夢の夢こそあはれなれ
途中で事故渋滞に巻き込まれて、高速を降りたのは午前三時。和歌山に入っていた。
会話は途切れている。律果は頬杖を衝いてぼうっと窓の外を眺め、紫雁はただ前を向いてハンドルを握っていた。
世界に二人きりとはこんなときに使う表現なのだろう。けれど、それは幻想に過ぎない。遺伝、血。DNAは生きている限り決して解けない呪縛で、だから
細く開けた窓から
「ああ、着いた着いた。運転お疲れ様」
「いい加減に腰が痛え。お前、本気で一度も交代しねえんだからな」
軽くストレッチをすると、
海のにおい。冷たい夜の空気と、吹き付けてくる潮風。崖に近付くと唸るような、叫ぶような波の音がする。顔に触れる細かな
「件のバイトの人に頼んで譲ってもらったんだ。きちんと加工してあるものは、なかなかそこいらでは買えなくて」
街灯に浮かび上がる桐箱の中身は、赤い麻縄だった。紫雁と別れたてから、これを受け取りに行っていたらしい。呆れた顔をする紫雁に対し、なめされた柔らかな縄を解く律果は得意げだった。紫雁の胴に縄を回し、ぐるぐると巻く。手慣れている。
「後悔しないかい?」
「悔やむ後も無いのに、するわけ無いだろ」
考えるより先に出たその言葉が本心だった。今になって後悔するくらいなら、此処までの
「それもそうだ」
縄が締まった。お互い、遺書などは遺して来なかった。いなくなった後のことなど、考える必要は無い。
自分の
お互いの胴を繋いだ縄が、
「
「呼ばれたいかい?」
愛おしいものを見るような目で問われたそれに、紫雁は否と答えた。そうだな、と頷いた律果も同じことを思っているのが分かった。自分たちの終着点は此処だ。これ以上には行けない。
「頼むよ、四辻。早く」
自分と同じ目がゆっくりと閉じる。紫雁は両手に力を籠めた。血管を
冷たい指先が自分を絞め上げる腕に触れ、無意識の内に爪を立てる。いくつも赤い線が出来たが、紫雁の手は緩まなかった。
やがて爪の汚れた指先がだらりと地に落ちる。気付けば紫雁は膝を衝いていた。強張った両手を離すと、意識を失った律果が、指痕の付いた首をかくりと紫雁に預けた。
心は
いこう、神崎。名前で呼び合えるところへ。腕の中の連れに呼び掛け、宙へ足を踏み出した。
海水は冷たいようで温かい気がした。波に揉まれて岩に背を打って、開いた口から身体が溶けていく。鼻、喉、肺、背中、頭。痛みも曖昧になって、ただ穏やかだった。ぼやけた目が、天上へ昇っていく白銀の泡の中で、ゆらりと
自分たちをエゴに付き合わせた、一人の父と二人の母を思った。
自分たちのエゴに付き合わされる、まだ見ぬ次の両親を想った。
然らば、閉幕。 片桐万紀 @MakiKatagiri0504
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