第6話 相席した人は
「結構混んでるな」
喫茶チェリーの開店時間の少し前に店の前に来ると、既に十数人の客と見られる女性たちが列を作って並んでいた。この様子だと、開店時間よりもかなり前から並んでいた人もいるみたいだ。そこまでして食べたいものなのかちょっとわからないけれど、きっと女性にとっては新作ケーキというだけで、喉から手が出るほど欲しいものなんだろう。
僕は最後尾と書かれたプラカードを持った店員と見られる女性を見つけ、そちらに向かって歩いていく。列に並び懐中時計を開いて時刻を確認すると、丁度開店時間になっていた。並んでいた女性たちが次々と店の中に入るのがわかる。
これなら、持ち帰りの僕はすぐに帰れそうだ。
「お次でお待ちの方〜」
「はい」
「店内でお召し上がりですか?」
「持ち帰りで」
すぐに僕まで順番が来た。
ケーキがたくさん並んでいるショーウィンドウを覗き込み、アリナさんからの注文であるマロンケーキがあることを確認する。
あった。残り5つになっているから、結構ギリギリセーフ。やっぱり新作でこれを目当てに来ている人が大多数だから、減るのが早いなぁ。別に買えるから全然いいんだけどね。
「えっと、マロンケーキを5つ──」
頼もうとし、僕はそこで気がついた。
僕の後ろに並んでいた女性が、絶望したような表情をしていることに。
いや、わかる。マロンケーキが目当てで来て、それが目の前で全部売り切れてしまったことにショックを受けているんだろうけど……そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくても……。
あ、目があった。小動物みたいな瞳でじっと見つめてくる。いや、そんな訴えられても……。
「……4つで」
代わりにベリーのケーキを一つ注文しました。
◇
「で、どうしてこんなことに?」
僕は机の前に置かれたショートケーキとミルクティーを見て、対面に座る女性を見た。
スラッとした体躯に、どこか強気で力強さを感じる紅玉の瞳。肩まで伸びる艷やかな黒髪。客観的に見てもとても綺麗な方であることは、僕にもわかる。店内の多数の視線を集めていることからも、それは決定事項だろう。
彼女はジッと僕の顔を見つめて、時折「へぇ……」なんて意味深なことを言いながら頬杖をついていた。
「あの、どうして僕は貴女と相席してお茶をしているんでしょうか?」
「私がそうしたい気分だったからよ。何か問題がある?」
「いえ、別にあるわけではないですが……」
女性はとても強気に僕の質問に答えた。
なんだろう。さっきまでマロンケーキを取られそうになって泣きそうな顔をしていたのに、今はどこぞの悪徳令嬢のような雰囲気だ。僕は別に気にしないけれど、こういう態度が嫌いな人はかなりいると思う。
別に、僕は気にしないよ?本当に。
色々と思うことはあるけれど、一先ずケーキを食べよう。フォークでイチゴを突き刺して口に含む。甘酸っぱい美味しさが口内に広がった。美味しい。
「……イチゴから食べる派なのね」
「え?違うんですか?」
「私は最後に食べるの。果物は最後のお楽しみにね」
「どっちみち食べるんですから最後だろうと最初だろうと同じでしょうに」
「わかってないわね。これだから男の子は」
「はぁ」
心底どうでもいい。
というより早く帰りたい。早く帰らないと遅いと言われてアリナさんから暴力を頂戴する羽目になってしまう。じゃれあう程度の軽いものだけれど。
対面の女性は念願だったマロンケーキを口に運ぶと、とても幸せそうな表情で「ん〜♡」っと言いながら頬を綻ばせている。
「はぁ〜幸せ。やっぱり抜け出してきて正解だったわ」
「抜け出してきた?」
「あぁ、こっちの話だから」
「はぁ」
「それより、ありがとね。これ、譲ってくれて」
つんつんとマロンケーキをフォークで小突きながら微笑み、感謝を述べる女性。
「いや、流石にあんな子犬みたいな表情されたら譲りますよ」
「うっ……だって、前の人が5つも買うとは思わないじゃない。というか買いすぎよ」
「僕はおつかいを頼まれただけですからね。一人でこんなに食べるはずがないでしょう?日常的にこんなもの食べてたら太ります」
ん?店内の温度がなんか下がった気がするけど、気のせいかな?
「そ、そうね……体型は気にしなくてはいけないことよね」
「別に、貴女に言っているわけではないですよ?十分今のままで綺麗だと思いますし」
「ありがとう。そういってもらえると嬉しいわ。っと、もうこんな時間なのね。お昼までには帰らないと」
いそいそと皿の上のケーキを平らげ、女性は立ち上がる。それにあわせて、僕も。
「僕もすぐに戻らなければならないので」
「あら、そうなの?ごめんなさい、無理に付き合わせてしまって」
「構いませんよ。ケーキ、ごちそうさまです」
二人で店を後にし、別れの挨拶を述べて立ち去ろうとした、その時。
「レナ様ッ!」
一人の執事服を身に纏った中年の男性がこちらに走ってきて、隣の女性へと近づいた。まぁ、大体推測はできていたけど、やっぱりそういうこと?
「あら、見つかっちゃった」
「お戯れが過ぎますッ!我々がどれだけ探し回ったと──」
「悪かったわ。お小言なら屋敷で聞くから、早く帰りましょう」
「全く、貴女という人は」
諦めたようにため息を吐いた執事さんは、次に僕の方へと向き直った。
「お嬢様が、大変ご迷惑をおかけいたしました」
「い、いえいえ、そんな……やはり、王国の貴族様でいらっしゃいましたか」
なんとなく、そんな気はしていた。抜け出したとか言っていたし、多分行動が制限されている厳しい家柄の令嬢なのだろうと。
執事さんは頷き、女性──レナと呼ばれた彼女を紹介した。
「この御方はフロレイド=オーギュスト公爵様のご息女であらせられる、レナ=オーギュスト様でございます」
「ロイド。その辺でいいでしょう?行くわよ」
「はっ」
一礼し、執事さんはレナ様?の後ろへと控える。
「じゃあ、また会いましょうね。レイズ」
「え?」
どうして僕の名前を、という問をすることは叶わなかった。彼女はすぐに背を向けてしまい、遠くへと歩いていってしまったから。
呆然と立ち尽くす僕は、小さくなっていく背中を見つめ続ける。時間を忘れて、店内で失礼を働いていないかひたすら考えるのだった。
……失礼なことしか言ってないかも。
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