二つ折りモナカ

 クラブで働く律果の母親が帰宅しないうちに、二人揃ってマンションを出た。始発の各駅停車を乗り継ぎ、町田のネットカフェに入って、狭いボックスで泥のように眠った。安っぽいシャンプーで軋んで、律果の癖毛はいつもよりパサついている。丸くなって目を閉じる姿は胎児のようで、向かい合って自分も同じ姿勢でいることに気付いて、紫雁は少し笑った。

 昼の四時を過ぎて律果とは一度別れた。用意したいものがあると言って雑踏ざっとうに消えた細い背中を見送り、紫雁も行動と始める。とは言っても紫雁がしたのはレンタカーを借りる手続きをしただけで、それ以外は適当に街中をぶらつき、店を冷やかして時間を潰した。二日間電源を切ったままのスマートフォンは、相変わらずショルダーバッグの底で沈黙している。

 荷物を増やした律果を駅前で拾ったのは午後七時を回った頃合いだった。黒いトートバッグに入った抱える程度の大きさの桐箱と、白いビニール袋。透けて見えるボトルに紫雁は呆れた。先日の御礼が随分気に入ったらしい。

「助手席で呑むなよ。お前、運転代わる気無えだろ」

「もう呑んでしまったからね」

 君も呑むかい、と紙コップに注いだウイスキーを差し出してくる。紫雁は要らねえと言って窓を開けた。車内にはアルコールの甘い香りとサキイカのにおいが充満していて、うっかり検問にでも引っ掛かったら紫雁まで酒気帯びだとしょっ引かれそうだ。

 用意周到な律果は、これなら良いだろう、と半分に割ったチョコモナカジャンボを紫雁の口に突っ込んでくる。咀嚼そしゃくしながら、アパートの冷凍庫で存在を忘れ去っていたものを思い出した。きっと今もカチコチになっている。

 ノイズ混じりのラジオから、アナウンサーの明るい声で気象情報が流れてくる。梅雨の晴れ間、洗濯物がよく乾くでしょう。初めて明日が夏至げしだと気付いた。道理で空がまだ明るいはずだ。

冬至とうじに比べて夏至って地味だよな。柚子湯とかカボチャとか騒がねえし」

「そういえばそうだね」

「何でだと思う」

 大喜利おおぎりじみた無駄話に、真面目な答えなど必要無い。ぐびりとウイスキーを呑みながらうなった律果は、余計なことをしている時間が無いからかな、と答えた。

「昔は通い婚だろう? 相手の家に行って、セックスして、夜明け前には帰る。ぼんやりしていたらすぐに朝になってしまうじゃないか。だから夏至には余計なことはしないんだ」

「教授なら今の回答何点にするだろうな」

「うちの先生なら面白がってくれるんじゃないかい?」

 車は一般道を抜け、東名高速に入った。アクセルを踏み込む紫雁の脚に力が入る。一路、西へ。

 山は長野を思い出す。街は逃げ切れないから嫌だ。それならばと二人が選んだのは海だった。具体的にどこの、とも決めていない。行ける限り遠くへ行き、辿り着いた海で良い。

 明るいと思っていた空もいつの間にか暗くなった。時折サービスエリアで休息を挟みながら、ひたすら車を走らせる。逃避行と呼ぶにはあまりに気分が軽かった。まるでピクニックにでも行くような。幼い子供が、親の目を盗んで小さな大冒険に出るような、そんな気分。

 エゴに産み落とされた命ならば、エゴで死ぬのも権利だろう。今更同腹のきょうだいになれないのなら、来世に期待するしか無いではないか。

 双子に生まれたいというエゴで、紫雁と律果は死にに行く。

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