2章

「渡良瀬ひかるです。よろしくお願いします。」

HRのギリギリになって教室に戻ると、もうすでに教室に来ていた担任から若干の圧を感じて、急いで席につく。

「皆さんの新しい仲間を紹介します。」

という担任の前振りで紹介された彼は、にこにこと愛想を振りまいて挨拶をすると、静かに いつのまにか用意されていた新しい席に着席した。どことなく不思議なオーラをまとっている彼は 人を惹き付ける"なにか"持っているらしく、クラスの注目は僕から一気に渡良瀬くんへと移った。

HR終了後、僕は出来る限り気配を消して友人のもとへと移動した。

「ねえ、あいつ来てるよ」

「あいつ?渡良瀬くんと知り合い?」

「違うよ。図書委員の、ほら。」

「あぁ、不登校の。」

高校では珍しい転校生の話をしているのかと思うと、同じクラスの図書委員の話をしていたらしい。彼は恐らく保健室登校をしているらしく教室に来ることは ほとんどない。授業もほとんど受けず、どうやって単位を取っているのかもわからないが、3年間ずっとこの調子らしい。確か名前は、女子っぽいかわいらしい名前だったような気がする。今日は朝から色々あったせいで教室をじっくり見る余裕も無く、気がつかなかった。

チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。急いで自席につくと 渡良瀬くんを囲んでいた人たちも時間が惜しいという顔で、ぞろぞろと席につく。一気に周りに誰もいなくなった彼と一瞬 目が合い、にこりと笑われたような気がした。

1時間目はLHRで転校生の渡良瀬くんの委員決めをしようと言う話になった。この学校は、何らかの部活か委員会のどちらかに属していなければならないので、彼は委員会を選択したようだ。先生の独断により、クラスで僕が一人でやっていた 広報委員に決まった。それからは、いくつかのアンケートに答えたり、文化祭のことを話し合ったりなどの作業が続き、授業は終了した。


「あー腹減った…今日も寝坊で朝飯食ってないんだよ。」

四時間目も修了し 友人の言葉に半ば呆れながら財布を手に取り、食堂へ向かおうと教室のドアに手をかけた時だった。

「あの…一緒に食べてもらえませんか?」

僕が声の主を目でとらえるより前に友人が口を開く。

「あぁ良いよ。なあ?陵太。」

振り返ると図書委員の彼が申し訳なさそうな目で僕の顔を捉えていた。

「もちろん。」

"名前を知らない"という点 以外には特に問題もなかったので了承し、3人で食堂へと向かう。

「お前、名前なんだっけ?」

「日野よつばです。」

デリカシーのない友人の質問に一人であたふたしていると、特に気にする様子もなく、すんなりと答えてくれてほっとする。

そうだ、よつばだ。初めて聞いたとき、女子だと間違えてしまったことは今でも覚えていたが、あまりにも本人を見ることが少なく すっかり忘れてしまっていた。

自分で出来なかった質問をしてくれた友人に感謝をしながら食券を買って、おばちゃんと軽く挨拶を交わしながら昼食を受け取り、適当に席を見つけて座る。

「朝は大変だったみたいだね。」

いきなりのことで自分に投げかけられた言葉だと気づくまでに時間がかかってしまった。

「あっうん、でも渡良瀬くんのおかげでみんなの注目は回避出来たよ。」

「そっか、それは良かった。」

なんのことだか さっぱりわからないという顔をしている友人をよそに会話を交わして、 それからは よつばくんが友人の質問攻めにあっているのを心の中で可哀想に思いながら、昼休みも終了した。


それからの3時間の授業は驚くほどに早く終わり、あっというまに午後のHRの時間になってしまった。一生この時間が続けばいいと願う僕の思いなど叶う訳もなく、いつも通りの時間に解散となった。

次々と教室を去っていくクラスメイト達と挨拶を交わしながら人がいなくなるのを待っていると、友人が何かあったのかという目で僕を見ていることに気がついた。

「先に帰っておいてくれ」

そうだけ告げると、恐らく何も分かってはいないが、全てをわかったような顔をして帰っていった。

ため息をついて机に突っ伏せる。次に目を開いたのは18:00のチャイムが鳴ったときだった。

待ちくたびれて帰っていてはくれないだろうか。そんなことを考えながら彼女のクラスへ向かう。窓から教室の様子を伺うと、夕日に照らされながら、席について本を読む彼女の姿があった。

目を瞑って大きく深呼吸をして気合いをいれると、ガラリとドアを開ける。

「ごめん美並さん、遅くなって。」

「道野くん!来てくれてありがとう。」

笑顔で迎えてくれる彼女を振るのは心苦しいが、それしかないと自分に言い聞かせる。

「それで、昨日のことなんだけど…」

「好きじゃなくてもいいよ」

僕の言葉は彼女の発言によって塞がれてしまう。

「好きじゃなくても、これから好きになってもらえるように頑張るから。それに…」

"それに"まで言って口を閉じてしまった彼女に次は僕から話かける。

「美並さんには僕より相応しい人がいっぱい居るよ。」

これは紛れもなく事実だ。そもそもなぜ彼女が クラスも中学も委員会も違う、全くもって接点の無い僕に こだわるのかがわからない。

「私と付き合ってくれなかったら、これからの学校生活すごく苦労することになるよ。」

脅しともとれる一言に驚いて顔をあげる。ぞくぞくとした光の無い笑顔で笑う彼女から目が離せなくなる。

「道野くんならわかるでしょう?なにが正しい答えなのか。」

彼女を敵にまわすのは危険過ぎる。


僕は自分でも気がつかないうちに美並桜と付き合うことを選択していた。

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遠田さきな @0ohrktymo0

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