部活のお話 「先輩が高校の部活動で一番頑張ったのは後輩を虐める事ですね」

 ある日、後輩が中庭に現れませんでした。

 私はだからといって特に何かするでもなく、彼女が居なかった頃と変わらずお昼を食べ終え、教室へ帰ろうとしました。

 が、校舎の陰に後輩の姿を見つけました。

 彼女だけではありません。

 部活の先輩連中とも一緒でした。

「あんたさぁ、何であいつと仲良くしてるわけ?」

「あいつに取り入ってどうしたいの? 一緒にいれば先生からついでに目を掛けて貰えるとでも思ってんの?」

「受け答えもマトモじゃないし、あいつが居るだけで場の雰囲気悪くなるし、あんなのと仲良くして部内に居場所があるってあいつが勘違いしたら困るんだよ」

 前述の通り、部員の私に対するやっかみに対してはのらりくらりとやり過ごしてきたため、部内で私に対する糾弾は表層でも水面下でもほぼ無くなって、今では精々無視される程度になっていました。基本的に私は周囲が要求するレスポンスをしなかったので、彼女らは楽しくなくなったのでしょう。猫だって何時までもバネの先にポンポンが付いたおもちゃで遊びません。まして私は先にポンポンすら付いてないただのバネみたいな物ですから。

 故に彼女らには新しく、追いかけてつつくと逃げ回るおもちゃが必要だったのです。

「違います、そんな事、考えてません……」

 何時も一緒に昼食を食べる時とは打って変わって、消え入りそうな声を振り絞る後輩が居ました。

 思えば私は私以外に接している時の後輩を知りません。なのでもしかしたら、弱くておどおどしている今の彼女が本来の彼女に近いのではないでしょうか。

 私は教室への帰り道の途中で聞こえたそのやり取りを聞いて歩を止めました。

 立ち聞きしたいとは思っていません。後輩がどうかと言えば、困っているのはそうでしょう。

「大体あんた、あいつの何が気に入ってるの? シューズもボロボロで小汚いしさ」

「髪型も何あれ、たまに髪結ってるの笑えるよね、あれ絶対百均の安いリボン使ってるよ」

「絶対あいつん家貧乏だよね~」

「そんな事ありません、先輩は……」

「そんな事無い訳無いじゃん! どう見たってあいつ貧乏じゃん!」

「ああ、分かった! あんた捨てられてた猫に餌やる感覚であいつに餌付けしてるんだねー! あいつお昼ご飯何食べてるの? 残飯?」

 後輩は俯いて何も言えなくなっていました。

 私は不思議でなりません。

 基本的に私の話ばかりだというのに何故彼女が傷付くのでしょう。

 それが何となく気になって私はふらりとそちらへ歩を向けました。

「今日は四人でお昼でしたか」

 先輩方と後輩の人数を合わせて私は言いました。

 後輩を取り囲んでいた三人の先輩は近寄る私を認識しておらず、突然現れた私に一瞬身を震わせました。後輩は顔を上げ、私を認めると恥ずかしいのか伏し目になりました。恐らく見られたくなかったのでしょう。もしかしたら私が見てない所でこういう事は度々あったのかも知れません。

「何……? あんた関係ないでしょ」

「はい、関係ありません。いえなに、先輩方が偉いなあと思いまして。私、嘘は嫌いなんです。普通誰かを貶めたいならある事無い事言えばいいのに、先輩方が今言った事は全部正解。シューズはボロボロ、リボンは百均、ついでに髪は近所の床屋で切ってます」

「知らねーよ、お前の貧乏自慢!」

「いえいえ、私の身に着けている物から家庭環境まで想いを馳せて頂いて大変恐悦至極でしたので、ついつい出張ってしまいました。私は先輩方の事なんて考えた事もありませんし名前もロクに覚えていないのに。他人の印象に残るような際立つ部分が皆さんにあれば良かったのですけれど。では引き続きご歓談下さい。どうぞ幸せなひと時を」

 先輩方からすれば私の存在そのものが冷や水であるらしく、私が言葉を掛けるのはそれをぶっかけるのと同様であるようでしたので、何かしら捨て台詞だか悪態だかを残して去って行きました。

「……ごめんなさい」

 後輩は力なく、倒れる様に私に寄り掛かってきました。

「貴女お昼は食べたんですか? 時間なくなりますよ。私はもう済ませたので、今日はお一人でどうぞ」

「先輩、先輩」

「はい」

「私、大好きな先輩が馬鹿にされても何も言えなくて」

「そうなのですか? 私に関しては事実だったので特に問題は無さそうでしたけど」

「でも先輩だって大好きな人を馬鹿にされたら黙っていられないでしょう?」

 私が大好きな人というと家族、兄と妹です。

 兄は馬鹿に弱点と欠点を混ぜて人の形を与えたモノであるので、好きなだけ指さして笑っていいと思います。八才の妹を馬鹿にする人間はそれ自体が馬鹿にされる要因になる気がします。

「まあ、分からなくもないですが。とにかく昼食は食べて下さいね」

 それだけ言い残して、泣いている後輩を残して私は教室へ帰りました。


 その後、後輩が私の元を訪れる事は無くなったので、私はようやく安寧を取り戻した……はずでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る