするけれど、脳は意思とは反対に一人でに思考を再開してしまう。こんな状態では、家に帰ってベッドに横になっても寝ることはできない。一度、頭を冷やしたほうが良さそうだ。
帰路につくための通路を反対方向に曲がり、王宮内で最も落ち着くことができる場所(僕調べ)──王宮中央に位置する中庭へとやってきた。
ここに来るのも結構久しぶりで、冷たい夜風に揺れる木々と流れる噴水の水が何とも心を落ち着かせ、頭を空っぽにしてくれる。寒いけれど、今はこれくらいが丁度いい。
時間も時間なので、誰も来ることはないだろう。と思い、不可視化は使わない。
腰のレイピアを外して、噴水の端に立てかけ、隣に腰を預けた。空を見上げると、済んだ空気に煌めいた星たちが輝いている。
頭を冷やすのには絶好の場所だ。
「──
姿勢を変えないまま、魔法を発動。
途端に、庭園全域にうっすらと白い靄が発生し、月明かりを受けて輝く粒子が宙を舞っている。
水属性中距離初級魔法──細氷。
一定範囲内の温度を低下させ、空気中の水分を凝結させ結晶化する魔法だ。基本的に攻撃力や危険性は皆無の魔法なので、戦闘に用いられることはほとんどない。言うなれば、宴会用のお遊び魔法。
ただ、条件が揃った場所で使うと本当に綺麗な景色を作り出すことができる。宙を舞う凍った水蒸気は宝石のようで、噴水や木々に衝突しては消えていく。
僕が今使った理由は……なんとなく。
「変に深く考えても仕方ないか。なにか起こったら、一つずつ潰して行って──」
「見つけました」
はっとし、僕は声が聞こえた方向に顔を向けた。腰を浮かし、レイピアを手にとって腰に構える。こんな時間に?一体誰だ?
いつでも攻撃ができるように腰を落とし、次いで現れた人影に目を見開いた。思考がいっぱいいっぱいだったとはいえ、数分でも気を抜いてしまった自分の愚かさを呪って。
「あ、貴女は……」
「お久しぶりです。ようやく見つけましたよ──レイズ様」
危険な笑みを浮かべた王女殿下が、僕へと華麗に一礼したのだった。
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