第10話 理不尽な強さは相手が可哀相になる。

「──へし折れ」


アリナさんが両手の掌を同時に握り、淡々とそう呟く。それに合わせ、彼女の周囲から伸びていた硬い木の枝々が掴んでいた多くの魔獣を強力な力で締め上げ、背骨が折れる鈍い音とともに身体をくの字に折り曲げた。


「これで、粗方は片付きましたかね」

「そうみたい。気配も感じないし」


地に伏せた魔獣たちには目もくれず、僕らは周囲の草原を見回した。無属性近距離初級魔法──夜光眼やこうがんを発動しているため、暗闇の中でもよく見えます。


調査を開始してから数時間が経過し、僕らは目についた魔獣を片っ端から駆除していった。

王都周辺をぐるりと回るように巡回したけれど、遭遇するのは夜になり活発になった魔獣だけ。全て僕とアリナさんで掃除したし、これで明日の早朝は遠距離狙撃はとても楽になる。やったね。

まぁ僕はほとんど眺めていただけで、大半はアリナさんの大地干渉で虐殺したのだけれど。魔獣たちがちょっと可哀想だった。


今僕らがいるのは王都に繋がる正門から少し離れた場所。魔獣と大規模にやりあっても王都に影響が全くない所だ。僕らの魔法で王都を囲う壁が破壊されましたなんてことになれば、どれだけ責任を取らされるかわからないからね。


「おつかれさまです」

「うん。成果は何もないけど」

「そんなことはないですよ。実際にどれくらい魔獣が増えているのかがわかったじゃないですか。魔石もたくさん手に入りましたし、ミレナさんも満足しますよ」


革袋の中に入ったたくさんの魔石を掲げて言う。

ほくほく顔の僕とは反対に、アリナさんの表情はどこか浮かない。何か思うところでもあったのだろうか?

彼女は相変わらずつまらなさそうな顔のまま、森の南側へと振り向く。


「?どうかしたんですか?」

「レイズは疑問に思わないの?こんなにたくさん魔獣が増殖しているわけ」

「え──いや、それはかなり不思議ですよ?通常の動物とは全く違う存在とはいえ、短期間でここまでの魔獣が出現することなんて考えられないんですから。まして、全ての魔獣の繁殖率が急激に上昇するはずがない」

「なら、思うでしょ?何か、自然とは全く違う力が関係しているんだって」


その考えに至るのは、自然なことだ。ありえないことが起きるには、必ずありえないことが関連している。それが今回、どんな手なのかはまだわからない。だけど、何かが関係しているのかは確かなのだ。

単純に数えて、普段の十倍の数の魔獣。討伐は容易いとはいえ、放置していいものではないだろう。森に続いている幾つもの道は、多くの旅人や商人も行き来している重要な道なのだ。魔獣を放置して、彼らが危険に晒されるようなことがあってはならない。本当なら騎士団がやるべきことなんだろうけど。


「誰かが魔獣を増やす魔法を使ったとか、変な薬を開発したとか」

「……ここで考えても、何もでません。一先ず王宮に戻りましょう。そこで、ミレナさんも交えて一度整理するべきです。そこから色々と推測を立ててみて、有力なものを幾つかピックアップ──」

「レイズッ!」


言葉を中断して、僕らはその場から大きく跳躍。直後、僕らがいた場所には何か巨大な物体が鎮座しており、大地には蜘蛛の巣状の亀裂が生まれた。強い魔力反応も同時に確認。これは……変だな。


「僕ら、王都どころか王国から離れてしまいましたか?」

「そんなはずない。ほら見て、ちゃんと後ろには王都があるでしょ?」

「いや、でもですね。ここが王都なら、どうしてあれがこの場にいるんですか?大陸西部にしか生息していないはずの魔獣──キマイラが」


アリナさんの端正な顔立ちから、視線を正面へ移す。そこには、僕らを見つめて警戒──いや、餌を見つけたように嬉しそうに唸っている怪物の姿。

3つの頭部は両サイドが山羊に真ん中は獅子。艷やかな毛並みの体毛を生やした胴体の背からは巨大な二枚の翼。伸びる尾は牙を尖らせる毒蛇そのもの。体長は……僕の五倍くらいはあるのかな?


明らかに今までに遭遇した魔物とは桁違いの強さを誇る存在。本で読んだことがあるけど、実物を見るとその圧力を感じることができる。並の魔法士なら、相対した時点で腰を抜かして命の危険に身を震わせているだろう。もしかしたら、失禁する者もいるかもしれない。

それほどまでに、目の前の怪物から発せられる威圧感は強かった──まぁ、僕はこんなことで屈したりしないし、寧ろ珍しいものを見たって感じでテンションが上がってるくらいなんだけどね。


「ふわぁ……剥製にしたら面白そう」


アリナさんなんて欠伸をしながらこんなことを呟いている。緊張感の欠片もない。僕も似たようなものなんだけどさ。


完全に舐めきった態度を取っている僕らに腹を立てたのか、キマイラが3つの頭から轟音にも似た雄叫びを上げ、威嚇。周囲の草花が大気の振動によって大きく揺れる。

けれど、僕らは動じない。そう、宮廷魔法士だからね。


「遊んであげたいところですけど、そろそろ疲れたので帰りたいんですよね」

「同感。さっさと片付ける。死骸は正門の前に置いておく」

「明日回収して貰えばいいですからね」

「うん」


アリナさんが指をパチリと鳴らすと、キマイラの足元が瞬時に盛り上がり、その巨体を天高く放逐。飛んでいった方向は……あぁ、完全に王都の正門ですね。あのままぶつかったら大変なことになるのをわかっていないのかな?飛ばすなら反対方向にすればいいのに……。


「流石にもう一回くらい、攻撃させてあげてもよかったんじゃないですか?態々出てきてくれたんですから」

「どうでもいい。どっちみち殺す」

「ごもっともで」


仮にもキマイラは討伐が非常に難しいとされている危険種。それを攻撃もさせずに一方的にふっとばすなんて、やっぱり反則だよ。と思いながら、僕はレイピアを抜刀。蒼い刀身は月明かりを反射してより一層輝いて見える。


「剥製にするんでしたっけ?なら、あんまりぐちゃぐちゃに壊さないほうがいいですか?」

「別にどっちでもいいよ。レイズが倒しやすい方法で。身体も大きいから魔石も大きいと思うし」

「んー……できる限り綺麗な状態で倒すのが好きなので、あんまり身体は破壊さないようにしますね。とはいっても、死針雷では威力不足ですし……」


死針雷はそもそも、小型の魔獣の魔石を正確に貫き、絶命させる魔法。巨大な体躯をしたキマイラに効果は望めないだろう。

ならば、別の魔法を使うまで。


「距離はおよそ……六百メーラか。そこまで遠くはないっと」


魔力を込め、刀身に魔法式を展開。

たちまちレイピアはバチバチと弾ける蒼い雷を纏った。切っ先を宙に浮かぶキマイラ──ではなく、その更に上空へ向け、魔法を放つ。


「──蒼雷鳴そうらいめい


放たれた小さな雷が天高くへと上がり、雲一つない闇夜へと消えた──数瞬後、激しい稲光と共に大気を劈く轟音が響き渡った。

天より降り注いだ一筋の稲妻はキマイラの胴体中心を正確に穿ち、垂直に落下。中央の獅子の首が折れ曲がり、ある意味芸術的なアートとなっていた。


風属性遠距離上級魔法──蒼雷鳴。

多量の魔力を圧縮した電気を空へと放ち、一気に開放して地へと稲妻を落下させる強力な魔法だ。


「この魔法の最大の特徴は、他の雷魔法とは違って雷そのもので倒すのではなく、稲妻が発生した瞬間に生まれる強力な衝撃で対象へダメージを与え、倒すことですね」

「初めて見る魔法。もしかして、占有魔法?」

「残念ながら汎用魔法です。担い手は今のところ僕と、僕の師匠しか知りませんが」


そんな会話を交わしながら、僕らは地に落ちたキマイラの元へ向かって並んで歩く。夜も深くなってきたからか、かなり寒い夜風が僕らを襲った。滅茶苦茶寒い。そういえば今が、冬明けだったばかりだったことを完全に忘れていたよ……。

そうこうしているうちに、キマイラが地面に頭から突き刺さっている場所に到着。


「お見事」

「うまく倒せましたね。焦げも少ししかない」

「うん。ということで、回収」


人の顔ほどはあろうかという大きな魔石を回収した後、他の魔獣と同様に液状化した地面に引きずり込む。数秒もかからない内に、キマイラの大きな身体は跡形もなく見えなくなった。


「明日回収するんじゃ?」

「よくよく考えたら、騎士団に丸ごと持っていかれそうだから。それと──」


アリナさんは指を鳴らし、今日狩った魔獣たちを全て門の傍に積み上げ、出した。


「何を?」

「王都の中には持って入れないから、ここに積み上げておく。キマイラは地面の中のままで」

「腐食しませんか?」

「保存魔法はかけておくから大丈夫」

「それなら、帰りましょうか。今度こそ」

「流石に疲れた。帰ったら紅茶ね」

「はいはい。わかりましたよ、って待ってください!」


魔石を革袋に収納している僕を置いて、アリナさんはそそくさと帰路についてしまう。ちょっと待って。これ、大きすぎて全然袋に入らない……。こんなことをしている間にも彼女は遠くへと進んでいく。優しさって言葉を知らないのかあの人は……というかうちの部署の人たちはッ!


このままだと本当に一人で帰る羽目になりそうなので、キマイラの魔石は手で抱えて持って行くことにしました。

すごく、重かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る