ひとといふもののなれのはて

 エゴだな。紫雁が嘆息した。

 エゴだね。律果が呟いた。

 記念品の紫雁と、不要品の律果。どちらも、母親に勝手に役割を負わされた。

 子供というのは、親のエゴのかたまりだ。愛の結晶だとか、絆の証だとか。将来はエリートの弁護士にとか、ピアノの上手なお嬢さんにとか。そんなもの、本人たちは知らない。生まれたいとすら言っていない。勝手に産み落とされて、勝手に理想を抱かれて、期待されて、役割を負わされて、外れたことをすれば責められるのだ。何て理不尽なシステムだろうと紫雁は思った。

 もう、あの部屋には帰れないだろう。あの母親はいつまでだって待っているに違いない。郵便受けに届くはずの不動産会社からの通知も、あの女の目に触れたらどうなるか。

 律果と二人、途方とほうも無く逃げたかった。けれど、ちっぽけな大学生が手に手を取り合って、いったいどれだけ逃げられるというのだろう。監視カメラが二十四時間見張り、どこへ行くにも記録が残る、この現代で。

 何より、仮にどこまで逃げたとしても、紫雁と律果が本当に欲しかったものは手に入らないのだ。

「心中でもしようか」

 散歩に行こうか、程度の軽さで律果が言った。心中とは何だっただろうかと、紫雁は疲れ果てて霞んだ頭で考える。

「ほら、言うだろう。男女の双子は心中者の生まれ変わり」

「お前それ、近松の講義やったときに教授が言ってたやつだろ。いつの時代の話してんだ。大体、俺たちは双子じゃないだろ」

「半分血の繋がった男女が同じ日に生まれたんだぞ?」

 案外、前世は心中し損なって、どちらかが後から死罪になったんじゃないか。江戸時代、心中未遂は重罪だったと教授は話していた。同時に死ねなかった、だから双子になり損ねたのだ。からりと笑って言うには性質たちの悪い冗談を楽しそうに。

 馬鹿か、と鼻を鳴らしながら、そうかもしれないな、と紫雁は心の中で呟いた。そうであれば良い。一番欲しかったゆかりだけ、決して手に入らない、その理由になるのなら。

 律果の提案は魅力的なように思えた。逃げるより死ぬ方が簡単だとも。

 心中するか。声にしてみると、一層現実味を帯びた。

 律果は嬉しそうに笑って、紫雁の手を握った。

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