部活のお話 「先輩が高校の部活動で一番頑張ったのは後輩を虐める事ですね」

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 先輩は、泣いている私に声だけ掛けて行ってしまいました。

 分かっていました。先輩は私が喜んでいようと落ち込んでいようと何事も動じないと。そして実際そうでした。


 その後、部活でも先輩は以前と変わらず接してくれました。

 だけれど昼食はなんだか一緒に取り辛くなり、私は中庭に行くのを止めてしまい、先輩はまた一人で食べるようになりました。

 私を誘ってくれるかもしれないと少しだけ期待したけれど、きっと先輩は私のクラスも知りません。

 先輩は私を必要としていないのだから、当然と言えば当然。


 そうして私は先輩に一方的に負い目を感じて距離を取るようになってしまいました。

 そうなった後でも他の先輩たちからの虐めは続いていました。

 私は私の先輩ほど上手くかわしたり流したり出来なかったので、虐めの内容は私を通して間接的に先輩を非難するものから私自身を攻撃するものに変わっていきました。


 そんなある日の昼休み、私は以前私の先輩に虐められている所を見られた場所で、同じ様に先輩たちに囲まれていました。

「あんた最近一人で居るの多いよねぇ、あいつに捨てられちゃったの? 飽きられちゃった?」

「あいつは足速いからまだ良いけど、あんたトロい癖にどうして陸上やってるの? 辞めれば?」

「だよね、あんたが部活でやってたことってあいつのご機嫌取りばっかりだったもんね。マネージャーはもういるんだから部的にもあんた要らなくない?」

 私は唇を噛むばかりで何も言い返せません。

 そんな気は無い筈なのに、そう言われるとそうだったのかも知れないと不安になります。

 私は私の先輩の取り巻きになって、先輩の威を借りて強くなった気になりたかっただけなのでは。

 そしてそんな気分に満足して結局何も変わらず、そんなだから他の先輩たちに見透かされ好きなように言われてしまう。

 私の先輩は自分の欠点や弱点を指摘されても平然としている。きっと自分を受け入れることが出来ているからだ。私は自分の嫌いな所が我慢できない。それをどうにも出来ないでいる事実が私を苦しめている。

 こんなことを言われて黙っていたい訳じゃないのに!

「あんたが走ってると一人分、人数とって邪魔なのよ」

「どうして人の迷惑考えられないのかねー」

「それに……」

 先輩の一人が口ごもりました。

 気付けば完全に自分の足元を見ていた私は不審に思って顔を上げます。

 私の先輩がすぐ傍に立っていました。

 少しほっとして、その後に諦めがありました。

 この場所は私の先輩の中庭から教室への通り道から目に付きます。先輩が現れたのはただそれだけ。目に付いただけ。私に興味があって私を助けるために現れたんじゃ、ない。

 今度も私が何を言われていたか先輩は聞いていたのでしょうか。そうだとしても、前と違い先輩については言われていません。先輩とは無関係です。だからきっと、私を助けたりはしないでしょう。

「……なによ? 可愛い後輩助けようっての?」

「いいえ。何も。私には関係無さそうですから、私は何も言いません」

 やはりそうでした。

 しかし本人からはっきりと口にされると胸に深く突き刺さります。

 私は何よりもそれが辛くて、俯いて、両手を力なく垂れ下げたまま、ついにぽろぽろと涙を流してしまいました。

 寂しくて、無力で、孤独で、何にもすがる物が無いのだと。


 瞬間、手に感触が走ります。

 それは私の手の甲を撫でて、指先を辿り、指の間に指を絡ませ、ギュッと握り締められました。


 私の先輩が、私の手を握り締めていました。

 彼女の熱が私の手にありありと伝わってきます。

 どうしてそんな事をしてくれたのか、まるで理解できません。

 私の頭の中はすっかり混線し、私の先輩と交わした言葉が走馬灯のように再生されました。


──憧れの先輩と手を繋ぐと、勇気が湧いて来るんです!


 私は確かにそう言った。


──私、嘘は嫌いなんです。


 私の先輩は確かそう言った。


 ああ、先輩は私を嫌いなんかじゃない。

 でも、でも、先輩に手を握って貰ってこのまま、何もしないままだったら……私は嘘を付いてしまう。

 嘘を付いたら、私の先輩はきっと私を嫌いになる。私の先輩が、私の先輩じゃ無くなっちゃう!

 私は一度だけ、大きく大きく呼吸をし、覚悟を決めると吠えました。

「私は確かに何の成績も残せてない選手ですけど、私は胸を張って部活に打ち込んだと言う事が出来ます! 先輩たちはどうなんですか? 就職? 進学? その面接で言えるのは部活で一生懸命後輩を虐めて青春を過ごしてましたぐらいしか言う事が出来ないんじゃないですか? もっとアピール出来る事を身に着けてはどうなんですか!? そろそろ引退なのにやってる事がこれなんですから人間的な魅力を習得すべきじゃないんですか? うちの学校程度じゃ成績も目を引く事なんて無いんですから!」

 突然火が付いた様にまくし立てた私に先輩たちは目を白黒させていました。

「行きましょう先輩!」

 私は先輩の手を握り返して駆けだしました。


 私は無我夢中で階段の踊り場まで先輩を連れて来ると、そこで漸く人心地付きました。

 私の先輩は相変わらず何も動じない表情で私を見つめていました。

 さっきとは別の感情で涙が出ました。

「よく口が回りますね」

 先輩がポケットから取り出したハンカチで私の涙を拭いてくれました。

 そのハンカチが、ウサギの刺繍がされた小さくて物だったのがかわいくてかわいくて、先輩のイメージとは全然合わなくてなんだか笑ってしまいます。

「先輩の……お陰です」

「そうなのですか」

「色々伝えたい事があるんです」

「はい」

「またお昼を一緒に食べて良いですか?」

「中庭は誰の物でも無いので好きな場所に座れば良いと思います」

「先輩は私の事が嫌いでは無いですか?」

「面倒臭いとは思っています」

「先輩は私の事が好きですよね!」

「面倒臭いとは思っています。……私からも一つ」

「え!? 何でしょう!?」

「手を離して下さい。中々の握力ですね」

「すみません。嬉しいです、先輩の手暖かくて……もう手、洗いません」

「手を洗わない人とは手を繋ぎたくは無いですね」

「あー! あー! じゃあ手を洗います! 何時でも先輩が手を繋いで良いようにピカピカにしておきます!」

「また手を繋ぐとも言ってませんが、そうですか。では次移動教室なので失礼します」

 私の先輩は何事も無かったように行ってしまいました。

 きっと先輩にとって私の手を握った事なんて全然ちっとも何ともなくて、例えば先輩が高校の部活や部活に関連して起きた事の話をしたとしても今日の事は全く出て来ないのでしょう。

 でも、今日の事は、私の高校生活での大事の宝物なのでした。


<おしまい>

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