第4話 宮廷魔法士の仕事

王女殿下とお話ができたからといって、普段の日常には何の変化もない。

朝早くに起きて仕事をして、他の人よりも早くに仕事を切り上げて帰宅するか、執務室に泊まる。仕事も資料作成や整理などがほとんどで、外に出て実戦なんてことはほとんどない。今は戦時下でもないのでそれが当然なんだけれど。


「イメージと違いすぎるなぁ」


ぼやく。

僕が宮廷魔法士になる前に想像していた仕事とはかけ離れている。

イメージとしては、輝かしいローブを身に纏った魔法士たちが威風堂々とした立ち振る舞いで王宮を闊歩し、国の危機となれば颯爽と駆けつけ問題を解決する。同僚たちは皆超一流の魔法士で、つけいる隙きが一切ない。そんな高貴で民衆の憧れである存在。


だけど、現実は違った。


実際は毎日毎日どこかの会議で使用する資料の整理や王都を巡回することによる治安維持、非常時に対応できるように魔法の戦闘訓練を自主的に行う。これがほとんどだ。

威風堂々とした立ち振る舞いなんてものはほとんどしておらず、大半の者が疲労や眠気を抱えて不健康そうな顔つきをしており、歩く速度も何処か遅い。時々倒れないかな?なんて心配になるくらい。つけいる隙きがないかと言われれば人それぞれなのだけれど、僕に対しては大抵の人が優しく接してくれる。多分、年齢が一番下なのだし、別に威圧するような人柄でもないからだと思う。よく知らないけれど。


太陽が真上より少し西寄りに傾いている時間、僕は同じ部署の先輩であるエルトさんと一緒に王宮西部にある訓練場に来ていた。彼は仕事服である魔法ローブに身を包み、赤いステッキを片手に持って空に向かって魔法を放っていた。


炎属性中距離上級魔法──炎登龍えんとうりゅう


王都でも指折りの魔法士しか使うことが叶わない魔法。炎の龍は天高く登り、爆発するように熱風を撒き散らしながら消失。威力、速度、魔力の量、いずれも一流と言って差し支えないほどのできだ。


「流石ですね、エルトさん」

「こんなレベルの魔法なら、うちの部署なら誰でもできるだろ」


真紅の短髪をかきあげながら、エルトさんは水の入った水筒に口をつける。使い手の限られる上級魔法をこんなレベルですか。流石です。


「うちの部署の人たち、魔法のレベル高いですからね」

「逆に魔法の扱いが平均以下の奴がうちの部署に入れるわけないだろう。普段は雑務ばっかりやってるけどよ。最低条件ってのがあるんだよ、うちは」

をしたことがない僕からすれば、普段の雑務のほうが本仕事に思えてきます」

「そんなわけないだろうが。滅多に仕事のない俺らに仕事をさせるために、上層部がやらせてるんだよ。ほら、次はお前の番だ」


訓練場の中央から離れて木陰に入るエルトさん。うーん、困ったな。


「僕、普通の魔法はあんまり得意じゃないんですよね」

「ま、やってみろ。得意じゃなくても近距離中級魔法程度ならできるだろう?」


笑いながら言ってくるけれど、本当に苦手なんだ。

魔法というものにも種類があり、それぞれ性質による7つの属性──炎、水、風、地、光、闇、無──や、有効射程範囲──近距離、中距離、遠距離──、会得の難易度──初級、中級、上級、超位──によって分類されている。

魔法士の中では属性よりも得意な有効射程範囲が重要視されることが多く、大多数の魔法士たちは幅広い距離にまで有効な魔法を会得しようとするのだ。

特徴として、近距離は有効射程範囲が短い代わりに絶大な威力を持ち、中距離は威力は劣るものの近距離の数倍の射程範囲を誇る。基本的に魔法士が会得するのはこの2つだ。この2つの距離の中級魔法を複数個会得すれば、王宮魔法士も夢ではないと言われている。


そして、最後に残った一つ。

遠距離は遠方にまで魔法が届く代わりに、威力を極限まで抑えたものになる。更に、使用の際は正確に的に命中させる必要があるため、無属性近距離中級魔法──視覚強化を併用し続けることが必須。その性質上、会得しようとするものが限りなくいない系統なのだ。


「──氷結露ひょうけつろ


僕は全く乗り気でないまま、水属性近距離初級魔法──氷結露を発動。足元の地面の表面にうっすらと霜が降りたような白さが浮かび上がり、パリッと音を立てて広がっていく。

それを見て、エルトさんはため息を吐いた。


「本当、得意な魔法以外はからっきしだよな、レイズって」

「得意と不得意の差が激しすぎるんですよねぇ。仕方のないことなんですけど」

「近距離では初級魔法ですらこれとは。お前の魔力内包量なら、初級でも王宮全体を凍らせるくらいできないとな」

「できてもやりませんよ!?」


盛大にツッコミをかましながら、僕は凍らせた地を踏み鳴らしながら木陰へと足を踏み出す。

別に、悔しくなんてないよ。ただ昔から、一つのこと以外はうまくできないたちだったし……。本当に悔しくないからね?

エルトさんは若干不機嫌になった僕を感知したのか、執務室への帰り道で紅茶を買ってくれた。

優しい。



この王都には他では見られない奇妙な光景がある。

それは、王都の建物の屋根に無数に設置された、大小様々な鏡だ。長く丈夫な棒を建てられ、その頂点に取り付けられている。

今から数ヶ月前に設置されたそれらは当初、王都の民に疑問に思われていたのだけど、王宮より民に向けて伝えられた、外の魔獣を仕留めるための鏡だという説明を受け、今では何事もなかったかのように受け入れられている。

もちろん、あれを使ってどうやって倒すのだという疑問はあったのだけど……実際に結果が出ているから、文句も何も言えないんだ。


エルトさんと訓練をした翌日の朝。

まだ朝日も上っていない空が青く染まる時間帯に、僕は王宮の別館へと足を運んでいた。無人の建物内に足音がよく響き渡る。

いや、それにしても寒い。外気温調節魔法を使っていないから当然なのだけれど、この寒さは応えるものがある。鳥肌が収まらない。

薄暗い館内を照らすために発動している光魔法──光球に照らされた息が白くなっている。気温は氷点下を下回っているな。寒すぎる。


「全く、なんで僕がこんな仕事を……」


ぶつぶつと文句を言いながら階段を上っていく。

こんな朝早くから僕がここにいる理由は一つ。

宮廷魔法士になった際に言い渡された仕事をするためだ。

毎朝早朝、この別館の屋上に上り、とある仕事を手早くこなす。屋上は王都のどの建物よりも高く、都だけでなくその外側までを一望できるのだ。とてもいい景色。王都の中でも一番なんじゃないかな?

だけど当然、その景色を毎日眺めるなんて仕事内容じゃない。簡単ではあるけれど、面倒くさい仕事だ。


階段を上がりきり、屋上に続く扉に力を込めて開け放つ。吹き込んだ風がとても冷たく、風の無かった館内よりも寒く感じる。多分気温は同じくらいなんだろうけど、やっぱり風の有無で体感温度が違うんだろうな。


「さっさと終わらせて、もう一度寝よう」


欠伸を一つ零し、屋上の端へと移動する。その間に腰元のレイピアを抜き放つ。シャリンっと甲高い金属音を響かせたその刀身は、鉄特有の銀色ではなく蒼色の光沢を放っている。


「さ、いるかな?」


無属性近距離中級魔法──視覚強化を発動。視界がクリアになり、先程まで見えなかった遠くの景色が鮮明に見えるようになる。朝のカフェテリアで新聞を読む人。玄関前を掃除するご老人。そして、更に遠く離れた場所──王都郊外の森から出てくる十数体の怪物の姿。


魔獣と総称される、魔石を体内に持つ一般的な生物とは異なる存在。性質は凶暴そのもので、獲物を見つければ骨すら残さない食欲も併せ持つ。


そして何よりも強い。魔法を使えない一般人が遭遇すれば、まず間違いなく死ぬ。人を襲うことが非常に多くあるため、発見次第逃げなければいけない。逃げ遅れれば、命はない。

だが、逃げてばかりいると魔獣の数が増える一方。ますます外に出るのが難しくなってしまう。

できる限り安全に外に出ることができるように、定期的に宮廷魔法士が外に出向き、討伐をしているのだ。

僕が宮廷魔法士になる前は。


「〜〜〜♪」


鼻歌を歌いながら、僕は魔力を込め、レイピアの刀身に蒼い稲妻を走らせていく。バチバチと弾けるそれらを纏った剣を構え、横凪に振るった。


「──蒼電雷光そうでんらいこう


青い稲妻は十数の槍となり、王都の街に向かって飛来。一体何処を狙って放たれたのかと思える雷の槍は、街に建てられた無数の鏡を何度も何度も反射した後、外で獲物を待っていた魔獣を一匹残らず正確無比に穿つ。雷槍に貫かれた魔獣は地に倒れ伏し、紫色の血を吹き出しながらびくんっと痙攣を繰り返している。

あの鏡は魔法の威力を保持し、魔力を反射する特別性能を持っているのだ。


僕の毎朝の仕事。それがこれだった。

この別館の屋上から王都郊外を見渡し、確認した魔獣を遠距離から討伐しろという何とも人使いの荒いこと仕事だ。まぁ、僕がこの役目を担ってからというもの、態々朝早くから魔獣討伐に赴く魔法士がいなくなったのはよかったことなのかもしれないけれど……。その分、僕が苦労する羽目になっている。お金は出るからいいんだけど、とにかく眠い。明らかに睡眠時間が削られている。

だから、二度寝の時間を確保するために──。


「さっさと他のも終わらせてしまおうか」


それから約三十分、僕は鼻歌交じりに魔獣を打ちまくった。


先日の訓練では一切手を抜いたりしていない。僕は特定の種類以外の魔法が本当に苦手なんだ。


特定の魔法──全属性全級魔法以外は。

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